第十一話 ていうか、血の匂いが漂う戦場で、仲間達の死を背負い、今一人の英雄が誕生する……かも?
午前四時。全ての将兵が整列。
完全な静寂の中、高台にリファリスが立った。魔術士が≪拡声≫の魔術を唱える。
『あー、あーあー。テステス。本日は晴天なり、本日は晴天なり。ただいま≪拡声≫のテスト中、マイクのテスト中いったあああい!!』
投げたつまようじが刺さる。マジメにやれ。
『いたたた……これから戦いが始まります。この一戦が、この暗黒大陸の命運を大きく左右する事になるでしょう。今までの自由を保つ事ができるのか、古人族による支配に甘んじるのか。それはあなた達個人個人の頑張りにかかっています』
リファリスって演説が苦手だって言ってたけど、割に普通じゃん。
『皆様に犠牲を強いるような戦法しかとれない私をお許し下さい。しかし、私の指示通りに動いてもらえれば、確実な勝利が約束されるのです!』
「「「わあああああああ!」」」
『さあ、古人族の不当な支配を阻止する為、自分達の大事な人を守る為、死力を尽くしましょう!』
「「「わああああああああああああ!」」」
「「「〝血塗れの淑女〟様、ばんざーい! 連合王国軍に勝利を!!」」」
「「「古人族の横暴を許すな! 自由を我らの手に!」」」
『さあ、戦争を始めます。出陣!』
隊列が動き出すのを確認して、リファリスは壇上から降りた。
「お疲れ様でした、リファリス様」
エリザが冷たいおしぼりを差し出す。それで汗を拭き取って一息く。
「あ〜……毎回これだけは嫌なのよ」
「仕方ありません。リファリス様の一言があるかないかで、士気が全然違ってくるのですから」
「それはわかってるんだけど……今回は一号演説で何とかなったからいいけど」
ん? 一号演説?
私がエリザに視線を向けると、ため息混じりで教えてくれた。
「演説が苦手なリファリス様の為に、私達で一〜十号までの演説を考えました。リファリス様はそれを全て丸暗記し、必要に応じて使い分けていらっしゃるのです。今回は真正面からのぶつかり合いですから、特に士気を高めやすい一号演説を採用されたのです」
な、何よそれ!? 苦手なモノへの対処法が斜め上すぎるわよ!
「あ、あの、今回は≪女王の憂鬱≫は使わないんですか?」
「あたしはともかく、使われた方のデメリットがキツいからねぇ〜……」
一番キツいのは毎回エリザなんだけどね。
「エカテル、≪女王の憂鬱≫の最大の弱点はわかるでしょ?」
「えっと……対象者の極度の疲労ですよね?」
「そんな状態のときに攻め込まれたら、あっという間に全滅でしょ」
「あ、そうですね」
「ならずっと≪女王の憂鬱≫状態でいれば良いと思われ」
「御生憎様、連続使用は二十四時間が限度なのよ」
リアルに『二十四時間戦えますか?』だったわけだ。ていうか、古。
「だから今回は純粋なぶつかり合い。数と士気の高さがモノを言う、あんまり面白くない戦いなわけ」
「面白くない戦い……なんですか?」
「そうに決まってるじゃない! 敵を完膚なきまでに殲滅してこその戦いなのよ! 中途半端にどちらかが退くまでだらだらと戦うなんて、あたしの美学に反するわ!」
いやいや、リファリスの美学はおかしいから。でも事実として、リファリスに負けた相手は大体全滅してる。
「ていうか、普通の戦いで殲滅戦ってあり得ないからね? 軍の三割を失えば恥るべきって言うくらいだからね?」
「いやいやさーちゃん、五人で万単位の軍を撃退しちゃう方が異常だからね?」
…………確かに。
ナインホワイト湿原の近くに広がる平原で、両軍は対峙した。リファリス軍……もとい連合王国軍が四万、ラインミリオフ帝国軍が六万。数の上ではこっちが不利だ。
「あれだけ谷の別動隊を叩いたのに、まだこれだけの兵力があるなんて……」
「院長先生がいる戦場は極力兵を削ってるらしいから、それをこっちに差し向けたんでしょうよ」
他の部隊との混成か。要は寄せ集めってことね。
「ならリファリスの指揮次第ね。そういえばはさ、私は何をすればいいの?」
「前線にいるエリザ達に合流してくれればいいよ〜。後は好き勝手に暴れてちょ」
「はいは〜い……って、もう攻撃とかしていいの?」
「攻撃? 別にいいけど……矢は届かないっしょ?」
「矢じゃないわよ。矢よりもっといいモノ」
「いつでも攻撃できます!」
「そうか。別動隊が間に合わなかったのは残念だが、数の差は圧倒的だ。正面からぶつかって、一気に敵陣を食い破るぞ!」
「「「おうっ!」」」
「よおおし! 突撃ぃぃぃぃ!!」
「「「うおおおおおおおお!!」」」
ドドドドドドドド!!
「よし、我が軍の重装騎兵の力を思い知らせてやるのだ!」
ずどおおん! ヒュルルル……
「うん? 何の音だ?」
ヒュルルル……どっかああああああん!
「「「うぎゃああああああああ!!」」」
「な、何事だ!?」
「……当たり〜」
私が放った大砲の弾は、突撃してくる騎兵隊の中心に炸裂した。
「もっといきまーす!」
ずどおおん! ずどおおん!
……連続する大爆破に、敵の騎兵隊は大混乱に陥っている。
「あら、この弾がラストか……まあいいや、撃っちゃえ!」
ずっどおおん!
………どどどおおん………
「……サーチ姉、立派な上着の人に当たった」
立派な上着? もしかして指揮官クラスの人かしら?
「た、隊長ーーーーー!!」
「う、ぐふ……わ、私はもうダメだ………こ、これからは、お前達若者の……じ、だ、い………がくっ」
「た、隊長……お、おのれえええ!! 悪逆非道な王国軍がああ! 俺達でお前らを駆逐してやる!」
ヒュルルル……
「ん?」
ずどがあああん!
「うがああああああっ!!」
「まだ一発あったわ。あはは」
「また何人か吹っ飛ばしたみたい」
「まあいいわ。私達も進みましょ」
「はーい」
大砲を霧散させて短剣二刀流に切り替え、私とリジーは先に突っ込んだエリザの部隊を追っかけた。
「……ぐ……ぐぅぅ……お、俺はまだ死ねん。必ず、必ず強くなって……!」
今、一人の男が立ち上がり。
「全ての理不尽を跳ね返せる力を身に付け……!」
一歩、前へ進み。
「あの連中に復讐をぐべらび!?」
「あ、あれ? 今、何か蹴倒しちゃったんだけど!?」
「サーチ姉、敵の事は気にしなくてもいいと思われ」
「……そうね」
……踏み潰された。
「む、無念……がくっ」
……もしかしたら英雄が誕生する瞬間だったのかもしれなかったけど、私が存在に気づくことなく芽を摘んでしまったらしい。ごめんね。
……このことを私が知るのは、ずいぶん先の話……なのかもしれない。どうでもいいから、次の日には忘れたけど。
結局名前すら不明のまま退場。




