第二十二話 ていうか、時化は治まった! けど船がない!
「フリドリ、これが覇者の御霊で間違いないかしら?」
「……何で火鋏で掴んでるんすか?」
「それはいいのよ! 間違いないかって聞いてんの!」
「あーはいはい。それで間違いないっすよ」
これで「違う」ってオチはないだろうけど、念のために確認しておく。こういうのって「そ、それは覇者の御霊じゃなくて敗者の○玉ですよ」とかいう意味のわかんない展開もあり得るし。
「で、この玉をどうしたらいいの?」
「水から離せば解決だから、そのまま持ってってもらえば」
「……つまりゴールドサン公国へ返却すればいいわけね。そのときの口利きはあんたがやりなさいよ」
「へえへえ」
返しに行った先で泥棒を疑われて、牢屋にぶち込まれるのもよくあるパターンだしね……。
「何はともあれ、これで海の時化も解決。ようやくゴールドサンがある島へ渡れるんだわ! 巨乳とビキニアーマーが待ってるんだわ!」
「おいおい、もっと根本的な問題を忘れてねえ……っすか?」
「何よっ。せっかくの祝賀モードに水を差さないでよ!」
「……祝賀モードなのは、リーダー一人だけなんだけど」
うるさい!
「で、何なのよ!」
「定期船の受付の嬢ちゃんが言ってたじゃねえか。船は全部沈んだって」
……………あ。
「しまったああ……肝心なことを忘れてたあ……」
フリドリの「やっぱりな」って顔がムカつく。
「フリドリ、命令。しばらく全力で走ってきなさい!」
「な!? 何でだよおおおぉぉぉ……」
単なる八つ当たりだよ。
「もしかしたらまだ船があるかもしれへん。一度港で聞いてみた方がええで」
……そうね。とりあえず聞き込みをするしかないか。
「あの……フリドリはどうしますか? ああ見えて器用ですから、情報収集は得意ですよ?」
「別にいいわよ。私の方がもっと器用だから」
「は、はあ……」
心配そうにエカテルが見つめる先で、フリドリは汗だくになりながら走り続けていた。がんばりなさいよ〜。
「サーチんは妙にフリドリに冷たない?」
「そりゃそうよ。昨日のもあわせて五回目よ、五回目」
「何がや?」
「覗かれたの」
「「……このまま走らせとこう」」
その方がいいかと。たぶん、エリザとエカテルもやられてるでしょうから。
「船? 俺のはとっくに沈んだよ」
「俺のも」
「多分だが、海沿いの船は軒並みやられてるんじゃねえか?」
何で一隻も残ってないんだよ! 一人くらい慎重なヤツはいなかったのかよ!
「俺のは健在だぜ」
いたああああ! 慎重な人いたああああ!
「けど船は出さないぞ」
「何で!?」
「……あのな。本当に時化が治まったって保証がどこにあるんだよ? せっかく今まで船が無事だったんだ。正式に発表がない限り、船を出す気は更々ないよ」
……ぐあ……そ、そうか。慎重な人ってことは、よほど確かな情報じゃない限り、船を出すわけないわね……。
「ま、小さい漁船くらいなら頻繁に出入りしてるから、漁師に頼んでみたらどうだ?」
「……ゴールドサンまでどれくらいなの?」
「俺の船で三日だな」
漁船で行ける距離か! 漁船って言っても前の世界にあった立派なヤツじゃなく、エンジンなんてあるわけもなく、手漕ぎの小型の船だ。何日もかけて航行できるような船ではない。
「ならしばらく待つんだな。一週間もすれば何か動きもあるだろうよ」
そう言って男は室内に入っていった。
「……どうする?」
「あんまり時間はかけたくないんだけど……急がば回れとも言うし。仕方ない、しばらく休暇にしますか」
「「「やったあー!」」」
……というわけで、一週間ほど休暇をとることにした。
「すみません、私は近くの山で薬草を採集してきます!」
「えかてるせんせえについてくー」
エカテルとドナタは早々と町から消え。
「ウチは新しい盾を見てくるわ♪」
エリザは毎日防具屋巡りに明け暮れた。
「……で、私は温泉三昧ってわけよ♪ ふう……」
朝から晩まで温泉温泉。露天風呂に内風呂、打たせ湯にジャグジー。サウナに岩盤浴、果てはエステまで堪能した。
「一週間もあるから余裕余裕♪ まさかエステまであるとは思わなかったわ♪」
「……随分と散財したんだな」
「そりゃ〜私がコツコツと貯めてきたヘソクリだから……って、何でフリドリが女湯にいるのよ!」
「仕方ないだろ、風呂掃除のバイトしてるんだから!」
……確かに旅館のはっぴ着てるわね。なら仕方ない……。
「……ていうか、お客が入浴中に風呂掃除するわけ?」
「普通はしないわな」
「じゃあ何で?」
「堂々と覗けるじゃないかうぼおっ!」
鳩尾を押さえて崩れ落ちる。そのまま昇天しなさいっての、くそったれ。
「うぐぐ……き、効いたぜ……」
「で? 実際は何の用なの?」
「な、何だ。気付いてたのかよ……」
「覗き目的の割には、あまりにもしつこいからね。ホントの覗き魔なら他の旅館でも覗きしてそうだし」
「……て事は、何気に俺の動向を監視してたわけか。流石はリーダーだぜ」
「命令、敬語。今度破ったら激痛で」
「わ、わかったよ……イテテテ、わかりましたよ!」
あんたみたいな変態に、タメ口の価値無し。
「で、何を言いたいのよ。さっさと用件を済ませて出てってほしいんだけど」
「……ゴールドサン公国に行く方法についてだ。実は近くの観光施設に使ってない船があったんだ……です」
「え、マジで?」
「もう捨てるつもりだったらしくてな、交渉したらタダでくれ……ました」
「ス、スゴいじゃない! あんたもたまには役に立つのね!」
「たまにはって……最近の物質調達は全部俺がやってただろが……でしょうが」
「それはさておき、さっそくみんなを集めるわよ! ちょうど温泉巡りも二周目が終わったとこだし、ちょうどいいわ!」
「二周目って……どんだけ温泉好きなんだよ……ですか!」
すぐに旅館を飛び出した私は、山から下りてきたエカテルとドナタと合流し、防具屋のショーウインドゥにかじりついていたエリザを引き摺り、フリドリが指定した場所へと急いだ。
「ここね。もう海に接岸してあるって言ってたけど……」
「あ、何隻か船がありますね。あのどれかでしょうか?」
「一番右端らしいから……あれね! ……って、あれ?」
「……あれ?」
「……あれれ?」
「あーれー!」
私達の視線の先にある船は……アヒルの形をしていた。……これって……公園の池にある、足で漕ぐヤツよね?
「一応大型やな。五人は軽う乗れるで」
確かに大型だわ。大型だけど……やっぱり動力は足みたいだ。
「……却下ね。やっぱり普通の船に」
「あ、それなら駄目やったで。あと一ヶ月は様子見るそうや」
一ヶ月ぅ!?
「つまりや。一ヶ月待つか、これで行くか……何とも言えん二者択一やな」
……マジっすか。
「でも時間がありません。ここは覚悟して、このアヒル船で行くしかないですね」
………………うん。それしか選択肢は無さそうね。
で。
バチャバチャバチャ!
「な、何で俺だけが漕がなくちゃならないんだよ!?」
「うわー、はやいはやい」
「本当に。割と早いですね」
「この調子なら三日で行けそうやな」
「そ、その前に俺が逝くって!」
「命令。逝ってもいいから全力で漕ぎなさい」
「鬼だああああああああああああああっ!!」
その三日後。
私達は無事にゴールドサンに到着した。
「…………」
「おーい、生きてる?」
……フリドリ以外は。
閑話を挟んで新章になります。




