第十二話 ていうか、羽扇が気になりかけたけど、それ以上にエカテルの実家・アーガス家が気になる。
『その羽扇……指揮棒と似た何かを感じる。ワシにはこれ以上わからぬが、この大陸で作られたモノである事は間違いあるまいて』
……代金を支払って店を出ようとしたとき、不意にそんなことを言われた。この羽扇が、暗黒大陸で作られたモノだったとは。
「他にも指揮棒職人はいるらしいし、もし会うことがあったら聞いてみるか……」
そんなことを考えつつも、数日の間にこの件はすぐに忘れてしまった。
町を出て二日。昼すぎにエリザとドナタが訓練してるのを見ていたら、食器洗いを終わらせたエカテルが私のそばに座った。
「サーチさん、少しお話ししたい事があります」
「ん? 何よ、改まって」
「以前私が話そうとして、そのまま流されていた件です」
…………………………………へ?
「な、何だっけ?」
「私の歓迎会の少し前に、エイミア様を拐った連中について……」
「…………あ! ああ……そうだった……わね?」
「覚えてみえないのでしたら、別に無理して思い出して頂かなくてもいいですよ?」
す、すいません……。
「エイミア様を拐ったのはアーガスの一族で間違いありません」
「アーガスって……エカテルが元々いた?」
「はい。主犯はアントワナ・アーガス。アーガス家のNo.2です」
「No.2ねえ……実質的に組織を動かしてるとか?」
「そ、そうです。よくわかりましたね」
……『組織のカギは副将が握る』ってホントなのね……何気なく言っただけなんだけど。
「で、そのアントワネットさんがどうしたの?」
「アントワナです。彼女は暗殺を専門にしてまして、魔力を細い糸状にして使う事を得意にしてました」
「魔力を細い糸……」
魔力で作った糸なら、ピアノ線なんか比じゃないくらいの強度ね。それを自在に操られたら……脅威だわ。
「そこまで言われたら、私でもわかる。魔力を細い糸にする、それってドナタが使ってる≪魔力鞭≫を最小限にまで細くしたモノじゃない?」
「……流石はサーチさん。その通りです。アントワナは……統率者です」
「はあ……それで全部繋がった。統率者が敵にいるのなら、全て説明がつく。大王炎亀を操って戦線に投入していたのは、そのアントワナってヤツね」
「はい。そうです」
この方法なら大王炎亀を養殖する手間は省けるし、何より危険もない。ただアントワナとかいう統率者が、野生の大王炎亀を操ればいいんだから。
「でもさ、そうも簡単に大王炎亀って操れるもんなの?」
「彼女は特殊です。普通なら操れるはずがない竜すらも手なずけているんですから」
竜を!?
「ん〜……そうやって考えると、≪統率≫って相当厄介なスキルねえ」
「そうですか?」
「例えば、飛行系のモンスターを大量に操って、それぞれに岩や炸裂弾を持たせて、上空から落とすとか」
「ふ、防ぎようがありませんね」
「まだあるわ。大量のモンスターに炸裂弾を付けて、そのまま特攻させてドカン。相手は大損害だろうけど、こっちは炸裂弾の損失くらいで済む」
「うわあ……えげつない……」
「全くよ。人的被害は皆無だし、モンスターは新たに≪統率≫で補充するだけ。敵にいたらこれほどイヤなヤツはいないわね」
「そこまで聞くと、勝機は無いように思えてくるんですが……」
「そんなことないわ。エカテルはアントワナの顔はわかるんでしょ?」
「そ、それはまあ」
「ならエカテルに面通しだけしてもらって、あとは私が殺るだけでいい。脅威なのは一人だけ、だったらその一人がいなくなれば一気に形勢逆転だわ」
エカテルの顔色が、少しだけ青くなった。
「……恐ろしい方ですね、サーチさんは……」
「そうよ。私って意外と残酷でろくでなしなのよ。知らなかった?」
エカテルは顔を強ばらせたまま、何も答えなかった。
「あ、でもごめんね。もしかしたら、エカテルの友達を殺すことになっちゃうかもしれない」
「いえ、お気になさらず。友達でも何でもありませんから」
……そういえばそうだったわね。アサシンの組織で、友達なんてできるわけないもんね。
「今はエイミア様が第一です。エイミア様が……」
「……そこまでエイミアを想ってくれてありがとう。親友としてお礼を言うわ」
それを聞いたエカテルは、意外そうな顔をして私を見つめた。
「し、親友なんですか!?」
「そ、そうよ?」
「……お労しや、エイミア様……」
どういう意味よっ。
「それより、そのアントワナってのが何でエイミアを拐ったわけ? 古人族と何か関わりがあるの?」
「関わりも何も、アントワナ自身が古人族です」
あ、そうなの。
「しかも懐古主義と言いますか、古人族絶対主義と言いますか……」
「……まさか『民族浄化』とか言ってる?」
「……はぁ……その通りです」
「エカテル、あんたは偉いわ。アントワナを友達に選ばなかったことに、敬意を表します」
「いえ、アーガス家自体がそんな感じですから」
「え? ってことは、アーガス家は古人族の……?」
「はい。ハーフだったから私も所属できたんです」
……アサシンの組織っていうよりはテロリスト集団ね。
「つまり、神聖ラインミリオフ帝国にはアーガス家が全面的に協力していると?」
「はい」
……なら、連合王国軍の要人も狙われる可能性が高いか。
「……エカテル、アーガス家の人数は?」
「およそ二百人。そのうちの半分がアサシンです」
……その程度なら、軍の精鋭で撃退できるわね。
「エリザ、ちょっといい?」
ドナタとの模擬戦を止めて、エリザが振り返る。
「何や」
「今の私達の会話、聞こえてたでしょ?」
「ん、大体は」
「なら私達で手分けして、連合王国の要人に念話するわよ。私は第二軍関係を担当するから、エリザはエリーミャさんやゴーストメイドにお願い」
「……ええんか、師匠に念話しても?」
「構わない」
「……わかったわ。ほんまにええ度胸しとるわ、サーチんは」
「よく言われるわ…………さて、戦闘馬鹿……もといグリム辺りから手を回してもらえれば、信じてもらえる率も高いだろうけど」
この私に手を出そうとした罪、存分にコキ使われて償うがいいわ。