第三話 ていうか、リファリスの秘めたる苦悩。それは私にもエリザにもわからない、深い深い苦悩……?
リファリスの言った通りに敗退の知らせが届き、私達は本陣へと向かった。
「今回勝手に出陣したのはこの六名です」
エリザからその六人の情報が記された書類を手渡され、目を通す。
「……ふーん。予想通りすぎてつまんないわね。はい、さーちゃん」
リファリスから書類を渡されて、一応見るけど……何で私も見る必要があるの?
「その六人、見覚えない?」
「へ? ………あ、そういえば」
私がリファリスにタメ口で話したら、妙に絡んできた連中……。
「元々あたしに反抗的だった連中でね、何かと苦言を呈してきて鬱陶しかったんだ」
……ま、この連中の気持ちもわからなくはない。突然見ず知らずの女性が自分達の上から命令するようになれば、おもしろくはないだろう。
「だからあたしは『勝利』という最高の答えを用意していたのに……本当に救いようのない連中」
「ではリファリス様、この六名は処断なさいますか?」
「…………エリザはどうしたらいいと思うの?」
「リファリス様の御心は定まっていらっしゃるのでしょう? ご存分になさって下さいませ」
「じゃあさーちゃんは?」
「エリザが言うことに同意、かな。要はリファリスがこの大陸をどうしたいか。その答え次第じゃないかしら?」
「うふふ。そこまで察してくれるから、エリザもさーちゃんも大好きなのよ。今夜はたっぷりと愛でたいな」
「嫌よ」
「どうぞ」
……即答で却下した私と、即答でウェルカムしたエリザ。これが決定的な違いだろう。
「うわああ、滅茶苦茶ショックだよ……さーちゃん冷たい」
エリザは複雑そうな顔をしている。リファリスに逆らった私を糾弾すべきか、また浮気されなかったことにホッとすべきか、迷っているんだろな。
「あ、あの。どういう事ですか?」
エカテルが頭上に「?」をいっぱい浮かべて聞いてくる。
「あ、えーっとね。組織において規律が一番大事なのはわかるわよね?」
「はい」
「今回の場合、上官にあたるリファリスの了解を得ることなく出陣し、ボッコボコにされた。どう考えても規律に反してるわよね?」
「は、はい」
「この場合は二つのパターンが考えられる。一つ目、軍規違反を理由に六人に重い罰を与え、幕僚から下ろす」
このパターンは遺恨を残さないため、また綱紀粛正のために六人は処刑されるかな。
「二つ目、六人を軽い処分に留め、リファリスの度量を示す」
一度失敗した以上表立って楯突くことも無くなるし、また何かやらかしても処分するのに格好の材料になる。
「……ま、こんなとこかな。リファリスがこの大陸で何もする気がないなら前者、影響力を残したいなら後者ね」
「……??」
「……だから……処刑しちゃえば短期的にはいいけど長期的にはマズい。生かせば長期的に手駒になり得るけど、短期的には苦労するのよ」
「……はあ……まあ、そう考えるようにしておきます。と言うより、その事じゃないんですけど……」
「……は?」
「私が聞きたかったのは『愛でたい』の行でして」
そこかよ!
「エカテルちゃん、要は私の【愛情表現】をさーちゃんにもって危な!?」
……ち。腹パンを防ぎやがった。
「ななな何をするのかな!?」
「余計なことを教えなくてもいいの。エカテルをそっち系に染めないで」
数少ないノーマル性癖なんだから。
「あ、そっか。さーちゃんもガールズラブ系にぶほぅわ!?」
……今度こそ鳩尾に拳が入り、リファリスは腰を曲げて倒れ込んだ。
「うぐぐ……さーちゃんの愛が痛い……」
………一番痛いのはリファリスの日頃の行いなんだけど……。
ばいん!
「んきゃ!」
「リファリス様に何て事を!」
……エリザの愛はもっと痛かった……。
結局どうするか明かさないまま、リファリスは本陣へと戻った。当然、私達も。
「……あーあ、温泉がぁ……」
「また何時でも来れますよ。一応入れましたから、いいじゃないですか」
そうだけど! そうなんだけれども!
「うぐぅ〜……納得がいかない!」
「エカテル姉に八つ当たりすればいいと思われ」
「リジー!?」
「では早速」
「え……ぐふぁ!? ……な、何で私に……ひ、酷い、サーチ姉……」
「エカテルに対するあんたの仕打ちよりマシだと思うけど?」
エカテルは激しく頷いて同意した。ていうか、ヘドバンかよ。
「何をしてるんです? リファリス様がお呼びですから、早くいらして下さい」
「はーい」
「それにしても……普段のリファリス様なら、とっくに処断しているはずなのですが……何を迷っていらっしゃるのでしょう……」
「迷ってる? リファリスが?」
「はい。基本的にリファリス様は、自分の命令を聞かない者達には一切容赦なさいませんから」
……そうね。完全な独裁タイプだもんね。
「そのリファリス様がこんな単純な案件で迷われるなんて……」
「……ねえエリザ。今のリファリスって、今までに体験したことがないような状態にない?」
「……と言いますと?」
「リファリスが何度も遠征はしてるって聞いてるから、遠出してることに問題があるわけじゃない。ならこの暗黒大陸に原因がある……とか?」
「……かもしれませんね。こんな真っ暗闇が続くなんて、なかなか体験する事もないでしょうから」
普通の人間は太陽を見ない日々が続くだけで、精神異常を起こすことがあるって言うから……。
「……リファリスにはこの大陸はキツいのかもしれないわね……」
そんなことを話していると、いつの間にかリファリスがいる会議室の前に到着していた。
「……サーチ様、この件に関してはご内密に」
「わかってるわ」
コンコン
「失礼します。サーチ様とその御一行様をお連れしました」
「……入れ」
そして扉が開かれ。
「失礼しま…………!!?」
……そこには輝かしい光景が広がっていた。
「此度の件、平に、平に御容赦を!」
「部下達には罪はございません。全ての罪は我等にあります!」
「処刑するならば、父に代わりまして我等だけに! どうか、どうか!」
……床に跪いて、必死に父親と部下の助命を願う六人の男達。
あ、あかん。眩しいくらいに……美男ばっかじゃん!
(ちょっと、エリザ! あの美男子の群れは何!?)
(……今回暴走した幕僚の御子息です)
「……卿達の言い分はわかった。卿達の父親が総辞職して責任を取った以上、部下にまで責任を問うつもりはない」
偉そうにふんぞり返ってるリファリスだけど、口の端がピクピクしてるのは隠せてない。まあわかるのは私とエリザくらいだろうが。
「「「あ、有り難き幸せ!」」」
「卿達にも罪は問わぬ。一度の過ちは次の成功で補えば良い。此度の件、良い教訓となったであろう」
「〝血塗れの淑女〟様……!」
「この教訓を胸に刻み、更なる成長を遂げてみせよ。その時こそ、卿達は父親を越える将となるであろう」
「「「は、ははーっ!」」」
「卿達のこれからの働きに期待している。その穢れなき忠誠心、我に捧げよ」
「「「はっ! 我等はリファリス様に絶対の忠誠を誓います!」」」
……あらら。リファリス個人へ忠誠を誓わせちゃったよ。
「……リファリス様……!」
「ん? どしたの?」
「要は……要は……自分好みの美男子を囲いたいだけではないですか……!」
……あ、そういうことか。リファリスが迷ってたのは、処断するかしないかじゃなく、囲うか囲わないか迷ってたのか。
「きぃぃー、リファリス様! 私というモノがありながらー!」
……そういえばリファリスって、両刀使いだったわね……。
リファリス、逆ハー。