第二話 ていうか、アーランに温泉があってランランラン♪
監獄都市アーラン。
暗黒大陸の北部の海沿いに位置するその都市は、四方を巨大な城壁に囲まれたアーラン監獄がもっとも有名である。勘違いされがちだがアーランそのモノが監獄というわけではなく、アーラン監獄を中心に町が広がっている……というのが正しい。
「故に、アーラン灯台やアーラン湖など、風光明媚な観光地という側面もある。だが、それ以上に! それ以上にぃぃ!」
「……どしたん、サーチん?」
「く、薬がいるのでしょうか?」
「ほっとくのが一番と思われ」
「……アーラン湖近くには温泉が湧いているのだあああああっ! ……だから行こ行こ♪」
………三人の視線が「……残念」「……可哀想」「……またか」という哀れみを含んでいるのは何でだろう。
「つまりやな、サーチんは馭者をしながらずっと温泉のことを考えてて、交代の際にその思いの全てを開放したんやな?」
「そうよっ! だから行こうよビバ温泉♪」
「い、行こうよ言われたって……ウチらは行軍中の身やで? そんな勝手な事はできへんやん」
「そこは大丈夫! リファリスも誘ったらノリノリだったから!」
「リファリス様!?」
「ね〜ね〜、だから行こうよ行こうよ」
「そ、そうですね。リファリス様も同伴でしたら、何の問題もないでしょうし」
「おんせん♪ おんせん♪」
よっし、二人陥落。
「ねーえ、リジーちゃん。行こうよ行こうよ♪」
リジーにしなだれかかり、胸の辺りをツンツンする。
「あ、ああ、あああ……そ、そこダメェあきゃん!」
「変な声出すなっての! こうなったらリジーは強制連行だからね!」
「べ、別に異議はない」
……これで残る障壁は……。
「あ、あかんで! 総大将自ら戦地を離れるなんて、絶対にあかん!」
「何言ってんのよ。エリザも行きたいんでしょ、温泉」
「そ、それはまあ………あ、あかんあかん! 絶対に駄目やで!」
「ああ、目に浮かぶわ……艶やかなリファリスの浴衣姿……。濡れた髪をあげて、火照ったうなじが」
「う、ううぅぅ〜!!」
エリザは頭を掻きむしり始めた。相当悩んでるみたいだけど、もう少しで陥落するな。
「う〜! うぅ〜! ううぅ〜!」
「火事だー、火事だーおごっほぅ!」
「あんたは余計なことを言うんじゃないの!」
ほらあ! エリザがおもいっきり頬っぺた膨らましてるじゃない!
「もういい! ウチはぜっったいに行かへん!」
「……リ・ジ・ィー!!」
「いひゃい! いひゃい! いひゃい!」
「エイミアの記録を塗り替えるくらい伸ばしてやる! 覚悟しなさい!」
「いひゃい! いひゃい!いひゃみょーーーんん!!」
「お、あんたも結構伸びるようになったわね。でもエイミアには遠く及ばないわよ!」
「あっはっは! エイミアちゃんに負けず劣らずよく伸びてるねえ!」
「え? あ、リファリス」
「やほー、お邪魔してるよ〜」
ていうか、お邪魔してるよって……走行中の馬車にどうやって乗ってきたわけ?
「あたしも温泉は大歓迎だよ! エリザ、あなたも来なさい」
「御意」
「あれー、さっきまで行くの嫌がってたのは誰ぶふぉう!?」
「いえいえ、喜んで御供させて頂きます。リファリス様の身辺のお世話と護衛も必要ですから」
い、いいパンチだったわ……。あの瞬間、間違いなく光速を超えてたわよ……。
「じゃあアーラン湖温泉へ行きましょう! 馬よ、全速力で向かいなさい!」
ブルヒーン!
セキト、勝手に返事して勝手に進路を決めるな。
「……まあ温泉向かってるんだからいいけどね」
……何か釈然としない。
「……くそ、呑気なモノだ。これから戦だというのに」
「所詮は女の戯れよ。我等職業軍人とは違う、という事だ」
「ならば〝血塗れの淑女〟様抜きでも……」
「うむ。我等だけでアーランを陥落させようではないか」
「そうだな。〝血塗れの淑女〟様抜きでも勝てる事を証明しようぞ」
「…………」
「どしたの、リファリス」
「ん? 何でもないよ〜」
……あの顔は何か企んでる顔ね。
「……ま、いいか。それより温泉温泉キャッホー!!」
サンダカでとことん冷えた身体、温泉であっためるのだ〜♪ 到着してすぐに共同浴場へ向かう。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ〜!!」
「おんせんおんせん♪」
その後ろにエカテルとドナタが続き、さらにその後ろを無表情なリジーがスキップしながら付いてくる。
「じゃあ行こうか、エリザ?」
「はい。御供させて頂きます」
「……ねえ、何でエリザは入浴セットをすでにスタンバイしているのかしら?」
「リファリス様の分です」
「二人分?」
「よ、予備です!」
リファリスは苦笑いしてから歩き出した。
「じゃあ一緒に入りましょ」
「はい」
エリザもスキップ気味で列に加わった。
「…………」
ちゃぽん
「〜〜〜っ!! あ、熱いぃぃ〜!」
だけど気持ちいい! この瞬間が最高!
「わーい!」
「ドナタちゃん、飛び込んじゃ駄目!」
走るドナタに制止するエカテル。先生と生徒じゃなくて、ほとんど親子だな。
ダバダバダバダバ……
「…………」
……ひたすら打たせ湯で悟りを開こうとするリジー。らしいっちゃあらしい。
「ちょ、リファリス様!? むぐ、むぐぅぅ!」
「もう少し静かになさい!」
こらこらリファリス。岩影でエリザとナニをしてるのよ。
「みんなそれぞれに温泉を楽しんでるようだから良かったわ」
タオルを頭に乗せて、肩まで湯船に沈んだ。
……そんな湯ったりした時間を、一つの凶報が打ち破った。
「〝血塗れの淑女〟様! 大変でございます!」
リファリスに一緒に付いてきたメイドの一人が、真っ青な顔をして飛び込んできた。
「どうしたの?」
……なぜか岩越しにピンと伸びたエリザの足が見えるけど、そこはスルーしてメイドさんが叫んだ。
「軍の一部が勝手にアーランを攻撃しています!」
瞬時に現実に引き戻され、私はすぐに湯船を出た。悟りかかってたリジーを引っ張り、脱衣場へ……。
「待って、さーちゃん。このまま放置しておきましょ」
「放置って……軍の暴走を見過ごせっての!?」
「どっちに転んだって、アーラン監獄を陥落できるはずはないわ」
そう言ってる間にも、エリザの足は痙攣を始める……ってマジでナニしてんだか。
「……まさかリファリス、こうなることは計算済みで……?」
「じゃなきゃ軍務をほっぽり出して、あたしが温泉に来るわけないじゃない」
「み、味方が減っちゃうわよ?」
「味方? 貴族のプライドにしがみついて足を引っ張る馬鹿共なんか邪魔なだけ。これでボロ負けして大人しくなってくれれば良いし、死んでくれれば更に儲けモノよ」
「…………」
「さて、あたしは部屋で休ませてもらうわね」
そう言って気絶したエリザをお姫様抱っこし、脱衣場へと歩いていった。
「……サーチさん」
「……何?」
「サーチさん出身の孤児院って化け物だらけアイタタタタタタタ!?」
……案の定、暴走した軍の一部は……こてんぱんにされた。
エリザが昇天。