閑話 盾とリファリスと私
「ウチは新しい盾を見てくるわ♪」
エカテルとドナタが出掛けてすぐ、ウチも旅館を飛び出した。サーチんはタオルを準備してたさかい、町中の風呂を制覇するつもりやな。
「嫌いやないけど……流石に一日あっつい風呂に浸かりとうはないわ」
ま、用件が済んだらちょっとくらいは付きおうたるか。サーチんは意外と寂しがり屋やしな。
「……しっかし……あんだけ嫌いやったのに、人間わからんもんやな」
サーチんと知り合った時の印象は、まさに最悪やったな。突然リファリス様の前に現れて、リファリス様からの愛情を一身に集めて。あまりの嫉妬で狂ってしまいそうやったわ。
「ウチらの日頃の献身は、一切合切無駄やったんや……そんなん言うて、リファリス様に当たったりしたなあ……」
今から考えたら何て恐れ多い事を……結局そのまま押し倒されて、三日三晩ノンストップで【R18】されて。
「エリザ、あなたにはこうするわ。だけどさーちゃんにはしない。これが決定的な差よ」
……そう言うて頂いた時、改めてリファリス様への絶対の忠誠を誓ったもんや。まあ、三日三晩【自主規制】されたんは余計やったけど。
「それが今や一番の友達やもんな。人生わからへんもんや」
リファリス様からは「同性の友達は必要よ」言われてたけど、ホンマの事やったんやな……。
「あ、ここやここや。結構ええ感じの盾が展示してあったんは♪」
とりあえずは難しい事から離れて、盾の事に集中や。足取り軽く一件目の防具屋の扉を開いた。
「う〜ん……ちっさいヤツばっかやなあ……」
素材も作りもええんやけど、もうちょっと大きさがないと……。
「おっちゃん、ミスリルの盾でもう少し大きいヤツない?」
「あるが……どれくらい大きいのがいいんだ?」
「そやなあ……」
ペンダントにしてあったタワーシールドを拡大する。
「これの半分くらいはほしいんや」
「な、何とも珍しい……! そのタワーシールドはどこで!?」
「はあ? おっちゃん、ウチの話聞いとったんか?」
「そんなのはどうだっていい! そのタワーシールドを譲ってくれ!」
あかん。目の色が変わっとるわ。
「……ウチが客やってわかって言うとるんか?」
「こ、こうなったら力ずくでも……」
かあんっ!
「あぎゃ!」
「あんたは〜!! 年端もいかない女の子に何を迫ってるんだい!」
「か、母ちゃん! 何もフライパンで殴らなくても……!」
「うるさいよ! 防具の事になると目の色を変える癖、いい加減に直しなさい!」
「は、はい……」
「罰として晩まで走ってきな」
「え!? いくら何でも……」
「今日という今日はもう許さないからね! 今すぐに走ってきなさああいっ!!」
「は、はいいっ!」
「全力だからね! 全力疾走だからねえええっ!」
…………サーチん、凄いのを見たで。フリドリみたいなのが、奴隷紋無しの状態でもおったわ。
「……たく。ごめんねえ、お嬢ちゃん。普段は真面目な良い子なんだけどねえ……」
「気にせんといてや。おばちゃんが先にやってくれたから、ウチが手を出す手間が省けたわ」
「ははは……あの子も命拾いしたようだねえ」
……そこまではせえへんで。サーチんやあるまいし。
「で、盾をお探しなんだね。あんたのご希望通りのがあるよ」
「ホンマ!? 見せて見せて」
「はいはい、ちょっと待ってな」
そう言っておばちゃんは奥へ引っ込んでいった。これは秘蔵の盾があるんちゃう!?
「さ〜て……おばちゃん来るまで、他のもん見とくか」
買う気がなかった鎧や兜を見物しながら、ウチは待つ事にした。
身体中に刃物がついてるけったいな鎧を見物してた時。
ばあんっ!
凄い勢いで店のドアが開かれた。何事や思うて覗いてみると……。
「店主! 店主はおらんか!」
えらいごっつい顔したおっちゃんが、持ち手が折れた盾を抱えて突っ立っていた。
「おっちゃん、店の主人ならおらへんで」
「何?」
「今おるんはおばちゃんだけや。店の主人って男やろ?」
「そうだ」
「なら完全に不在や。ウチがここに来てすぐに出てったで」
「ちぃ……! 何というバッドなタイミングだ……!」
それにしても……いい出来の盾や。形といい厚みといい、申し分ないで。
「その盾どないしたん?」
「ん? ああ、これか。この盾の事で主人に苦情を言いに来たのだ!」
苦情やて?
「めっちゃいい盾やん。何が不満なんや?」
「何が不満って……持ち手が取れるなんて、不満以外の何モノでもないだろう!!」
そらそうやな。
「つーか、そんなに簡単に取れるもんとちゃうで。何をしたんや?」
「モンスターとの乱戦中に、不意打ちをしてきたダークオークにシールドバッシュしたら……」
「ああ、そらシールドバッシュが下手やったんやな」
「な、な、何だと!?」
「ええか、そもそもシールドバッシュいうんは……」
「……そうや。敵に当てた時の握り込みが重要なんや!」
「な、何と……たかがシールドバッシュと高を括っていたが……」
「いざっちゅー時に、これを知ってるのと知ってないのとでは大違いやで」
「成程! 何と奥深い!」
「その盾はちょっと軽すぎやな。もう少し重みがあった方が威力が出るで」
「何と何と! ならばこちらの盾を購入するとしよう! おい、誰かいないかー!?」
「ありがとうなー」
「良い買い物をした! これからはシールドバッシュも練習するぞ!」
……結局ウチのアドバイス通り、大きめの重い盾を買っていった。
「あ、おっちゃん! 持ち手が取れた盾はええんか!?」
「む? もう必要ない故、処分しておいてくれ!」
「ちょっと、ウチは店員ちゃうで〜……行ってもうた。どないすんねん、これ……」
「ん? ちょっとその盾を見せてごらんよ」
おばちゃんに盾を渡す。持ち手の部分をまじまじと見てから、何か工具を出してネジを締め直す。
「何だい、ネジが揺る揺るじゃないか。あのバカ、ちゃんとネジを締めなかったね!」
あらら、不良品やったんか。
「あの能無し、こんなとんでもないポカやらかして……! どこ行ったんだい!」
「おばちゃんが罰として走らせてるやんか」
「……あ、そうだったね。なら戻ってきてから調教してやるか」
……血の雨が降る前に失礼しよか。
「ほなおばちゃん、ウチは行くで〜」
「あ、ちょっと待ちな! あんたにこれをあげるよ」
え? 今の盾を?
「それと……これとこれもあげるよ」
「え? え?」
な、何かいろんな盾が……。
「めんどくさいお客をあしらってくれてありがとね、三盾流のエリザさん?」
……へ?
「あんたはね、あんたが思ってる以上に防具屋界では有名なのよ」
そ、そうなんや……。
ここで貰った盾、おかげさんでめっちゃ役に立つんや。ええ貰いもんやったわ。
明日から新章、ゴールドサン編です。