第五話 ていうか、谷での攻防、三日目。
戦いが始まって三日目、いつも通りに起きる。
「ふああ……そろそろ朝ご飯の準備ね」
朝の気だるさを我慢しながら、ノロノロと着替える。
「……リジー、お疲れ。朝だよ〜……」
朝方の見張りをしているリジーに声を掛けて……。
「……ぐぅ」
めごっ!
「んぎゃひぃ!」
「何で見張りが寝てるのよ!!」
「い、いたたた……あ、サーチ姉、おはよう」
「おはようじゃないわよ! いつから寝てたの!?」
急いで周りに異常がないか確認してまわる。
「ちょっと前までは記憶がある。寝たのは少しだけ」
「ホントに? ウソだったら許さな……」
かちゃ! かちゃ!
「……何の音?」
「……さあ……」
耳をすませてみると……音がするのは谷からだ。
「何だろ?」
谷を見下ろしてみると。
「はあはあ……あ、あともう少しで登り切れる! 皆、耐えるんだ! いいな!?」
「「「「「おう!」」」」」
……反対側の崖を六人の敵兵が、ヒモを腰に巻きつけて登っていた。かちゃ! って音は、崖の登る際に使う鉤爪のだったのか。
「ヒモを持ってるってことは、何かを引き上げるつもりか……リジー!」
「何?」
「敵さんが何か仕掛けてきてる。火を消して」
「わ、わかった」
リジーは水をぶっ掛けて火を消す。
「あの様子だと……あと十分くらいで登り切りそうね」
「サーチ姉、射殺す?」
弓を手にしたリジーを、とりあえず制止する。
「何で止めるの?」
「しばらく様子を見ましょう。どうせ反対側なんだから、どうとでもなるわ」
登り切ってから三十分。敵兵達は丸太を使って、崖にせり出した台を作り、いくつかの滑車を取りつける。それを使って谷底からいろんなモノを引き上げていた。
「あ、鉤爪付きのロープ。こっち側の木に巻きつけて、崖を渡るつもりと思われ」
「結構な量の武器も上げてるわね。あ、兵糧も上げてる」
着々と準備を進める敵兵。あれだけ嫌がらせしたのに、一向に士気は下がっていないようだ。
「……何故か鬼気迫るモノを感じる。異様にやる気になってるような……」
いや、やる気というより殺る気か。嫌がらせは逆効果だったみたいだ。
「どうする? 射っちゃう?」
「……いえ、ダメよ。一人殺すと残りの敵兵が警戒するだけ。殺るんなら一網打尽にしないと」
「でも、どうやって?」
「少し待ちましょう。そうすればチャンスは来るわよ」
大体荷物を引き上げたらしく、しばらく休憩している敵兵。その間にエリザ達も起きてきたので、事情を説明して待機してもらう。
「何で寝てたんや、リジー! 見張りちゃんとしとれば、もっと早よう対処できたんやで!」
「すまぬ。不覚」
……全く反省の色が見えないわね。
「でもどうするんですか? このまま放置するわけにもいかないですよね?」
「わかってるわよ。あの連中はどう見ても先遣隊よね。たぶんまとまった人数を崖の上へ送るための準備要員よ」
「だ、だったらなおのこと!」
「だから落ち着きなさいって。本隊をどうやって上へ送るつもりなのか、それによって対処法は変わるわ」
「……と言いますと?」
「考えられるのは二つ。本隊の兵士自らがロープを伝って登ってくるか、ゴンドラなんかを利用して兵士を上げるか」
「ゴ、ゴンドラ!?」
「兵士が一人一人登ってくる場合は、兵士の体力の消耗が激しすぎる。全員登り切ってもクタクタの状態じゃ、何かあっても対処できないでしょ」
「なら一部の兵士を酷使して、大多数の兵士を元気な状態で上げるっちゅー事やな。ゴンドラの理屈はわかったわ」
「一部の兵士を酷使って……つまり、今いる兵士でゴンドラを引っ張りあげるんですか!?」
「そういうこと。あのせり出した台がある以上、ゴンドラを使う可能性が高い」
「……どうするんや?」
「そりゃあ……攻撃するには、一番効果的なタイミングがあるでしょ」
「一番効果的な……ってまさか!?」
「そう、そのまさか」
私はニィ〜……と悪い笑みを浮かべて。
「兵士を引き下げるときでしょ」
「隊長、本隊から合図が来ました! ゴンドラに兵士が乗り込みました!」
「よ〜し。ここからが正念場だ。今回の特別ミッションの為に集められた精鋭達よ、見事に完遂してみせようぞ!」
「「「「「おうっ!」」」」」
「いくぞ、せーの!」
「「「「「えいさ! ほいさ! えいさ! ほいさ!」」」」」
ぎぃ〜……ぎぃ〜……
「……だいぶ上がってきたわね」
「そろそろやないか?」
「……うん、いいわね。リジー、先頭から殺っちゃって」
「らじゃあ!」
返事と同時に、リジーが無造作に矢を射る。
ピシュン! ドスッ!
「っ!? ……っ……」
先頭の男の眉間に矢が突き立ち、そのまま崩れ落ちる。
ギャリリリ!
ぎぃ〜……ぎぃ〜……
「……順調に上がってますね」
「頼むぞ。何とか頑張ってくれよ」
がくんっ!
「うわっ!?」
「総員、堪えろ! ゴンドラから落ちるなよ!」
「先頭が殺られました!」
「く、くそおおお! このタイミングを狙っていたか! どうにかしてヒモを固定するんだ! 急げ!」
おお、焦ってる焦ってる。
「リジー、次はヒモを木に巻きつけてるヤツを狙って」
「らじゃあ!」
キリキリ……ピシュン!
「皆耐えてくれ! すぐに固定」
ドスッ!
「ぐあああああっ!?」
ドスドスッ!
「ぐっはあ!」
「手、手を離すなあ!」
ギャリリリィ!
「うぐぅぅぅ! 皆、絶対にゴンドラを落とすなよぉぉぉ!」
ギシ……ギシ……
「と、止まったままですね……」
がくんっ!
「「「うおっ!?」」」
グラッ
「うわ!? わああああぁぁぁぁ……」
「く、くそがあ! 一人落ちた!」
「上は何をやってるんだ!?」
おー、粘り強く耐えてるね。
「リジー、後ろの二人を殺っちゃって」
「うぃ!」
キリキリ……ピシュンピシュン!
ドスドスッ!
「ぐふっ!」「うぐぁ!」
ギャリリリリリリィ!
「ふ、二人では持ちきれませええん!!」
「くそおおお! ちくしょおおおがああ!」
がくがくんっ!
「うわああ!」「も、もう嫌だああ!」
「ら、落下する一方です!」
「も、もうこれまでか!?」
がくんっ!
「ん!? と、止まったぞ?」
ギャリリリリリリ! ギシ!
「はあ……はあ……な、何とか……こ、固定……できました……ごぶっ」
「た、助かった……」
……あ、瀕死だった敵兵の一人が、ヒモを固定した。
「……敵ながら天晴れやな。命を懸けて仲間を助けたで」
ヒモを固定したと同時に、敵兵は息絶えたようだ。確かにあっぱれよね。
「だけどそれはそれ、これはこれ。リジー、固定されたヒモを根元から切断」
「御意!」
キリキリ……ピシュン!
ぶちぃぃん!
ギャリリリリリリィ!
「ひ、ヒモを切られ! う、うわあああぁぁぁ……」
「ガ、ガイナスゥゥゥ!! ちくしょおおお! アイツら全員殺してやるぅぅぅ!!」
あ、一人ヒモに巻き込まれて落ちてった。
「最後の一人が必死に耐えてるけど、時間の問題やな」
「ん〜……一緒に落ちてもらおうか。リジー、今度は火矢を大量に台に放って」
「らじゃうぃ御意!」
キリキリキリキリ……ピシュンピシュンピシュンピシュンピシュン!
ドスッ! ドドドドスッ!
「こ、今度は火矢を……! ど、どこまで悪辣なんだあああ!」
おーおー、結構燃え上がってるけど、耐えてるねぇ。
メキッ! バキバキ!
「あ、台が崩れた」
バキバキィ!
「うおおおおおおお! 貴様ら、全員呪ってやるぅぅぅぅ…………」
ゴオオオ……
「だ、駄目です! 落下が止まりません!」
「お母ちゃあああん!」
「死にたくねえよおお!」
「誰が原因か知らないが、呪ってやる! 呪い殺して」
ズドガアアアン!
……ぉぉぉんん……
「……落ちたみたいね。じゃあ敵が残した兵糧はいただきましょうか」
「「…………」」
「な、何よ、エリザとエカテル?」
「いや、何て言ったらいいのか……」
「血も涙もないんやな……」
「へ? 敵に対してかける情なんか、あるわけないじゃない」
「「そりゃそうだけども!」」
「……あ、呪いが飛んできた。いただきまーす」
リジーがお腹いっぱいになったところで、三日目終了。
ジェフリーやガイナスさん達六人、報われず。