第七話 ていうか、キャッチ・アンド・リリースした魚を鳥に食われたときの気分って、たぶんこんな感じ。
「まあああああてえええええ!」
びゅうん! ばしぃ!
「ぐはあああ!」
ドドオッ!
羽扇から伸びた鉄鞭が、逃げる敵兵の頭にクリーンヒットし、落馬して果てる。
「まだ生き残りがいたなんて……!」
「…………サ、サーチさん。ここまでしなくちゃいけないんですか?」
馭者ってるエカテルが私に問う。これ以上、無駄に命を奪う必要はないのではないか、と。
「甘いわよ! 今回の作戦では、敵の本隊に谷の部隊の壊滅を知られるのはマズいのよ!」
「で、でも、完全に情報の漏洩を防ぐ事は不可能では?」
「いや、そうでもないみたいや。リファリス様の話やと、軍の半数を割いて主要街道と裏道を塞いでるそうや」
「あと二日間、情報を敵に知られないようにできれば、リファリスの勝ちは確定なのよ。だからやれることはとことんやるわ。それが味方の犠牲を減らすことにもなるのよ!」
「! ……わ、わかりました!」
おーけい! エカテル、ちゃんと馭者ってよ〜?
時間を少ーし遡って、谷を離れる一日前のこと。朝ご飯の後片付け中に、リファリスから念話が入った。
「はいはーい」
『さーちゃんおはよ〜。戦況はどんな感じ?』
「どんな感じも何も、戦いは終わったわよ」
『……………………は?』
珍しくリファリスが呆気にとられてる。
「いやあね、昨日ありったけの炸裂弾を崖下に放り込んだら、その爆発の余波で地下水が流れ出ちゃって……」
『…………て事はほぼ全滅?』
「だと思う。完全に確認したわけじゃないけど」
『…………』
何かを考えるリファリス。どうしたんだろ?
『……二日間敵に知られなければ、あるいは……』
「は?」
『……さーちゃん、もう一つ頼まれてくれない?』
「な、何?」
『あと二日間は、敵にこの情報が伝わるのを防ぎたいのよ。主要な道もマイナーな道もあたしが軍を動かして塞ぐから、さーちゃんは山岳地帯の残党狩りをお願いできない?』
「残党狩りぃ!? そこまでする必要あるの?」
『今回は必要なの。二日間でいいから、敵が包囲網を突破しないようにして』
「わ、わかったわ。やれるだけやってみる」
『ありがとね〜。じゃ、頑張って☆』
「……たく、無理難題を……。エカテル、セキトを大至急探してきて! 他は後片付けを手伝って!」
……という流れで、私達は残党狩りに精を出しているのだ。
「ん〜……この先に気配を感じるわ。エリザ、地形はどう?」
「普通の森や。危険な場所はないで」
「よーし、一旦馬車を止めるわよ。私とリジーで襲撃してくるから、エリザとエカテルとドナタは待機ね」
「わかったわ。気ぃ付けてな」
木の上を飛び移って進み、リジーは下を進む。
やがて森が拓けた場所が見えてきて、その近くに馬が繋がれていた。とりあえずリジーと合流する。
「……いた。三人。現在は食事中と思われ」
「後ろに木があるから回り込めそうね。リジー、矢で一人お願いね。私は背後から襲って二人仕留めるから」
「わかった。タイミングは?」
「私が飛び降りるのと同じタイミングで」
「うぃ!」
再び木を登り、音を立てないように飛び移った。 念のために≪気配遮断≫と≪忍び足≫を起動させて近寄る。
「……追っ手はまだ来てないな」
「早くこの山を越えないと。味方に知らせないと大変な事になる」
「ちくしょう……まさか負けるなんて……」
傷だらけでヒドい状態だ。よくここまで逃げてきたもんだ。
「だけど、ここで逃避行も終わり……ね!」
音もなく飛び降りて、手前の男の首筋を刺す!
ズブリッ!
「っ!? …………」
「な!? き、貴様ぁ!」
「…………っ」
勢いよく立ち上がった敵兵。けど隣に座っていた方は、何も言わずに倒れた。背中には矢が突き立っている。
「く、いつの間に追っ手が!」
敵兵は煙幕弾を地面に叩きつける。
ばあんっ!
「甘いのよ!」
煙幕弾を見たときには、すでに高々と飛び上がっていた私。上空からなら、あんたの姿は丸見えなのよ!!
「必殺! 空中ライトニングソーサラー!」
ごめきどすっ!
ん? 何か『どすっ!』って音が混じってたような? ライトニングソーサラーを食らって倒れた敵兵の後頭部には、深々と矢が刺さっていた。
「ありゃりゃ。ダブルで昇天しちゃったわね」
「サーチ姉、馬はどうする?」
……久々に馬刺しなんていいかも。
ヒヒン!?
ヒヒヒィィン! ヒンヒン!
「……? サーチ姉、馬が泣いてるような……?」
何で私の考えてることがわかるのかな!?
「……逃がしてあげて」
リジーが繋いであったヒモを切ると、馬達は一目散に逃げていった。そんなに私、怖い顔してたのかな?
「……う、馬も逃げ出す冷血女ぅごっほう!」
「誰が冷血女よ! 余計なこと言ってないで、さっさと出発するわよ!」
「は、はい……」
馬車まで戻ると、エカテルとドナタがいなかった。
「二人はどうしたの?」
「ドナタのお花摘みにエカテルが付いてったで」
「そ。二人が戻ってきたら出発しましょ」
「敵兵は始末したん?」
「バッチリ。他は気配を感じないから、あとは南側くらいかな」
「なら二人が戻ってくるまで、南側の地形を調べとくわ。見張り任せたで」
エリザはそう言うと≪上空風景≫を使いだした。
「まだお昼までは時間あるし……休憩してもいいかな」
私は周りを警戒しつつ、魔法の袋からクッキーを取り出した。
「リジー、お茶入れるからお願いね」
「らじゃ。軽ーく≪火炎放射≫」
ボウッ!
絶妙な火加減で一瞬で湯を沸かし、ポットに茶葉を入れて蒸らす。
「リジー、だんだん器用になってきたわね」
「……毎回やらされれば、誰だってスキルアップと思われ」
いいんじゃない? 調理関係で雇ってもらえるわよ……釜戸代わりに。
「……サーチ姉、お願いだから釜戸とか呼ぶのは止めてね」
す、鋭い。
「ただいまー!」
そのとき、上空からドナタの声が聞こえてきた。
「へ? ……あ、あの子、ミニワイバーンなんか≪統率≫したの!?」
ミニワイバーンってのは名前の通り。ただし、厳密にはワイバーンとは別種。
「……ていうか、あの足に掴まれてるのって……」
「さーちん、たいりょうだよー! ばさしばさし!」
……逃がした馬……よね?
「た、ただいま戻りました……ふう、ふう」
「あ、エカテルお帰り。あれは何ごと?」
エカテルはミニワイバーンに乗せてもらえなかったらしく、走って戻ってきた。
「わ、私がお花摘み中に、ド、ドナタちゃんが馬を見つけまして……」
「……で、捕まえたと?」
「はい。咄嗟に通りがかりのミニワイバーンを≪統率≫して、馬を仕留めまして……」
……確かに馬はぐったりしてる。ていうか、死んでる。
「ずっと『ばさしばさし!』とはしゃぎっ放しで……どうかしましたか? 複雑そうな顔をして?」
「「……いえ、別に……」」
……仕方ないので、今晩は馬刺しを美味しくいただきました。
以上、友人のYさんから頂いたネタでした。