第十九話 ていうか「世界の山を登る旅、今回はサンダカ山脈の最高峰、ホロホロ山を目指します」
ビュウウゥゥ……
ザクッザクッザクッ
「はあ……はあ……」
ビュウウゥゥ……
ザクッザクッザクッ
「……はあ……はあ……うぅ〜……」
「サーチ姉? どしたの?」
……ぅぅぅうううあああ!! もう我慢できない! 耐えられなくなった私は、着ている防寒具を脱ぎ始めた。
「サ、サーチ姉? 何があったの?」
「あ、あんたはいいでしょうけどね、私には耐えられないレベルだったのよ!」
汗でぐっしょり濡れた防寒具を脱ぎ捨てつつ、私は全身を清洗タオルで拭っていく。
ビキビキ! カチン!
「あ、あらら。ベタベタだった防寒具が、一瞬で凍ったわ……」
限定常夏エリア以外は、やっぱり寒いのね。結局防寒具を全て脱ぎ捨てた私は、普段通りのビキニアーマー姿になった。
「……私もリジーみたいに普段着で来ればよかったわ……」
簡易護符の底力、恐れ入りました。歩いていくだけで積もった雪が蒸発していくくらいだから、防寒具なんか着てたら暑くてしょうがない。
「吹雪も即座に蒸発か……」
「サーチ姉があれだけ厚着してる理由が不明だった」
あのね、雪山に登る人が普段着で登ってる方がおかしいのよ……普通は。効力を最大にした簡易護符、マジで恐るべし。
……ドドドドドドドド……
……ん? 何の音?
「サ、サーチ姉! 前、前!」
え? 前って……。
ドドドドドドドドドドドド!!
「な、雪崩!?」
しまったあああ! もう逃げられない……! 思わず観念したとき。
ジュワアアアア……!
「……へ?」
ドドドドドドドド!
ジュワアアアア!! ジュウウウ!!
雪崩が……溶けてる?
「サーチ姉、簡易護符の効果範囲だけ、雪崩が……」
確かに。私達を外れていった雪崩は、普通に下へ向かって流れている。
「……これは……雪山登山革命ね……」
意外と簡単に任務達成できるかも。
「……甘かった」
……どの山にも断崖絶壁があり得ると考えておくべきだった。
「しかも氷山だから、崖も全部氷だし……」
簡易護符の熱で氷も溶けるから、当然のごとくよく滑る。
「……リジー、何か引っ掻けられるような武器は持ってる?」
「ん。無実の罪で退治されたブラッドオーガを素材にした、呪いの鈎爪がある。一度刺さった相手は、死ぬまで抜く事ができない」
「って、氷に刺しても抜けなくなるんじゃ!?」
「呪いの対象は生物に限られ」
あ、そうなの。なら大丈夫か。
「リジー、簡易護符の効果範囲を私の身体だけにして。ここからは本格的な崖登りよ」
「マジっすか。でも頑張る」
……リジーの返事って、いちいち力が抜けるのよね……。
ガッ! ガッ!
「くっ! ふ、ふーっ!」
≪偽物≫で作った鈎爪を崖に突き立てながら、必死に崖を登っていく。
「さ、酸素が薄いぃ……! めっちゃハードだわ……!」
ていうか、この崖どんだけ続くのよ!?
「はむ、はむ」
「……ん? リジー、何で葉っぱかじってるの?」
「え? エカテル姉から貰わなかった?」
……ああ、あの薬草のこと? 腰に付けた革袋から薬草を取り出す。
「これがどうかしたの?」
「確かサンソー草っていう名前で、加えてると酸素を補充できる」
……そんな説明、一切聞いてないんですけど。
「……多分サーチ姉に説明し忘れたと思われ」
……エカテル、許すまじ。
「命令、私がいる方向へ向かって土下座しろ………ってさすがに反応するわけないか」
ザッ! ガバッ!
「申し訳ありませんでした!」
「!? な、何やエカテル? 急に山に向かって土下座して?」
「?? わ、私も何がなんだか……?」
すーっ、はーっ。
おお、こりゃいいわ。
「こんな便利なヤツがあるのか。前世であったら、酸素ボンベなんていらなかったでしょうね」
まあ無酸素登頂なんてのもあるから、人によるだろうけど。
「さーひへー! さーひへー!」
……?
「リジー、何が言いたいの?」
「へひ! へひ!」
「葉っぱを外してしゃべれ!」
「んむ……サーチ姉、後ろ! 敵!」
……ああ、さっきからブンブンブンブンうるさいヤツらか。ベルトの後ろに挟んである羽扇に意識を集中する。
ゾゾゾッ!
羽扇から針が伸び、後ろを飛び回ってる敵を貫く。数匹避けたけど、すぐに軌道を修正して追う。それだけ激しく羽根をバタつかせてるんだから、空気の振動で居場所はすぐわかる。
ブシュ! ブシュ!
……結局一回も姿を確認することなく、背後のモンスターは全滅した。この触手戦法は便利なんだけど、MPの負担がデカい。けど羽扇が肩代わりしてくれるから、私はちょっとの消耗ですむのだ。
「サーチ姉………スゴいけど、キモい」
言うな。私だってそう思ってるから、あまり使わないんだから。
「でもキモいって言われて傷ついたから、リジーは後で泣かす」
「オニー! アクマー! ベルゼブブー!」
最後にマニアックなのが出てきたな!
余談だけど、私の背後でブンブン飛び回ってたのは、スノーフライという巨大なハエ型モンスターだったらしい。だからハエの王が出てきたのか。
登頂開始から四時間。吹雪は一段とキビしくなるけど、私達は簡易護符のおかげでヌクヌクとしていられる。
「リジー! 頂上が見えてきたわよ! あともう少し!」
「私は全然大丈夫だけど、サーチ姉は体力的にヤバくない?」
ヤバいよ。
「あ、あんたは大丈夫なの!?」
「呪われアイテム命喰いのベルトのおかげで、全く無問題」
呪剣士だから呪いが反転して、逆に体力が回復していくのか。ズルい!
「というわけで、初登頂は私が頂く」
「どうぞどうぞ。で、頂上からヒモで引っ張り上げてほしい」
「合点承知」
ヘロヘロの私の横をスルスルと登っていく。リジー、マジズルい。
「ほい、ほい、ほい。よし、登り切ったどおおおおお!!」
リジーの歓声が聞こえてくる。はいはい、おめでとう。
「我、世界の頂上を制覇せりぃぃぃ!」
……はいはい、おめでとうおめでとう。早く上げてくれないかな。
「じーざす、くらいすと〜!!」
意味わかって言ってんのかな? ていうか、早く上げろ。
「あ、しまった。頂上に立てる旗を忘れおごふぅ!?」
「早く上げろっつってんの! 結局つっこみ目当てに自分で上がっちゃったじゃないの!」
「ご、ごべんばばい……」
「たく。そんなに登った証が欲しいんなら……サラサラ〜っと」
魔法の袋の奥に眠ってた剣を取り出し、刀身に『初登頂記念、年△月□日、りじぃ』と書いておく。
「で、ほい!」
ざくんっ!
「ほら、これで証が残ったわ。さっさと行くわよ」
「は、はい……」
後に、サンダカ登覇団の精鋭チームがホロホロ山の登頂に成功した際、上記の剣を発見し、〇| ̄|_になるのだが……ごめんなさい。サンダカ山脈最高峰、ホロホロ山の初登頂は、リジーになっちゃいました。
リジー、登山の歴史に名を刻む。