第一話 ていうか、リファリス軍の山越え、無事に完了?
「た、助けてくれ! 命だけは!」
生き残った連中も動けない程度に痛めつけ、縛っておいた。
「さーて、私としてはさっさと面倒なことは片づけたいのよ。この近くにいる部隊の詳しい情報を、詳しく、丁寧に、教えてくれる親切な方はいらっしゃるかしら?」
「だ、誰が味方を売るような真似をするか! 私とて騎士の端くれ、自らの誇りを汚そうとは思わぬ!」
「そうだ、その通りだ!」
……三人の中でしゃべりそうなのは、下っぱのあいつかな……。
「ああ、あんた達にしゃべってもらうつもりはないわ」
≪偽物≫で針を作り出し、騎士様らしい二人に見せる。
「耐えてもらえば十分だから」
「……は?」
まずは間抜けな声を出した男の指をつかんだ。
数秒後、男のけたたましい悲鳴がサンダカ山脈にこだました。
「い、嫌だ、もう止めて。止めてくれ」
「あらあら、まだ四本目よ。騎士の誇りとやらはどうしたのよ?」
「い、嫌、嫌々々……」
あまりの痛みに耐えかねたのか、騎士様は涙とヨダレで顔をグシャグシャにしていた。チラッと下っぱの兵士を見てみると、顔には恐怖がありありと浮かんでいた。もう少しかな。
私は有無を言わせず、五本目の指の爪と皮膚の間に針を刺し通した。
「ひぎゃああああああああああっ!!」
騎士様の叫び声に、下っぱ兵士の顔色はさらに悪化した。
「止めろ! 止めるんだあああ!」
もう一人の騎士様が声を張り上げて私を制止しようとする。うるさいなぁ。
「リジー、その騎士様に猿ぐつわ噛ましといて」
「ん、わかった」
「こら、何をする! 私を誰だと……むー! むー!」
「ああ、猿ぐつわはおもいっっきり強くね。リジーの力の限り」
「……ん」
ギュウウ……
「むーっ! むーっ!」
ミシミシ……バキバキバキ!
「ふぐぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
あ、何本か歯が折れたか。まあいいけど。
「さーて。一番最初にしゃべってくれるのは……誰かしらね?」
私がニッコリと微笑むと、下っぱ兵士は……泡を吹いて気絶した。失礼ねっ。
それから五分もしないうちに三人は白状した。それは細々と、貴重な情報を漏らしてくれた。さんくす。
「……あ、来た来た」
二日後。山脈近くに待機していた私達の視界に、リファリス軍の隊列が見えてきた。山もはっきり見えるくらい良好な天候が続いてたから、行軍も順調だったと思う。
「サーチさん! リジー!」
「さーちんだ! さーちんだ!」
エカテルとドナタもいる。セキトも無事に峠を越えてくれたようだ。
「エカテル、早速で悪いんだけどさ」
「はい、何でしょう?」
「……あれ、治療してあげて」
「あれって………うげ」
あの兵士達は……キレイに白状してから……あっちの世界に行っちゃって……あはは。
「正気に戻せるかしら」
「大丈夫ですよ」
できるの!? 頼んだ私が言うのも変だけど!
「ええ。薬の中には心に直接作用するモノもありますから」
……今さらだけど、エカテルの薬って何でもありよね?
「じゃあ任せた」
「はい、任されました………うふふ、どうしようかしら。奴隷ってどれだけいても困らないわよね……うふふ、うふふふ」
……あまり命令を連発するのは止めよ。何かいろいろ溜め込んでるっぽい。
「あ、そうだ。リファリスに報告しとかないと」
リファリスを探して歩き出した私の前に、完全なメイドフォルムのエリザが現れた。
「サーチ様、リファリス様がお呼びです。今すぐにお出で下さいませ」
お、好都合。
「ちょうど私も用事があったのよ。リファリスはどこにいるの?」
それを聞いたエリザは、器用に片方の眉だけつり上げた。片方だけ動かすのって意外と難しいけど、器用ね。
「……サーチ様、周りの目というモノがあります。一対一の時ならともかく、このような場で呼び捨てにされるのはご遠慮下さい」
「あー、ごめんなさい」
「……全く、これだから配慮のない輩は……」
ムカッ。
「えい」
キュッ
「はああああああん! な、何すんねん!」
「あ、関西弁フォルムになった」
「何すんねん言うとんねん! 止めいって毎回言うとるやろ!」
「あ〜ら、ごめんなさい。だけど公衆の面前で【いやん】な声を出すエリザさんの方が、よっぽど配慮に欠けてるんじゃなくて?」
「……っ!!」
……エリザ、敵前逃亡。顔を真っ赤にして逃げてったわ。
ばいんっ!
「痛!」
「バーカ! べー!」
……急に戻ってきたエリザは私の頭を盾でど突いて、また逃げていった。子供かっつーの。
「……サーチさんも同レベルですよ?」
「どうれべる! どうれべる!」
うるさい。
「……以上、敵の配置はこんな感じだって」
リファリスがいる陣に通された私は、敵から聞き出した情報を詳しく伝えた。
「よくこれだけの情報を集めたわねー。苦労したんじゃない?」
「いや、そんなに」
三人ほど精神的に崩壊しただけで。
「これだけ情報があるんなら一気に攻め込んでもいいわね。次はアーランを落として囚人を解放し、あたし達の味方に組み込みましょう」
ざわっ
幕僚の中からどよめきが起こる。囚人を仲間に……って辺りでの反発かな?
「〝血染めの淑女〟様、お言葉では御座いますが、囚人に堕ちたような輩を我等の仲間に加えるなど……」
「そうですぞ。我等の崇高な志を汚すような行いをすれば、我等の結束に亀裂が生じましょうぞ」
……要は貴族達の選民意識がそれを許さないんでしょ。下らない。
「……卿らの言いたい事はそれだけか?」
私が何か言う間でもなく、リファリスの冷たい声が響いた。
「っ……!」
ほとんどの貴族はリファリスに気圧されて黙り込む。だけど、そういう場の空気を読み取れないKYもいるわけで……。
「そもそも名字も持たない平民ごときが、リファリス様に話し掛ける事すら如何なモノかと」
「……貴様、我が身内と同然なサーチを愚弄するのか?」
「は?」
あーあ……知ーらない。私はそそくさとこの場を後にする。しばらくして男の断末魔の叫びが響いてきたけど、私の知ったことじゃない。まあリファリスとしては、ちょうどいい見せしめになったでしょ。
報告を終えた私がエカテルの元に戻ると、リジーとドナタが駆け寄ってきた。
「サ、サーチ姉!」
「さーちん!」
「? ……何よ、どうしたの?」
「「あ、あれ!」」
二人が指差した先を見ると……直立不動で並び立つ三人組と、困り果てたエカテルが。
「エ、エカテル? 一体どうしたのよ?」
「え? あああ、サーチさんん! 助けてくださああい!」
「は?」
エカテルが三人組を指差して泣き叫ぶ。この三人って……私が拷問した連中よね?
「「「ご命令を、女王様!!」」」
……………は?
「じょ、女王様?」
「「「そうであります!」」」
私がエカテルを指差すと、三人は一糸乱れぬ動きで頷いた。
「…………女王様」
「く、薬が効きすぎちゃったんですよ! 私には絶対に逆らうなって刷り込んだら、何故か『女王様!』って叫びだして……!」
……そりゃあ……騎士だしね。
「……ぶっくく……」
「あ、サーチさん笑いましたね!?」
「だって……クスクス」
「わ、笑わないでくださあああい!」
「「「ご命令を、女王様!」」」
「止めてええ!」
それからエカテルは、洗脳系の薬を使うことは無くなった。薬師、薬に溺れる。
エカテル、墓穴。