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閑話 へヴィーナ親衛隊の暗躍

「え〜、ですから○○は××でありまして、□□が△△で……」


 ……ね、眠いです。でも我慢しなければ。この予算委員会は国の来年の予算を決める、とてもとても重要な会議。集中集中……。


「これで終わります。ご拝聴ありがとうございました」


「では採決に移ります。この予算案に賛成の諸君の起立を求めます」


 ザザッ!


「賛成多数と認めまして、この予算案は成立致しました」


 ……よし! よしよしよし!


「良かったわね、ヴィーちゃん。あなたの三ヶ月間の苦労が、ついに報われたのよ」


「はい! あ、ありがとうございま……し……」


「……ヴィーちゃん?」


 この瞬間、私の緊張の糸が切れました。



「……くぅぅぅ」


 あらあら、寝ちゃったか。毎晩毎晩必死に机に向かってたから、疲れが溜まっちゃってたのね。

 リファリスさんから紹介されて早くも一年。最初はどうなるモノか、と思ってたけど……たった一人で予算案を取りまとめて、成立させる段階まできたか……。


「これなら財務尚書(わたしのあとつぎ)として申し分ないわね」


 ふふ……将来が楽しみな娘だこと。


「……ムニャ……サーチぃ……」


「お、おい、見ろよ……」

「ね、寝言を言ってるぜ……」

「か……かわいいいいんん」

「へヴィーナたん、ハアハア……」


 ……背後に複数の気配を感じは、振り返る事もせずに高速詠唱を完了させる。


「≪氷壁造成≫」


 かちぃぃぃん!


 氷の彫像はそのまま放置し、ヴィーちゃんの肩にストールをかけてやった。



「……う、ううん……」


 ……何だか寒いような……?


「……ぅ……あ、あれ? 私………ああ、しまった!?」


 周りには誰もいません。よ、予算委員会は!?


 パサッ


 慌てて立ち上がった私の足元に、ベージュのストールと紙切れが落ちました。これは……?


「えっと……『寝顔が可愛かったので起こしません。明日は休んでいいわよ』……はああ、まさか閣下のストールですか……」


 やってしまいました……まさか予算委員会という本番で寝てしまうとは……。


「休んでいいとは言われますけど、この失点は挽回しなければ……!」


 ならば次回の民法改正案の草案を取り纏めよう。これが成功すれば、失点を補って余りあるはず……!


「よし、今夜から始めましょう!」


 ……こうして私の睡眠は、更に削られるのでした……。



「スケルトン伯爵」


「はい? ……あ、財務尚書……何でしょうか?」


「この草案に目を通していただけます?」


「はい? 草案とは?」


「次回の委員会で予定されていた……」


「……あ、民法の改正案ですか? その草案? 随分と気が早いですな」


「私もそう思うんだけどね、あの娘が張り切っちゃってねぇ……」


 私の話を聞きながら草案に目を通していた伯爵は……次第に驚愕の顔を浮かべていった。


「……草案……ですか? このまま提出しても遜色ない出来映えですが……」


「そうなの。前回の予算案もそうだけど、常に全力投球なのよね、あの娘は……」


「あの娘って言われますが、やはりへヴィーナ議員ですか?」


「そう。リフター伯爵夫人に頼まれて預かってるんだけど、間違いなく将来の首相候補よ」


 容姿端麗、才色兼備、しかも努力する事を怠らない真っ直ぐな性格……これ程の逸材はなかなかいない。国が国だったら、皇帝や王に限りなく近い地位に上り詰るだろう。


「……という事は……再びあの会派(・・・・)が動きだしますね」


「ええ。昨日の予算案の席での痴態を覚えていないようで」


「……ですが早急に手を打たなければならないのは事実です。この際、釘を刺しておいた方がいいですね」


「なら私から話しましょうか?」


「財務尚書殿も忙しいでしょう。今回は私から話しましょう」


 ……そうね。今回は伯爵の言葉に甘えましょうか。


「ならばよろしくお願いいたします、首相」


「……その肩書きはどうも苦手で……」


「なら……よろしくね、スケルトン坊や?」


「それはもっと苦手です!」


 リフター伯爵夫人の呼び方を真似したのだけど……不評だったみたいね。



「……はい?」


「だから休みなさい。これは首相としての私からの命令だ」


 ……仕事を休め、と命令されたのは初めてなんですけど……。


「君はあまりにも仕事の超過が酷い。これは本人だけではなく、周りにも悪影響を与える」


「そうでしょうか? 礼部尚書様からは『怠け者の副官が貴殿に触発されて働くようになった。感謝する』と誉められましたが?」


「そ、それは特殊な例です!」


「そうでしょうか? 魔法尚書様からも『お前の仕事に対する姿勢は見習わなければならないな』と仰ってましたが?」


「特殊な例です!」


「更に言えば副首相からも」


「もう結構です! とにかく休みなさい! はいお仕舞い!」


「? ……はあ」


 ……何故私が怒られるのでしょうか?



「君達が誉めまくるもんだから、彼女の超過勤務に拍車がかかっているんだ! 少し考えから発言してくれたまえ!」


「「「申し訳ありません」」」


「君達もへヴィーナ親衛隊(れいのそしき)の一員なのだろう? だったら寝顔を見てハアハア言ってるだけじゃなく、彼女の体調面も気にしてくれたまえ」


「「「申し訳ありません!」」」


 ギイイ


「ほっほっほ。苦労しとるようじゃな、スケルトンよ」


「ソ、ソサエト侯爵!? この間へヴィーナ議員にセクハラして、飲み込まれたのではなかったのですか!?」


「ほっほっほ。危うく消化されるとこじゃったわい。それよりもな、リフター伯爵夫人にちょっち頼まれてのう」


「な、何か?」


「いや、何。しばしの復帰をな」


「……はあ?」



 休めと言われて渋々帰ろうとしていると。


「ほうれ」


 ……! だ、誰か私のお尻を……!


「この不埒者ぉぉぉ!」


「ひあーっ! ちょ、ちょっち待ってくれぇぇぇ!」


「あ、ソサエト様!? こ、これは失礼しました」


 先日危うく消化しかけて大問題になったばかりだ。今回は多少(・・)締め付けるだけにしておこう。


「何かご用で?」


「ふむ。実は新しい転送装置の事での」


「はい?」



「こ、これが暗黒大陸にも届くという……」


「うむ、新型の転送装置じゃ。魔方陣と魔術機械とのハイブリッドじゃな」


「あ、暗黒大陸まで届く……」


 ……サーチの元へ色々届けられる……!


「と言うわけで、今回はお主に魔力供給源になってもらおうと思っての」


「魔力供給源ですね、わかりました。その代わりに……」


「別に私用に使ってもらっても構わんぞい」


 ……よし! これでサーチに何か届けられます! ……な、何より、この装置の実験が成功してから……。


 バチィ! バチバチ!


「え?」


「あ、あれれ〜? 何故に火花が飛ぶんじゃ〜?」


「な、何故棒読みなのですか?」


「い、いかんのじゃー。転送装置が暴走し始めたのじゃー」


「だから何故棒読みなのですか!?」


「あ、あー。起動するー」


 バチバチ! びかあああああ!


「…………さて、上手くいったようじゃな。やれやれ、手間のかかる娘じゃて……」



「ま、眩し………………あ、あれ? 森の中? 周りは真っ暗? い、一体……?」


 ボゥアアアア!!


「!? 今の声はドラゴンゾンビの………ああ、サーチの気配が! 待っててくださいねぇぇぇ!」



 ……こうして……私の長期休暇(ぼうけん)が始まったのです……。

へヴィーナ親衛隊、隊長はソサエト侯爵。

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