第三話 ていうか、谷での攻防、一日目。
「ええい、何を手間取っているのだ! さっさと岩を退かしてしまえ!」
「も、申し訳ございません! ですが、岩が何故かヌルヌルしておりまして、持ちづらく、はい……」
「表面がヌルヌルした岩があってたまるか! 早くしないと敵の背後を突けないではないか! 急げ、急ぐのだ!」
「は、ははー!!」
「お見事よ、エカテル! ご褒美に耳をふーってしてあげる!」
「止めて下さああい!!」
せっかく誉めてあげたのに、エカテルは全力で逃げていった。あの岩にはエカテルお手製の粘土化薬が振り掛けてあるのだ。効果は文字通り。
「あれだけで相当時間が稼げるわね」
「私の秘薬の一つです。偶然調合できたんですけどね」
エカテルがなだらかな胸を張っていると、ドナタが叫んだ。
「さーちん、たにのむこうがわとこっちに、なんにんかひとがいるって!」
やっぱり偵察部隊が崖を登ってたか。
「リジー!」
「任せてくんなまし!」
すでに弓を構えていたリジーは、連続で矢を放った。ていうか、くんなましって何なのよ。
ヒュヒュン! ………ドスドス!
谷の向こう側で何かに刺さる音がし、そのまま崩れ落ちた……っぽい。
「す、凄い! この距離で敵に当てるなんて……!」
「えっへん!」
私よりある胸を張る。ていうか、あの弓は放てば必ず当たる必中アイテムですから。
「……なんてつっこんでる場合じゃないか。こっち側には結構な人数が投入されてるみたいね」
少し先に、コソコソと移動する団体さんがいる。大体……三十人くらいかな。
「……エリザ、私は背後から回り込むから」
「わかりました。私は姑息な手は使わず、正面から堂々と当たりましょう」
……相変わらず私を嫌ってるみたいね、メイドフォルムは。
「……えい」
キュッ
「はああああああああん! い、いきなり何すんねん!」
「あ、戻った」
「な、何を言うて……あ、ホンマや」
……これはいい発見だわ。
「今度からメイドフォルム解除には先っぽを捻ればいいのね」
「……そうみたいやな……で、でも駄目やで!?」
「はいはい。それよりも手筈通りにお願いね!」
「わかったで!」
やった、ラッキー♪ 関西弁フォルムなら、細かな連係がしやすいわ!
一度森に入り込み、≪気配遮断≫と≪忍び足≫を発動させる。暗闇にまぎれ込んで、徐々に敵の背後に迫った。
(ひい、ふう、みい……まずは三人殺るか)
木の上から敵の団体さんを窺っていた私は、手投げナイフを二本取り出して、一番後ろの敵に躍りかかった。
「んがっ!?」
後ろから敵の首に脚を絡ませる。そのまま反動をつけて、フランケンシュタイナー!
ごげぇ!
男は地面に突き刺さり、そのまま動けなくなった。私の股に挟まれたんだから、本望でしょうよ。
「何者……ぐげっ!」
物音に気づいて振り返った男の眉間に、ナイフが突き立つ。その間に立ち上がり、もう一本を投げる。これで三人上がり。
「て、敵襲ー!」
その頃、前方でも戦いが始まっていた。エリザが容赦なく敵をぶっ飛ばし、谷底へ突き落としていく。
「あ、突き落とした方が早いか」
私も武器を打撃系のトンファーに変え、次々に敵を殴り落としていく。
「う、うわあああぁぁぁ……」
「ぎゃあああぁぁぁ……」
あっという間に八割を崖の下へ突き落とし、残るは五人となった。
「く、くそおおおっ! こうなったら、お前らも道連れだああ!」
自棄になった男が何かを取り出す。あれは……炸裂弾!?
「エリザ、耐えて!」
「へ?」
とっさに羽扇をワイヤーに作り変え、エリザの右足に巻き付ける。
「うりゃあああ!」
ぐいっっ!
「「「うわわわわわわ!? わああああぁぁぁぁ……」」」
そのまま崖へダイブし、私の体重に引っ張れた五人はそのまま谷へ落ちていった。
………どおおおんん………
あ、谷底で炸裂弾が爆発した。たーまやー。
「エリザー、とっさだったけど大丈夫ー?」
「は、早く登れや! ウチ、もうギリギリやで……!」
エリザがどうにか持ちこたえてくれたおかげで、私は落ちずに済みました。感謝感謝。
「んっしょ、んっしょ……ごめんごめん…………あ」
エリザはマジでギリギリだったらしく、盾の尖った部分を地面に突き立てて耐えていた。
「さ、流石はエリザ。とっさに機転が利くわね!」
「サ、サーチん……もしも丸い盾やったら、ウチも落ちてたで……」
……マジっすか。
「……尖った盾、バンザーイ……」
「……一発ど突いてええか?」
ダメ。
念のために残党がいないか確認してから、私達はエカテル達と合流した。
「どう? 何か変化はあった?」
「下の人達が怒り狂ってます……多分」
……何で?
「……リジーさんが……」
エカテルが指差すほうを見ると。
「やーいやーい、悔しかったらここまでおいで〜」
「お、おのれええ! 舐めやながってええ!」
「はい、あと3m、3m、3m……で、えい」
チクッ
「いでえ! って、しまったああ! うわあああぁぁぁ……」
「……ああやって登ってきた敵兵をつつき落としてまして……」
……そりゃあ登っていった味方が軒並み落ちてくれば、怒るでしょうね……。
「それで、今まで何人くらい登ってきたの?」
「えっと……もう百人くらいでしょうか」
がんばりすぎだろ! そこまで意地になって兵を減らすなよ!
「…………ぁぁぁぁああああ!」
ドサン!
「く、また駄目だったか!」
「将軍、これ以上味方の犠牲を出すのは止めましょう!」
「ならばどうしろと言うのだ!? 岩はヌルヌルしていて、遅々として作業は進まない! 斥候部隊との連絡も途絶えた! ならば崖の上にいる敵を倒す他にないだろう!」
「わかっています。憎き敵を倒すことに異論はありません。ですが、味方を損ねる方法は如何なモノか、と言っているのです」
「だから! どうしろと!」
「要は犠牲が出なければ良いのです。私にお任せ下さい」
「……流石に懲りたみたいですね」
最後に落としてから三十分。何も反応がない。
「……ねえ、私だったら落ちて死んだ兵士を利用して、ゾンビアタックかますけど……どう思う?」
「その可能性が高いかと」
「今は準備中と思われ」
「やったら今のうちに対策せなな」
「……何言ってんのよ、対策なんか必要ないじゃない」
「はあ?」
大蝙蝠の子供と戯れるドナタを指差した。
「……そろそろ最初のゾンビが着く頃か」
「ええ。念のために死霊魔術士を連れてきていて正解でした」
「ふふふ。敵の驚く顔が目に浮かぶわい」
……ひゅ〜〜……
べちゃ! べちゃ!
「うわ、何だ!?」
「さ、さっき登っていったゾンビじゃねえか!? 何で落ちて」
ザクッ!
「うぎゃあああ!」
ブスッ! ズバッ!
「ぐああああ!」
「ぎゃあああああ!」
ひゅ〜〜……べちゃ! べちゃ!
「て、敵襲ーー! 我々のゾンビが、我々に剣を向けて……ぐふぁ!?」
「げ、迎撃! 迎撃せよ!」
「し、しかし、空から降ってきますので……ごぶぉ!!」
「な、何故だ! 何がどうなってるんだ!?」
「はーい、あなたもしたにおりて、したのへいたいさんをぶっとばして」
登り切ったゾンビにドナタが≪統率≫すると、ゾンビは頷いてから飛び降りた。
「……そういやゾンビもモンスターやな……」
モンスターならば、ドナタのお手のモノなのだ。
……こうして一日目の攻防戦は終わった。