第十話 ていうか、今回は久々に一人でお仕事!
何だかんだ言っても、戦いの準備は着々と進んでいた。今回もエリザとリジーは先鋒として出陣。エカテルは救護班、ドナタも後方支援として関わることになっている。
「で、さーちゃんの仕事なんだけど」
「うん、お断りします」
「……まだ何も言ってないんだけど?」
「どうせ『サクッと大将を狩ってきて』とか言うんでしょ?」
「や、やだなあ。そんな訳ないじゃじゃん」
何だよ、じゃじゃんって。ていうか、バレバレだって。
「子供のころに女王の憂鬱で、院長先生に負けそうになるたびに使ってた手じゃないのよ!」
「あはははは……もし可能だったら楽だと思っただけよ〜」
そりゃリファリスはふんぞり返ってるだけで、私は毎回必死だったんだからね!
「まあ冗談はさておき、今度は真面目な話。さーちゃんには敵軍の内部調査をお願いしたいのよ」
「内部調査って……今さら? とっくに何人か間者は放ってるんでしょ?」
「うん。けどほとんど殺られちゃったみたいでさ、全然戻ってこないのよ」
ほとんど殺られた? プロの間者が?
「……それって……もしかして……」
「あ、院長先生って事はない。第四軍と先生が交戦中なのは確認済みだから」
………ほ。院長先生がいるなら、絶対にお断りだ。
「けどこれだけ間者が殺られるって事は、絶対に何かある。だからさーちゃんを使おうと思ったんだ」
「わかったわよ。リファリスを巻き込んだのは私なんだし、それぐらいはやるわよ」
「おー、さんきゅさんきゅ! さっすがさーちゃんだよ!」
「で、敵が陣取ってる場所は?」
リファリスは地図を広げて、ある箇所を指し示した。
「この辺りに広大な湿地帯があってね、この中央部に本陣を構えてるの」
湿地帯の真ん中か。厄介というか、楽勝というか……。
「どれくらいで戻ってくればいい?」
「そうね……期限は一週間で。敵の規模や構成をできるだけ詳しくお願い」
「りょーかい。大船に乗り遅れたつもりで待ってて」
「の、乗り遅れちゃヤバいじゃん!」
その日のうちに準備を済ませ、次の日の朝一番に出発した。
「ん〜、このままなら今日中には敵の近くまで行けそうね」
カポッカポッカポッカポッ
セキトの快走のおかげで、ずいぶんと予定も短縮できそうだ。ていうか、何でセキトって足音が「カッポカッポ」なのかしら? 蹄鉄付けてないよね?
「あ、かがり火。あれが敵の本陣か」
星の向きからみても、あれが目的地で間違いないと思う。
「セキト、ここからは私だけで行くから、この辺りでブラブラしてて」
ブルヒン!
セキトは嘶くと、付近の森へ消えていった。
さて、しっかりと準備してから……。
「……よし、潜入開始!」
そう言って走り出した。
「おっかしいなぁ……全然警備は甘いじゃない」
たまに巡回の兵士はくるけど、緊張感のカケラもない。あくびをしながら……とか、同僚とダベりながら……とか。ただ通り過ぎていくだけ。
「……私にすでに気づいてて、様子をうかがってる………わけないか」
あまりにも自然すぎる。これで演技だったら大したモノだ。
「しばらく警戒だけはしとこうかな『シャアア!』……ん?」
妙な唸り声に気づいて後ろを振り向くと。
……デッカい口が迫ってた。
「た、≪竹蜻蛉≫!!」
「え〜っと……『ネムラズワニ』っていうのか」
三枚におろされて転がってるワニに腰掛けて、 モンスター図鑑を眺めていた。
「『暗黒大陸のネムラズ湿原に生息するワニ型のモンスターで、体長は大きい個体で10mに達する。大きさの割に≪気配遮断≫や≪忍び足≫を習得している為、背後からの一撃必殺を得意とする。属性を持たないため、これといった弱点もない。革は非常に質が良い為、王候貴族の装飾品として人気がある』……か。よし、一応持っていこ」
ネムラズワニの死体を収納しながら、間者が行方不明になった原因を発見したような気がした。私でも結構危なかったからね……思わず秘剣を使っちゃったわよ。
「……となると、異様に警備が甘い理由も納得だわ。敵に捕まったんじゃなく、モンスターの餌食になってたんじゃあね……」
敵は間者が忍び込もうとしていたことにすら気づいてないだろう。まさに大自然の要塞だ。
「ま、油断せずに忍び込みましょうか。敵の陣地にいることには間違いないんだし」
……何て言ってたら、早速誰かきた。
「おい、第二歩兵隊でもワニの被害が出たって?」
「らしいな……やだなあ、早くここから移動してえよ」
巡回の二人組の愚痴が聞こえる。味方にまで被害が出るような場所に陣取ってる意味って……。
「……でも、これなら動きやすいかも……」
モノは試し。音もなく二人組の背後に降り立つと、ぶん殴って昏倒させる。そのまま引き摺っていき、近くの沼に放置してみた。
……十分後……。
シャアア!!
ザバッ! バチャ!
「「ぎゃああああああ!!」」
……バタバタバタ!
「ま、またワニだああ! 二人襲われているぞ!」
「今助けてやるぞ!」
ギシャアアア! バチャバチャ!
よし、この騒ぎに紛れて奥に潜入しますか。
似たような騒ぎを数回起こして、本陣の仮設会議場に潜り込むことに成功した。哀れな犠牲者達よ、ありがとう。
「あーあー……会議の資料を放りっぱなしって、危機管理が全くできてないわね……」
おかげで簡単に重要な情報を入手できるんだけど。あ、軍の編成から作戦までしっかり書いてある。
「よし、これだけあれば情報としては十分でしょ。あとは脱出するだけなんだけど……」
侵入するより脱出する方が難しいのは、間者としての常識だ。まあ私がやってるのは、間者っていうより忍者かな?
「この会議場は喫煙OKか。なら……」
灰皿に残っていた葉巻を手に取った。
『か、火事だあああ! 中央の会議場が燃えてるぞおおお!』
葉巻を火種にして簡単な着火装置を作ったんだけど、うまくいったみたいだ。騒ぎに紛れて女戦士を倒し、鎧を奪う。意識のない女戦士を担いで、私はその場から離れた。
「おい、貴様は何をしている! 持ち場を離れるな!」
「この者が消火活動中に煙にまかれまして」
「そ、そうか。急いで救護所に連れていくといい」
「は! 失礼します!」
よしよし、うまくいった。あとは救護所にこの女戦士を放り込んで、そのまま脱出しますか。
「……リファリス様」
「ん〜? どうしたのエリザ」
「サーチ様が戻られました」
「そう……って早いな! まだ一日しか経ってないじゃん!」
「敵の人数から編成、更には作戦内容まで調べてきておりますが」
「……………………ど、どうやって、この短期間で……? あ、ありがたいんだけど……」
「あ〜あ、つっかれた」
「あ、サーチさん。お疲れ様です」
「エカテル、もう上がり?」
「はい、そうですけど」
「なら温泉いくわよ。近くに共同浴場があるそうだから」
「へ? 確か混浴だって……」
「それがどうかした? さっさと行くわよ」
「え!? ちょっとちょっと! 私は嫌ですよ!」
「命令、一緒に入れ」
「ちょっとおおおおおおおお!?」
優秀すぎるサーチさんでした。