第九話 ていうか、私の目の前に現れたアントワナ。その真の姿は、私の前世からの因縁だった。
『わかるかな? わっかんねえだろうなあ………いひゃひゃひゃひゃひゃ!』
………ま、まさか。
「……あんた…………ハゲロバートじゃ……」
『元上司をハゲ呼ばわりの上に呼び捨てかい。相変わらず酷い対応だねぇ、殺ちゃんよおお!!』
まさか……こいつまで転生してたって言うの!?
「……ど、どういうことよ。あんたは私が殺したはず」
『同時にお前を殺したのはオレだよなぁ、ああ?』
そう、こいつは。
私が前世で最後に殺した相手であり、私に致命傷を負わせた男……。
私の教官であり、私の育ての親………暗殺組織のNo.1、ロバートソン・ブラッド。
「何で……何でまた私の前に現れたんだよ!」
『何でだって? そんなの簡単だ』
アントワナ……いや、ロバートは私を指差し。
『オレが作り上げた組織を潰したお前に、復讐する為に決まってんだろが………あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!』
ふ、ふざけんな……!
「前世で……前世で私から全てを奪ったのはあんただろうが!」
相棒も、大切な男も、友達も、そして、私の……!
『何でお前のモノを奪っちゃいけないんだ? 前世でも言ったはずだ、お前はオレの手駒に過ぎないんだよ』
……!
「……まだ……そんな寝ぼけたこと言ってるわけ……」
『何度でも言ってやるさ、使い捨て! お前はあの時、オレに大人しく殺されているべきだったんだよおおお!』
「……そんなんだから、組織を私に潰されたって、まだわかんないのかな……?」
『わからねえわからねえわからねえええ! 使い捨ての手駒の事なんざ、考えたくもねえなあ……いひゃひゃひゃひゃひゃ!』
……狂ってるわね……。前世だと、もう少し理性的に話せたヤツだったけど……。
「……まあいいわ。ここで前世の思い出話に花を咲かせたって時間のムダだし」
『ああ? 別にいいじゃねえか。こっちにおいでよ、殺ちゃん。懐かしいだろお……いひ、いひひ』
「お生憎様。その鉄格子、電撃と超振動が働いてるわよね? 触った人間を一瞬で死なせる程度のヤツが」
『! ……へぇぇ。よくわかったね』
当たり前よ。それだけ空気を震わせていれば、今の私にわからないわけがない。
「私を激発させて鉄格子に触れさせる。そのヘタクソな挑発も、目論見にさえ気づいちゃえば白々しいことこの上ないからね」
『……たく、相変わらずムカつく女だな、お前は』
「相変わらずアサシンとしては三流以下ね」
『へぇぇ……言ってくれるねぇ。けどよ、経営者としては超一流だったろ?』
「経営者としてはね。ただ指導者としては最低だったけどね」
『違いない。部下を使い捨てする指導者なんざ、最低としか言いようがねえよな? あひゃひゃひゃ!』
……前世では人を動かすのに、金の力を使っていた。けど今回は……。
「……ロバート。あんたはいつから≪女王の憂鬱≫を使えるようになったの?」
私の言葉を聞いた途端、ロバートのイヤらしい笑いが消える。
『……お前、何でそれを知ってる』
「私だってムダにこの世界で生きてないわ。知識として持ってたって不思議じゃないでしょ?」
『……相当珍しいスキルのはずなんだが……まあいい。そうだよ、オレが使うスキルは≪女王の憂鬱≫だよ』
「あら、そんなに簡単に認めちゃってよかったの? 手の内を明かすことになっちゃうわよ?」
『なああんの問題もないさ。だってオレのスキルは……最強なんだからなああ! あひゃひゃひゃ!!』
「……じゃあ前にアントワナって名乗ってた女は……」
『オレの駒にすぎねぇよ。この大陸にゃ「私はアントワナだ」って思い込んでるヤツが何人もいるんだぜ? オレに操られてる事も知らずにな………あひゃ、あひゃひゃひゃひゃひゃ!!』
…………。
ビシッ!
『痛!? な、何だ?』
コロンッ
『……石?』
「なかなかでしょ。この世界で覚えたスキルの一つ、≪指弾≫よ。とはいえ、あんたにダメージを与えることもできないけど」
『…………ふ……ふふふ……いひ、いひひひひひ! 流石の殺も、この鉄格子越しには手も足も出ないか? あひゃひゃひゃひゃ!』
「だから石を出してるのよ。ほらほらほら!」
ビシッ! ビシビシバシィ!
『や、止めろ……痛い痛い痛い痛いいい!』
「死ぬことはないでしょうけど、これだけでもかなりの苦痛になるはずよ。石は相当持ってるから、とことん苦しめてやれるわよ!」
ビシビシビシ!
『や、止めろおおお!』
グチャ!
『ぎゃあ! 目、目があああ!』
ありゃ、目に当たっちゃった。潰れちゃったかな?
『き、貴様ああああ! よくも』
ガゴッ!
『あぎゃあ!』
「おお、眉間に命中。銃だったら死んでたわね?」
『……ぁぁぁぁああああ! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! チクショオオオ!! 手駒ぁ、全員出てこおい!』
狂ったように叫びだしたロバートの周りに、虚ろな目をした女性達が歩み出てくる。
『お前達、肉壁となってオレを守れ!』
「「「……はい」」」
ちぃ、人形達か!
『殺……オレはお前を殺す為にこの世界に転生したんだ。その為の準備も今までしてきた』
「その準備ってのが……この操られた女の子達だっての!?」
『そうだよ。生まれ持ったこのスキル、使わないなんて勿体ないだろ? だからコツコツと手駒を増やしてきたのさ』
「ちぃ……!」
『だからさ、殺……お前への手向けだ。……こいつらと一緒に逝け』
ま、まさか!?
『じゃあな………あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!』
ロバートの気配が……消えた。
「「「……爆破準備に入ります……」」」
やっぱり人間爆弾か! 私は踵を返して窓に突進する!
がちゃあああん!
「総員、退避! 退避ぃぃぃ!」
私の叫びに反応できたか、できなかったか。それが生死の境目となった。
……カッ!
ズゴオオオオオオオオオオンッ!!
……パラパラ……
「……ぅ……」
「た、助け……」
「ち、治療班は急いで怪我人の治療を!」
リファリスの叫びに反応して、止まっていた現場が再び動き出した。
「エリザ、被害状況は!?」
「ま、まだ確認しきれてませんので推定です。収容されていた囚人はほぼ外に出ていたので無事ですが………内部の警備を担当していた兵士は……」
「……生存者がいるかもしれない。早く救出してあげなさい」
「わかりました。それと……………ライラが」
「ライラがどうかしたの?」
「……中に……」
「!? ……捜索を急ぎなさい! 早く!」
「はい」
「…………お願い、無事でいて。ライラ……」
……ガラッ
「ごほ、げほ……や、やってくれたわね……」
どうにか脱出できたか。
「あ、サーチさん! 無事でしたか?」
「……あ、エカテル。私はかすり傷くらいよ」
「そうですか。良かったです……ただ……」
……?
「……ただ? どうかしたの?」
エカテルは視線を本陣に向けた。誰かが泣き叫ぶ声が聞こえる。
「……エリザと一緒にリファリス様のお世話をしてた……」
「ああ、ライラちゃんだっけ。どうかした?」
「……ちょうど……中に入ってたらしくて……」
………!
「さっき……発見されました」
……何て……ことを……。
この日。
ロバート……いや、アントワナの運命が決まった。酷く血生臭い、惨めな最後が。
サーチの前世が、少しずつ明らかに?