閑話 となりの雪男
あれは私とリジーがホロホロ山初登頂を達成し、下山をしているときだった。
「今ちょうど中間くらいかしら?」
「おそらくそれくらい……と思われ」
吹雪が止んでるから視界を遮られることはない。とはいえ真っ暗闇だから、せいぜいホタルんの光が届くくらいの視界ではあるが。
「まだ数時間は崖下りしなきゃなんないのか……超憂鬱……パリパリ」
体力と指先の擦り傷の回復のため、エカテルの薬草をかじる……に、にがぁ。
「わ、私も崖下り飽きた。指は痛いし冷たいし……パリパリ……に、にがぁ」
「冷たいって……そろそろ燃料石がなくなってきてるんじゃないの?」
「かもしれない……と思われ」
思われじゃねーっつーの! こんなとこでなくなったら一大事よ!
「仕方ない、一気にスピードあげるわよ!」
両手を離してダイブすると、≪偽物≫で足にアイゼンを作り出す。一旦足を崖に擦りつけ、減速を促す。その要領で崖を下っていく。おお、早い早い。
「えぇ!? ま、待ってよサーチ姉!」
リジーも必死になって私を追い始める。リジーは何だかんだ言っても寂しがり屋なので、私に置いてかれないように、かなりのスピードで崖を下っていった。
ガッ! ギャリギャリギャリ!
一時間もすると崖もだいぶなだらかになってきた。この辺りで一旦休憩しようかな。
「リジー! ここら辺で休憩しましょ!」
振り返ってリジーに声をかける……が。
「どいてどいてどいてええええ!」
勢いよく走り下りてきたリジーは、どうやら急に止まれない……らしい。
ひょいっ
私は難なくリジーを避けて、その行く先を見送った。達者でな〜。
「ひえええ! 避けないで止めてよおおおぉぉぉ……」
そんなムチャな。
リジーはそのまま転がるように下りていき……。
ぼふんっ
急に雪を散らして、姿を消した。
「あれ? リジー?」
リジーが消えた場所に来てみると、地面にポッカリと穴が開いていた。
「うあ、クレバスか……リジー! リジー! 大丈夫!?」
「…………………………ぅぃ〜……」
……大丈夫らしい。なぜか不沈艦みたいな返事だったのが謎だけど。
「……たく。待ってなさい、今助けてあげるから」
地面にナイフを突き立て、ヒモを括る。それに掴まりながら、ゆっくりとクレバスを下りていった。
「あ、いたいた」
数分もしないうちに隙間に引っ掛かってるリジーを見つけた。どうやら大きなケガはなさそうだ。
「バカリジー、足元には気をつけなさい。クレバスに落ちたら普通死ぬわよ?」
「め、面目ない……と思われ」
思われがいるシーンじゃないでしょ。リジーをヒモに掴まらせる…………が。
ミシミシ! メキメキメキ!
ヤ、ヤベえ。
「は、早く登るわよ!」
「は、はいいっ!」
バキバキバキ……めごっ!
「「あ゛」」
足元に……突如空間が……っていうか穴空いたああ!!
「うひょおおおぉぉぉ……」
「ひぃいあああぁぁぁ……」
……私達は仲良く奈落の底へ落ちていった。
BAD END!
……なんてオチはなく、私達は快調に滑っていき……。
ちゅぽん!
突然だだっ広い空間に飛び出し……って落ちるぅぅぅ!!
「「うっぎゃあああああぁぁぁぁぁ………」」
……ぼよんっ!
え!? トランポリン!?
「うわぅわぅわぅわぅ……」
ぼよんぼよんと跳ね回る私の身体。こ、これは一体? やがて跳ね回ることもなくなり、ようやく周りの状況が見えてきた。
「……白い……カーペット……かしら?」
この手触りは、相当高級な毛皮に思えるけど……?
グワアアアアアア……ゴガアアアアアア……
「な、何の音?」
何となく似たシチュエーションを知ってる気がする。たしかその場合は、私は巨大生物の腹の上で、この音は巨大生物のイビキのはず……。
ゴワアアアアアア……グガアアアアアア……
……あった。デッカい口が開いたり閉じたりしてる。
「……ちっちゃいのが二匹いる……ってことはないか」
辺りの気配を探ってみるけど、何もいる気配はない。後ろにいるリジーが何かしてるくらい…………何か?
「こちょこちょ」
「ちょ……! あんた、何をやって……!」
ぶ、ぶ、ぶあっくしょおおい!
「似たようなシチュエーションを忠実に再現するなあああ! ……って、あれ? リジーの反応がない? ちょっと、リジー?」
「…………」
「何で固まってるのよ。ねえ、リジー」
リジーを揺さぶってみる……つ、冷た!?
「こ、凍ってる?」
よく見ればリジーはカチンコチンだった。
「な、何が起きたの……?」
ただ巨大生物がくしゃみをしただけ………くしゃみを………そうだ、くしゃみ!
「白い巨大生物で、息だけで周りを凍りつかせるモンスター……そんなのはアレしかないじゃない」
……つまり、こいつがサンダカ山脈を作り出したS級モンスター、地獄の雪男。
「……めっちゃヤバい。早く退散しよう」
リジーを抱え上げると、ソロソロと地獄の雪男から離れた。
「間違って起こしちゃったりしたら、それこそ第二の氷結大陸になっちゃうからね……」
あのまんまるい目に写らないように、ゆっくりとゆっくりと………ん? まんまるい目?
「…………うあ」
恐る恐る振り返ってみると、そこにはバッチリ目を覚ました地獄の雪男がいた。
グオオオオオ!
大きく開けた口の中に、白い霧状の何かが……どう考えても冷凍光線よね!? 必死に歩を進めるけど……リジーが重い!
ゴガアア!
バシュウウウウ!!
発射された! もうダメだああああ!
「……………………………………って、あれ?」
こ、凍ってない?
「ど、どういうこと?」
視線をあげると、私達と地獄の雪男の間に、何か丸い影があった。
二人の可憐な少女の危機に現れたヒーロー。それは……!
「まるまーり!」
……マ、マンマルモ!?
「まるまーる! まりまーり!」
マンマルモは変な踊りを始めると、頭から『すぽんすぽん!』と緑色の玉を打ち出してばら蒔き始めた。その緑色の玉はすぐに二つに割れ、中から小さなマンマルモが飛び出す。
「あ、あの玉って……私のビキニアーマーにくっついてたヤツ……!」
あれってマンマルモの種だったんだ……。
「「「まるまーる!」」」
グ、グオ……
マンマルモが集団で地獄の雪男に何かを言う。それにすっかり圧され気味の地獄の雪男……って何でだよ。
「「「まりまーり! まりまーり!」」」
マンマルモ達は私を指差して、地獄の雪男に何か言っている。すると。
グオ、グオ
「ヘ、地獄の雪男が謝った!?」
……地獄の雪男の謝罪を受け入れた私達は、マンマルモ達に見送られて出口に向かった。
「た、助かったには助かったけど……何で無害なマンマルモに地獄の雪男は従ったのかしら?」
……モンスターの力関係はようわからん。
山を下りてから気づいたけど、またビキニアーマーに緑色の玉がくっついてた。謎だ……。
「このモンスターは、まだサンダカにいるのです……多分ぐっふぉ!?」
「変なことを言ってるんじゃないの!」
その後、ホロホロ山には無数のマンマルモが住み着いた。