第二十二話 ていうか、形勢逆転の一発勝負こそが、軍師リファリスの真価!
何故か急に一致団結し、士気が急上昇している。だけどこれもリファリスの手腕なのだ。
「こ、こんなにやる気になってるの、初めて見たと思われ」
一緒に戦っていたリジーもビックリしている。
「そうよ。リファリスに千人の兵を与えれば、十万の軍を撃退できるって言われてるくらいなんだから」
「じゅ、十万!? 常識を覆しすぎてませんか!?」
「そりゃそうよ。大体リファリスは個人よりも集団相手に強いっていう変わり種だからね」
そしてリファリスの力が真に発揮されるときは、軍を指揮するときなんだから。
「〝血塗れの淑女〟様、出陣の準備が完了致しました!」
「わかりました」
リファリスは立ち上がり、バルコニーに向かって歩く。その後ろに副長さんを始めとする幹部が続く。
「これから演説ですか」
「ええ。ここでリファリスの軍が完成するわ」
「はい?」
「まあ見てなさいよ」
リファリスは全軍が見渡せる場所まで行くと、澄んだ声を張り上げた。
「皆さん! 私達は現在、絶望的な状況に追い込まれています! それは戦況だけではなく、種族としての獣人の現状でもあるのです!」
「え? 獣人自体が危機的状況って?」
リジーが私に聞いてくるけど、私にわかるはずがない。
「まあ最後まで聞いてなさいよ」
「この大陸を蹂躙した後、必ずや古人族は他の大陸にも渡り、全てを飲み込むでしょう。つまり、この戦いが全ての獣人の運命をにぎっている、と言っても過言ではないのです!」
「……かなり強引な論法と思われ」
「だけど見なさいよ。兵士の士気はうなぎ登りよ」
演説が進むにつれて、兵士達は明らかに高揚している。このカリスマ性は流石よね。
「す、凄い……最初の演説で、こんなにまで高揚させてくるなんて……」
「不思議でしょ。リファリスの演説は聞いてるだけで引き込まれていくからね。わかっていても士気は上がっていくわよ」
「わ、わかる。私も興奮していると思われ」
リファリスの演説はさらに盛り上がっていき、リジーとエカテルも一緒に高揚していった。
「……二人とも、ほどほどにしておきなさいよ〜……って聞いてないか」
これは一回体験してみないとダメかも。
「皆さん! この聖戦に勝つ為にも、私と共に戦ってくださいますか?」
「「「戦う!」」」
「私の指揮に従ってくださいますか?」
「「「従う!」」」
「では皆さん……私に命を預けて下さいますか!?」
「「「預ける!」」」
あーあ……リジーとエカテルまで叫んじゃった。駒になる条件が整った。
「……≪女王の憂鬱≫」
リファリスの呟きと同時に、「預ける」と叫んだ人達とリファリスとの間に、仮初めの主従関係が構築された。
「さあ、あたしの駒。戦いを始めるわよおおおおっ!!」
「「「おおおおおおおおおおっ!」」」
リジーとエカテルも隊列へ加わる為、全力で走っていった。ため息まじりでリファリスに近寄る。
「……リファリス、私の仲間まで巻き込まないでよ」
「え? ……あら、リジーと……新人さんも参加しちゃったみたいね」
「確信犯なんでしょ? 二人に被害が及ばないようには配慮してよ?」
「わかってるって。出来ればさーちゃんにも参加してほしかったな〜」
「イヤよ、疲れるし」
毎回「間諜」の駒でコキ使うからたまったもんじゃない。
「ま、今回はさーちゃんは見物しててよ。エリザもいるから問題ないだろうし」
「……エリザ、あんたって毎回『近衛』なの?」
「そうですが何か?」
「……いえ、想像通りなだけよ」
「サーチ様はゆっくり見物なさって下さいまし。エカテルとリジーは私も配慮致しますので」
……メイドフォルムでも仲間は大切みたいね。
「……お願いね」
「ではリファリス様、参りましょう!」
「さーちゃん、まったね〜」
……緊張感のないヤツ。
「さあさあ! 血の惨劇の始まりよお! あっはははははは!」
リファリスにスイッチが入ったわね。いよいよスタートか。
「≪女王の憂鬱≫発動! 『兵士』よ、前に進みなさい!」
リファリスが何かを動かす仕草をすると、それに従って前線の歩兵が走り出した。相手もその動きに呼応して軍を進める。
「左右に展開、鶴翼陣形!」
素早く何かを動かしながら、次々と指示を飛ばす。あら、真ん中の陣形が薄いわね。これは……?
「真ん中を破られた瞬間に包囲! 『弓兵』の一斉射撃開始!」
なるほど、個別に包囲殲滅してくのか。相変わらず容赦ないわね。
戦いが進むなか、前線では奇妙なことが続発していた。
「な、何だよこいつら! みんな無表情で……まるで人形みたい……ぎゃああ!」
「ジャギ!? くそ、ジャギが殺られた! 陣形を崩される前に立て直す……」
ポンッ
「ん? ジャ、ジャギ!? 生きていたのか!!」
ドスッ
「ぐふぁ!? な、何故……」
「た、隊長ーー!! ジャギ、てめえ!! 裏切りやがったなああ!」
「ま、待て! 隊長が立ち上がったぞ……?」
「た、隊長? どうしたん」
ズバッ
「ぎゃああああ!」
「た、隊長まで……一体どうなってるんだああ!?」
倒された味方の兵士が突然立ち上がり、自分達に斬りつけてくるのだ。現場は大混乱を起こしていた。
リファリスの≪女王の憂鬱≫は、人を自在に操ることも、己の身を人形と化すことも、あくまで副次的効果でしかない。真の効果は女王の憂鬱というボードゲームを現実に忠実に再現することなのだ。
女王の憂鬱は現代社会の将棋によく似ている。違う点は、駒の種類が何十種類もあること、そして使われる駒は忠実に作られた人形だということ。忠実に再現する以上、倒した相手を自分の駒として使用することも再現されている。つまり、敵を倒せば倒すほど、味方が増えていくという状態になるのだ。
無論、ボードゲームを忠実に再現している以上、相手側にもこの条件は適用される。だがそのことに気づき、リファリス相手に女王の憂鬱で勝負できた者は……今まで一人もいない。
だんだんと敵は劣勢になっていった。戦いが長引けば長引くほど味方は減っていき、人形と化した敵は増えていく。悪夢のような光景だろう。
やがて。
「……さあ、リジーちゃん。あなたが『王』を討ち取りなさい」
リファリスだけに見えるリジーの駒を、相手の「王」の駒にぶつける。
「はい、チェックメイト。ゲームの終わりよ………あは、あはは、あっはははははは!!」
ゲーム終了と同時に≪女王の憂鬱≫は解除され、無表情だった兵士達の目に意思の光が戻り。
ドサッバタバタッ
一度殺られて寝返っていた敵兵達は、骸へと戻って倒れていった。
「ぎゃああああ……い、痛い痛い痛い〜!」
「な、何なんですか、この異常な筋肉痛!」
「それが≪女王の憂鬱≫で操られていた側のデメリット。全身を激しい筋肉痛に見舞われる」
「は、早く言ってくださいよ!」
私も子供の頃に散々リファリスの練習台として操られて、筋肉痛に泣いたモノだった。
「ま、いいじゃない。リファリス自身にもデメリットはあるんだから」
「な、何ですか?」
「性欲の異常な増進」
「え゛」
「今頃エリザは大変な目にあってるでしょうね。筋肉痛+リファリスの相手なんだから……」
……合掌、礼拝。
精も根も尽き果てたエリザの隣で、リファリスは呟いていた。
「……あたしと対等に打ち合えるヤツはいないのかな……」