第十話 ていうか、骸骨職人さんの手作り指揮棒《タクト》、完成するまでが長いんです……。
「何や。サーチん、持ってたんかいな」
「いやいや、持ってるわけないじゃない」
雷竜と戦ったこともないんだから、雷竜の牙を持ってるわけがない。
「ていうか、魔法の袋が自ら吐き出すこと自体が、すでにおかしいじゃない」
これじゃあバッグが自らの意思で…………あ。
「そうだ。そうだったわ。この魔法の袋は、炎の真竜から貰ったモノだわ」
「マ、真竜の一柱からかいな!! そら、ウチらの話を聞いた上での贈り物やないか?」
……………あの酔っ払いが? 一緒に飲んでた私が言うことじゃないけど。
「……まあいいか。今度会う時に改めてお礼を言えばいいんだから。お酒を持ってけば喜ぶでしょ」
『もう貰ったぞ』
「? 誰か何か言った?」
「ウチは何も言うとらんで」
「わたしも」
「私も何も言ってませんが?」
「そ、そう……?」
数日後、秘蔵のお酒がごっそりと無くなっていることに気づくんだけどね。今度会ったら張り倒す。
『雷竜の牙が手に入ったのなら、我らが為すべき事は……ひとおおおつ!!』
……骨だけじゃなかったら、さぞかし暑っ苦しい御仁だったんでしょうね……。
「わかったわかった。まずは削ってくればいいんだな?」
『そのとおおおり!』
……息子さんは反面教師ってことを、ちゃんと理解して育ったのね。凄まじい半生だったんでしょうね……。
「……おい。頼むから憐れみの目で見るのは、止めてくれないか?」
「あ、失礼」
「何だかんだ言っても、親父には間違いないんだからよ……」
……親は選べないからね。
『こぅらああ! 何をしとる! 時は金なり、ダイヤモンドなり! さっさと削ってこんか!』
「てい」
『ふがっ!?』
背後から強襲し、骸骨から入れ歯を落とす。
『ワ、ワシャ何をしとったんじゃ……?』
「ほら、今のうちに削ってきて」
「あ、ああ」
「細かい指示が必要になったら、入れ歯を蹴り戻すから」
「蹴るな」
「だって呪われアイテムでしょ? それ以上に素手では触りたくないし」
「まあ……それはそうだが……」
息子さんは何か言いたげだったけど、雷竜の牙を持って奥に引っ込んだ。
一時間後。
「おい親父、これくらいでいいか?」
そう言って戻ってきた息子さんの手には、荒く削られた雷竜の牙があった。30㎝くらいの細い棒だ。
『ふがふが……』
「あ、入れ歯を戻さないと」
「いいんだ、このままで」
「は?」
「まあ見てろ」
その間に、骸骨は入れ歯もしないままに雷竜の牙を受け取った。
『ふが……ままいいじゃろうて。少々角度は甘いが、また腕を上げたのう』
あ、あれ? ちゃんとしてる。
「親父は仕事の時は入れ歯を外してたんでな」
あ、そういうことか。
『細かい意匠に魔術刻印を掘り込むのは、まだまだ任せられんのう』
「無茶を言うな。そんな神業、俺にできるわけがないだろう」
「……?」
「親父は指揮棒に紋様を掘り込む際に、魔術刻印も同時に掘り込む技術を持っているんだ」
「……??」
「お前達が理解できなくて当然だ。長年修行させられた俺でも、未だに理解できないからな」
さ、させられたって……正直な人ね。
「でもおっちゃん、近くにお師匠さんおるんやで。聞こえるんちゃうか?」
「大丈夫だ。入れ歯が外れてる間は耳も遠いからな」
……どういう身体の構造してるのかな?
それから骸骨ゾンビは『ふがふが』だの『あががが』だの呟きながら、細く削られた雷竜の牙に彫刻刀で細工を施していった。
「…………スゴい技術ね」
「わかるのか?」
「分野は違うけど、私も一応プロだから」
人殺しの、だけど。
「例えが悪いけど、人の身体に刃を通すのにも技術は必要だわ。人の身体の構造を考え、急所へと確実に刃を届かせるって、意外と難しいのよ」
逆に極めれば、縫い針一本で殺すこともできます。
「それと同じで、あの骸骨は素材の強い箇所と弱い箇所を確実に見極めて、それに沿って彫刻刀を当ててる。あの指揮棒の紋様は、あの指揮棒にしか掘り込めないオンリーワンだわ」
「そうか、だから個人個人の専用品になるんやな……」
骸骨ゾンビの作業は休むことなく続けられ、さらに三日間の時間を要した。
ガチャ カランカラン♪
「おはようございます〜……どう?」
「ああ、もう出来たそうだぞ」
マジで!?
「あとは本人が試してみて、何も問題がなければ引き渡しだ」
「だそうよ。ドナタ、いらっしゃい」
「ふぁ〜い……くぅ」
「ほらほらドナタちゃん。いい加減に起きましょうね」
「何だ、まだ目が覚めてなかったの?」
エリザとリジー並みに、ドナタは朝が弱い。
「ん〜……フラフラ」
「エカテル、目覚めが良くなる薬ってない?」
「ありますけど……あまりお子さんにはお薦めしませんね」
「な、何か副作用が?」
「いえいえ。ただ体温が上昇し、大量に発汗を促し、口腔内の痛覚が過敏に反応するだけです」
……それって総合すると『辛い』ってことよね?
「まあいいわ。ドナタ、あんたの新武器ができたそうだから、一度試してみましょ」
「ふぁ〜い」
……大丈夫かよ、ホントに。
『はっはっはっはっ、ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!』
……向こうも大丈夫かよ、ホントに。
「どうしたの?」
「会心の作が出来たみたいで、昨日の夜からあんな感じだ」
「ご苦労様です」
息子さんの目の下の隈は、それが原因か。
「おい親父、依頼主が来たぞ」
『ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! ひゃーはっはっはっはっ!!』
「おい、親父!」
『ぐひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! ひゃはははははははは!!』
「ていっ」
『ふがっ!? ……ワ、ワシャ何をしとったんじゃ〜……』
「後から謝ります、ごめんなさい」
「いや、別にいいんだが……普通は先に謝るじゃないか?」
かもね。
「それより親父、お客さんだぞ」
『ふが………お、おお。本当に統率者じゃ。随分と小さいようじゃが』
「この子は早熟才子で、見たスキルをある程度再現することができるんです」
『成程、何処かで意識する事なく≪統率≫を会得してしまったのじゃな。前に使っておった指揮棒は折れた、と聞いたが?』
「うん、これ」
そう言って中古の指揮棒を差し出すドナタ。
『どれ……何じゃ、中古か。そりゃ折れて当たり前じゃ』
「だから新品を作ってもらったのよ」
『ふっふっふ、そうかそうか! ならば早速契約するがよい!』
ん?
「あの、契約って?」
「何だ、知らなかったのか。統率者と指揮棒には、一種の契約みたいなモノが必要でな」
「ふむふむ」
「その契約が成り立ち、他のスキルが消失して、初めて≪統率≫をマスターできるんだよ」
「ふむふむ………へっ!?」