第十八話 ていうか、いつになったら川を渡れるのよ!?
やっと三日間が過ぎたけど、隊商はいまだに船を占拠し続けていた。
「いっくら何でも長すぎでしょ! こっちだって急いでるんだから、文句言いついでに闇討ちしても良いわよね!?」
「あかんあかん! 文句はともかく、闇討ちはあかんで!」
「……でしたら、私の蛇を背後から」
「ヴィーもあかん! おしとやかな顔しといて、サラッと怖い事言うなや!」
ちょっとした寸劇をこなしてから、私達は隊商と直談判するために、隣のムダに豪華な旅館に向かった。
「いらっしゃいませ」
「ここに泊まってる隊商のお偉いさんはどの部屋?」
「申し訳ありませんが、お客様のプライバシーに関する事はお答え致しかねます」
「……今宵の私の短剣は良く斬れるのよね」
「三○一号室でございます」
……命の危険に晒されて、顔色一つ変えずにゲロったよ。ある意味スゲえな。
「ありがとう」
「ごゆるりとお過ごし下さい」
こいつ……プロだ。
ずどばがああん!
「失礼します。隊商の責任者はあんたよね?」
扉を蹴破った私を見て頭を抱えるエリザを尻目に、私は中にいるはずの人を探した。
「……あれ? いない……わね」
チッ、気配を感じて逃げたか?
「サーチ、足元足元」
ヴィーに指摘されて、足元の扉の下を見てみると……。
「……あ、あれれ〜? 扉から手が生えてる〜」
「サーチ、現実逃避は止めましょう。どう考えても、蹴破った扉の下敷きになったんですよ」
……ですよね〜……。
「……気絶してるわね」
素早く扉をはめ直し、目立った傷がついてないか確認する……よし、大丈夫。
「ヴィー、≪回復≫を」
「はい」
ヴィーの手から奇跡の光が放たれ、意識を失っていた男を治療する。
「…………う……う、うむ? ワシは何をしていたのだ?」
「ああ、良かったですぅ! 私達が訪ねてきたら、あなた様が部屋で倒れていたんですよ! ヴィーが治療しなかったら危ないとこだったんです!」
「……ワシが……倒れて? 扉がワシに迫ってきたところは覚えているのだが……?」
やべえ、意外と記憶は確かだわ。
「頭を打って記憶が混乱されているのですね。一旦横になられたほうがよろしいかと」
「そ、そうか?」
「あらあら、少しフラついておいでで。この際はしばらく休養をした方がよろしいかと」
「そ、そうか?」
「あらあら、かなりフラついておいでで。この際は私達に先に船を譲った方がよろしいかと」
「そ、そうか?」
「というわけで、今日は私達が船をチャーターさせていただきます。では、あでゅー♪」
ポカンとした男を置き去りにして、私達はさっさと船着き場に向かった。
「……よし、うまくいったわね。まさに計算通り」
「……おもいっきり行き当たりばったりやったで」
「いいのよ! 終わり良ければ全て良し!」
「……ちょっと待てコラアアア! どさくさに紛れて順番を飛ばすヤツがあるかあああ!」
「あ、気がついたか」
「……終わり良ければ……とはなりませんでしたね、流石に」
……ですよね〜……仕方ない、多少は足元見られるかもしれないけど、直接商談するか。
「駄目だな」
……はい?
「け、結構な金額を提示したつもりですけど……まだ安い、と?」
「そういう問題ではない。お前達、どうせ獣人なんだろう?」
「そうですけど……何か?」
「だから駄目だと言っている」
……何が言いたいのか、大体わかった。
「獣人ごときに譲ってやるつもりはない。さっさと森へ帰れ。その獣臭い身体を川で濯いでくるがいい」
「……何やと、コラ」
「ふん、下賤な民は我等古人族に支配されるべきなのだ。それをわからぬ連中が、この神聖なるラインミリオフ帝国に歯向かおうとする……実に嘆かわしい事だ」
……やっぱり……こいつ、古人族の商人なんだ。
「心が広いワシは、本来ならば没収すべきお前達の財産に手を出さんのだ。それだけでも有り難みを感じ、這いつくばって感謝して当然なのだぞ、ん?」
……はぁ、ダメだこいつ。私は座っていた椅子を蹴り倒すと、そのまま部屋を出る。背後から嘲笑が聞こえたけど、この場はグッと堪えた。
「ああもう、本当に腹が立ちますね!」
珍しくヴィーがプンスカと怒っている。
「仕方ないわよ。ああいうヤツはどこにでもいるもんだから」
「けど、どないすんねん? このまんまやと向こう岸に行く手段がないで?」
そうね……私達は魔法の袋があるから、荷物は何とでもなる。だから身体一つで移動はできる。できるけど……。
「……こんな流れの早い大河、泳いで渡るなんてムリよね……」
「そうですね。流石に泳いで渡るのは難しいですね」
……何か乗るモノがあれば……。そう考えてバッグ内を探っていると、あるモノに手が当たった。
「冷た! ……な、何これ?」
このとき、私はあるアイデアが閃いた。急いでヴィーに説明すると。
「た、確かに理屈上はそうなりますけど……」
「ヴィー、聖術である程度コントロールできない?」
「そう……ですね。形を保つだけでしたら、全く問題ありません」
「なら、川に放り込みながら進めば……」
「……あ、成程。それでしたら行けそうですね」
私とヴィーの会話を聞いていたエリザは、首を傾げるしかなかった。
「……ホンマにうまくいくんかいな……」
「思い立ったら吉日、それ以外は凶日って有名な言葉もあるわ。早速行くわよ!」
そう言って私は水面に氷結石を放り込んだ。
ジャボン! ビキビキビキビキ!
「け、結構凍るんやな」
「そりゃあ氷結石だからね。ヴィー、うまくコントロールしてね」
「わかりました。≪聖流≫」
ヴィーが氷の広がりを聖術で制御する。氷は上空にキノコのように伸びていき、やがて橋のような形状になっていった。
「おお、ちゃんと橋になるんやな」
「どんどん行くわよ〜……それそれそれ!」
ジャボジャボジャボン! ビキビキビキビキビキビキィ!
「纏めて≪聖流≫!」
グゴゴゴゴ!
私の目論見通り、氷の橋は向こう岸まで伸びていった。
「ほい、走るわよ! いつ崩れてもおかしくないからね!」
「はい!」「よっしゃ!」
橋が安定している間に、全速力で駆け出した。
「な、何だあれは!?」
「川に橋がかかっていくぞ!?」
「ん? あれは……先程の獣人共ではないか!?」
「あ、あのような手で川を渡るとは……生意気な!」
ビキ! バキバキ……ズズズゥン!
「は! 見てみろ! 簡単に崩れてしまったではないか! 所詮は獣人の浅知恵……」
ズズズズズズ……ドドドドドドドド!!
「う、うわ! 氷が船に!」
「避けろ! 避けるんだあああ!」
ズドォン!
「「うわあああ!」」
「……あ、船に当たっちゃった」
「ま、いいんじゃねえか? いい気味だよ」
「そうですね。私達は無事に渡れましたし」
……隊商の船、ほとんど沈んじゃったわね……まあいいか。
軽くざまあ。




