第二話 ていうか、敵もいろいろ作戦を考えてくるみたいなので、私達だけで目論見を叩き潰すのだ!
再び進軍を開始した私達に、斥候からある凶報がもたらされた。
「え!? 大規模な別動隊が?」
「はい。クヮンノゥン峠を越えて、我等の背後に陣取っています」
……挟み撃ち……じゃないわね。
「ん〜……厄介な事を考えてきたわね」
リファリスでも唸るか。まあそうなるわね。
「だったら軍を二つに分けて、それぞれ迎え打てば良いと思われ」
はいリジー、それは一番やっちゃいけないヤツね。
「軍の分散なんて絶対にダメよ。ただでさえこちら側は数的に圧倒的不利なんだから、少ない軍をさらに少なくして、敵に有利な状況を作ってやる必要はないでしょ」
「む〜……」
リジーは唇を尖らせて拗ねた。ていうか、可愛いなおい。
「あの、でしたら全軍撤退して、別動隊を撃破してから、再び進軍すればいいのでは?」
「うん、普通ならそうするのが一番いいんだけどね。今回はそれは出来ないんだよ」
そう。それが最大の問題なのだ。
「ど、どういう事ですか?」
「敵は間違いなく私達の兵糧を狙ってる。だから放っておくわけにはいかないけど、どちらかを叩けばどちらかから背後を突かれる事になる」
リファリスの説明にエカテルも納得したのか、そのまま口をつぐんだ。
「……この先にあるサンダカ山脈を抑えられるかどうかが、今回の戦いの重要な局面なのよ。だから退くわけにはいかない……」
「そうなのよねぇ、さーちゃん。一度退いたら敵に軍の再編成を促すだけ。折角作り上げた有利な状況を、私達自身で放棄する事になっちゃうのよね〜」
「……ならば、どのようになさいますか?」
エリザは紅茶をカップに注ぎながら、リファリスに聞いた。
「ん〜……あたしがいないと負けちゃうから、あたしが軍を離れるわけにはいかないよね」
……読めた。
「私達に行けってこと?」
「お、流石さーちゃん。それしか手はないっしょ」
「へ? 私達に行けって、どういう事ですか?」
「この状況下で取りうる策は、軍を分けての各個撃破しかないわ。ただ最初に言った通り、少ない軍を分けるなんて愚策中の愚策。ならどうするか?」
「どうする……んですか?」
「少数精鋭の部隊を作って、別動隊に奇襲をかける……てのが唯一の方法かな」
「少数精鋭の部隊を? …………ま、まさか、少数精鋭の部隊って……」
「そ。私達始まりの団ってわけ」
リファリスは別動隊を私達だけで撃退しろと言っているのだ。
「ぜっったいに無理ですよ! 別動隊だって言っても、万は超えてるんですよ! それをたった五人で?」
「まあ普通に考えたらそうよね。ただ今回は時間稼ぎができればいいのよ」
「時間稼ぎですか?」
「そうよ。リファリス達が敵の本隊と戦ってる間、私達は別動隊の足止めをすればいいのよ。リファリスが本隊を叩いて反転してくるまでの時間をね」
「時間稼ぎって……どれくらいですか?」
「……最低一週間かな」
「い、い、一週間も!?」
今日はエカテルの反応が激しくて面白い。
「どうやってやるんですか!?」
「そのために私達は先行してるのよ」
言い忘れたけど、私達はすでに馬車の中。とっくに出発している。
「まずは別動隊より先に目的地に着いて、入念に準備しないといけないんだから。エカテルもちゃっちゃと調合してよ?」
「フ、フル回転でやってます!」
騒ぎながらも手は動いてるんだから、流石エカテルだ。
「エリザ、その谷付近がいいのね?」
「間違いありませんわ。左右を断崖絶壁に囲まれた一本道。迂回することはできませんから、狙うのでしたらここしかありません」
「……逆に、敵も最大限の警戒をしてくるわね……」
左右の崖からいろいろ落とせるだろうけど、数にまかせて突破される可能性が高いか。
「だったら………リジー! あんたの配置変更ね!」
「え?」
「一番破壊力があるあんたにしか出来ないことを頼みたいの」
てきぱきとリジーに指示を出す。
「うぃ。サーチ姉の指示に従う」
「エリザはエカテルとドナタの護衛で」
「わかりましたわ」
「ドナタ、どう? 結構集まった?」
「んーっとね……ひゃくわくらい」
「もう少し集めて!」
「はーい」
「サーチ姉! 谷が見えてきた!」
馭者ってるリジーの声に反応して、私は外を見る。
「うわ、確かに深い谷ねえ……でもこれならいけるかな?」
「念のためにもう一回≪上空風景≫で確認しましたが、間違いなく道はここしかありません」
おーけぃ!
「なら馬車で説明した通りね! リジーは特に重要な役だから頼んだわよ!」
「わかった」
「みんな『いのちだいじに』だからね! では散開!」
「「「了解!」」」
「りょーかい!」
全員が持ち場についたのを確認すると、私はセキトに跨がった。
ガラガラガラ……
背後で岩が崩れる音が響いている。リジーがうまくやってくれてるようだ。
「……まだ来てないかな?」
セキトを走らせながら、ギリギリまで敵に近づく。
「………………っ!」
いたっ! セキトの手綱をおもいっきり引いて、急停止させる。
「セキト、しばらくこの辺りでやり過ごしてて。後で迎えに来るから」
ブルヒーン!
セキトは一声嘶いてから、森の中へ駆けていった。
「…………」
ここからは気配を消して、闇に同化する。
二十分ほどして。
……ドドドドド……
たくさんの馬の足音が響いてきた。やっぱりこの道を選んだか。
「……みんな、大体十分くらいでそっちに着くわ。予定通りにお願い」
小声で念話水晶に呟くと、私も行動を開始した。
ドドドドドドド……
「敵は……出てきませんね」
「油断するな。まだ谷を抜けたわけではないぞ」
「はっ!」
「しかし、もう仕掛けてきてもおかしくないが……静かだな」
「全体、止まれえええっ!!」
「な、何事だ!?」
「た、谷の出口辺りで落石発生! 完全に道が塞がれております!」
「何ぃ!? 岩は撤去できそうか?」
「時間はかかりますが可能かと」
「……よし、歩兵部隊で岩を撤去せよ! その背後に大盾部隊と魔術士部隊を配置し、上からの攻撃に備えるのだ!」
「はっ!」
「……上からの攻撃への備えは万全だ。さあ、どうする? 血塗れの淑女よ」
「サーチさんの目論見通りですね」
「エカテル、薬の用意は万全ですか?」
「は、はい。いつでもいけます」
「ならドナタ、飛行系のモンスターに持たせて下さい」
「は、はーい」
「サーチ様の考える事は、やはりえげつないですね……」
「「…………」」
「……何か?」
「い、いえ……エリザさんの話し方が、どうしても違和感ありありで……」
「なんかへん!」
「どちらも私である事に代わりありません。それより、私の背後に居て下さいね。必ず守り抜きますから」