第十八話 ていうか、次なるリファリスのムチャ振り。
次の日の朝、再びリファリスから特別任務のお達しがあった。
「ていうかさ、人使いが荒すぎると思う」
「そう言わないでよ。さーちゃんにしか頼めない仕事なんだから」
「……何?」
「今夜のあたしの相手「kill……」ごめんごめん冗談だから!」
後頭部に数㎜刺さった針を霧散させる。
「ちょっと! マジで血が出てるんだけど!」
「いや、マジで殺るつもりだったから」
「……さーちゃん、突っ込みがシャレにならないから」
「シャレじゃないから」
「「…………」」
しばし空白の時が流れ。
「……おほん! さて、任務の内容なんだけど……さーちゃんには斥候をお願いしたいのよ」
斥候を?
「一応暗黒大陸最大の要衝であるサンダカ山脈を奪えた。だけど山脈を越え、向こう側を抑えないと完璧とは言えない」
サンダカ山脈は暗黒大陸を南北に縦断する形で存在する、この世界でも最大級の山脈だ。最高峰のホロホロ山を始め、標高は8000mを越える未到峰ばかり。モンスターも多数生息しているため、山を越えることはほとんど不可能な、まさに天然の要塞だ。
ちなみに、このサンダカ山脈を全て登ることを目的に結成された『サンダカ登覇団』なる大規模パーティが存在し、山脈越えをする冒険者の手助けを有料で行っている。前世の世界のシェルパに近い。
「斥候するのはいいけどさ、通る道なんて二つしかないじゃない。どっちも見張られてると思うわよ?」
サンダカ山脈を通り抜けられる方法は、今のところ二本の峠道しか発見されていない。カリカリ峠とカチカチ峠というんだけど、両方とも人一人通るのもキツい箇所が点在するため、こっそりと山脈越えってのは不可能に近い。
「わかってるわよ。だからさーちゃんには人類初の偉業を達成してもらおうと思ってさ」
……………………まさか。
「……ホロホロ峠を越えろ、とか言うんじゃないでしょうね」
「あったり〜♪」
「こ、殺す気かあああああ!」
サンダカ山脈には、実はもう一本峠が存在する。二百年くらい前までは、そのホロホロ峠が一番安全な山脈越えルートだったのだ。
「リファリス、私に地獄の雪男の相手しろっての!?」
その安全ルートが封鎖されるに至った理由。それがホロホロ山から転がり落ちて以来動こうとしない、S級モンスター地獄の雪男だ。
「いいじゃん。基本的に何もしないみたいよ」
「……そうね。こちらから手を出さない限りわね」
百年に一度くらいしか起きないモンスターで、とてつもなく巨大な身体で峠道を塞いでるだけなので、一見害はなさそうなんだけど。
「まかり間違って起こしたりすれば、大変なことになるわよ……」
実は地獄の雪男は、世界中で確認されている。ていうか、山脈や高い山ができた原因のほとんどが、このモンスターの寝息なのだ。あまりに低温な寝息を吐き続けるため、地獄の雪男が寝ている周りには次々と氷の山が成長していく。稀に起きて移動し、また寝る。そして氷の山を量産する。こうして山脈ができていくのだ。地殻の変化が乏しいこの世界では、高い山のほとんどが地獄の雪男産の氷山だったりする。
「そこはね、さーちゃんの腕にかかってるから。お願い、ね?」
「…………いや、でも…………」
「……さーちゃんの恥ずかしい思い出、その一。四歳の冬に「ぜひとも引き受けさせてください!」……そう? ありがとー!」
……あのまま後頭部にぶっ刺せばよかった……!
腹いせに多額の報酬を約束させてから、すぐに準備に取りかかった。
「簡易護符があるから、防寒に関しては問題ないか」
「……サーチさん、何をしてるんです?」
突然馬車の中を荒らし始めた私を、訝しげに眺めるエカテル。
「リファリスからムチャ振りされたのよ!」
荷物を選り分けながら、エカテルに説明する。
「ホ、ホロホロ峠越え!? リファリスさんは暗黒大陸を滅ぼすつもりですか!?」
エカテルの言うことは極端じゃない。地獄の雪男をムリヤリ起こしたせいで、この世界にある七つの大陸の一つは「氷結大陸」となってしまっているのだ。
「それをしないように山越えしなくちゃならないのよ!」
「な、何て無謀な……! 凍死しますよ……!」
「それは大丈夫。簡易護符を最強にして、防寒具着てくから」
「……なら大丈夫ですね。ただ滑落や雪崩の恐れも……」
「怖いのはそれなのよね……ま、何とかするわ」
「え? サーチさん一人で行くんですか?」
「え? エカテルついてきてくれるの?」
「構いませんけど……私、無駄に滑落や雪崩引き起こしますよ?」
怖いな!
「……エイミア的ドジ?」
「エイミア様的かはわかりませんが……肝心なシーンで失敗するタイプです」
「命令、居残り」
「はい!」
兵糧から必要なだけ食料を供出してもらってると。
「あれ、サーチんやん。何をしてるん?」
いろいろと荷物を抱えたエリザが通りかかった。
「明日からサンダカ越えなのよ」
「……サ、サンダカ越え? 何を無謀な事言うてんねん」
ま、それが普通の反応だわな。
「仕方ないじゃない、リファリスからの命令なんだから」
「リファリス様の……!? サーチん、ちょいと待っとりぃや」
「はあ?」
「ウチがリファリス様に抗議してくるさかい。いくら何でも無茶苦茶や!」
「あ、ちょっと! エリザ!?」
……行っちゃった。
「……どうせリファリスの前じゃメイドフォルムになっちゃうクセに」
メイドフォルムのエリザは、リファリス関連絶対優先だからね。
……案の定、エリザが戻ってくることはなかった。
「それじゃ、行ってくるから。ドナタをお願いね」
「はい。ドナタの事はお任せ下さい」
「さーちん、ばいばーい」
翌朝、エカテルとドナタに見送られて私達 は出発した。
「エリザは結局リファリスに捕まっちゃったもんね〜……」
「……サーチ姉」
「ん? なーに?」
「……何で私が道連れ?」
ムリヤリ私に同行させられたリジーがボヤく。
「何でって……エリザはリファリスの補佐、エカテルはドナタの先生。暇なのはあんただけじゃない」
「暇ってわけじゃ……」
「じゃあ何をする予定だったの?」
「呪われアイテム磨き」
「……そういうのを暇って言うのよ」
「う……」
何も言い返せなくなったのか、それから反論してくることはなかった。
ザクッザクッザクッ
「……辺りは一面の銀世界、目の前にそびえるのは未到の頂……」
私の視線の先には、遥かなるホロホロ山。
「さあ! 前人未到の場所は一切避けて、できる限り安全なルートをいくわよ!」
「……お〜……」
……やる気のないリジーの声は、山びこになることはなかった。
次は山登り。