第七話 ていうか、エカテルによるドナタのための魔術講座。
「いいですか、魔術というモノはそもそも……」
「ふむふむ」
馬車での旅も、大体半分の行程を過ぎた。前回の戦闘でドナタを保護してから、何故かモンスターが現れることがなくなり、ここまで楽な旅が続いている。あまりにも平和なので馬車の移動時間を利用して、魔術にも精通しているエカテルがドナタに基礎を教えていた。
「しかし意外やったな。≪火炎波≫まで使いこなすんが、基礎的な≪弾≫を習得してないとは」
そうなのだ。魔術士としては基礎中の基礎と言われる≪弾≫を、このお嬢ちゃんは何一つ使えなかったのだ。
「ではドナタちゃん、此処から此処までをノートに書き出して下さい」
ちょうどエカテルの手が空いたみたいなので、この話題を振ってみる。
「ねえ、普通は基礎を覚えてからの応用じゃないの?」
「ええ、普通は。ですがドナタちゃんは理屈も何もすっ飛ばして見ただけで覚えられるようなのです」
「さ、さすがは早熟才子……」
「えっ!? ドナタちゃんって早熟才子だったんですか!?」
「あれ、言ってなかったっけ? ドナタだけじゃなく孫ーズ全員早熟才子よ」
「く、国を幾つ滅ぼす気ですか……」
「それはちょっと極端じゃね?」
「いえ、そんな事はありません。ドナタちゃんの≪火炎波≫が大した威力じゃないのは、基礎が全く成り立っていないからです。ですからきちんと基礎を勉強して、魔術の組み立て方を理解すれば……」
「もっと威力が出せる?」
「それどころか山を一つ吹っ飛ばせる程度にはなり得ます」
マ、マジか……。
「でもエカテルの言う事は納得できるで。カナタとソナタの上達具合をみれば一目瞭然や」
確かにねえ……。ソナタは私がじきじきに教えてるけど、あと半年もすればいっぱしのアサシンになれそうだもんね。
「それはそうとエリザ。カナタを三盾流の後継ぎにするのは止めてね」
「うぐっ!? な、何の事や?」
「この間カナタと模擬戦したとき、やたらと技名を叫んで盾を振り回してきたわよ」
剣で防御して盾で「しーるどばっしゅ!」とか叫ばれれば、誰だって気づくっつーの。
「そ、そういうサーチんだってソナタに暗殺の技を仕込んでたやん!」
「暗殺の技は一対一の場合は、かなり有効な手段となり得るわ。知っておいて損ではないと思うけど?」
「うぐぐ!? や、やったら、三盾流教えても悪ないやないか!」
「……盾で殴るより剣で斬ったほうが確実じゃない?」
「うぐっふぅ! そ、そやけど……」
「……まあ盾の使い方が上達するんなら悪くないだろうし、あとは本人の応用次第だから……」
「そやろ? そやろ?」
「ただ率先して盾で殴るのは止めさせなさいね?」
「う……わ、わかった……」
すると、ドナタが元気よく手をあげる。
「はい、えかてるせんせえ!」
「はいはい、ドナタちゃん。もう終わったのかな?」
「まだぜんぜんおわりませんので、ぜんぶめんじょしてください!」
「へ!? ……って、まだ半分も終わってないじゃないですか! 今まで何をしてたんですか!?」
「…………てへ☆」
こめかみに血管を浮かべたエカテルは、懐から薬包を取り出し……。
「ふぅーっ」
「うわっぷ!? な、なにこれ……」
「はい、スタート!」
「え…………か、かゆいかゆいかゆいかゆいかゆい!!」
「今の薬は、私の声に反応して、あちこち痒くなる薬です」
んなムチャクチャな!
「はい、ストップ」
「かゆいかゆい………はあ、なおった……」
「また痒くなりたければ、好きなだけサボりなさい」
「ひえ!? や、やります! ちゃんとやります! だからかゆいのはいや!」
「わかれば宜しい。ただサボろうとした罰として、書き取りを倍に増やします」
「ええっ!?」
「ほら、さっさとやりなさい。三十分経つ毎に量が倍になっていきますからね?」
「ひ、ひええ……」
……エカテルも意外とスパルタだったのね……。
「サーチん、そろそろ馭者交代やで」
「はーい」
ゴールドサンへ近づくたびに、積もった雪の量が増えていく。簡易護符のおかげで寒くはないけど、視覚的には寒く感じてしまうのだ。
「しっかし、セキトは何者なんや? 進む先の雪が溶けてくって、相当持続性のある魔術やないと無理やで?」
魔術を持続させるのはかなりの集中力を必要とする。普通の馬ができるようなことではない。
「確かセキトは一角獣が喚び出した馬やろ? 普通の馬のわけないわな」
うーん……馬の幻想種っていえば、天馬か一角獣くらいよね……羽根がないから天馬はあり得ないし……。
「サーチん? 交代やって」
「え? あ、ごめん。ちょっとセキトのことが気になってさ」
「……まあ、気になるんはしゃあないけど……周りにはちゃんと気を付けてや」
「ああ、さっきから私達に並走してる連中のこと?」
「何や、気付いとったんかいな。なら先に言うてや」
「先制攻撃するから、ちょっとセキトをお願い」
魔法の袋から炸裂弾を取り出すと、森の中へ投げる。
…………ずどおん!
『うわ、何だ!?』
『し、震動で雪が落ちてきたぞ!』
『木が! 木が倒れて……うぎゃあ!』
『だ、誰か助けてくれえ!』
な、何か思った以上に大騒ぎになったような……。
「もう二、三発投げれば終わるんちゃう?」
「いや、さすがに雪崩が怖いからね……私が直接倒してくるわ」
「ちょい待ち。向こうから来てくれるみたいやで」
エリザの言葉通り、五人ほど道に立ち塞がっている。見るからに盗賊という風体だ。
「どないする?」
「そりゃもちろん、このまま直行で」
私の言葉が聞こえたのか、セキトはスピードを勝手にあげた。
「おい、止まれ! 止まれえええ!」
男達の叫びも一切無視して、さらにスピードをあげるセキト。
「止まれって言ってんだろ!」
「いや、あれは止まる気ねえぞ!」
「逃げろ、突っ込んでくるぞ!」
ドドドドドドドド!
「「「うわあああああ!」」」
ばっかあああん!
「「「うぎゃああああぁぁぁぁ……」」」
……男達はボーリングのピンのように、あちこちに吹っ飛んでいった。
「よし、ちょうどいい実地試験だわ。ドナタ、あの盗賊達に向かって≪火炎弾≫……いや、火事になるとマズいな……≪風撃弾≫!」
「はい! ……ゴニョゴニョ……」
「あれ? 詠唱が長くない?」
「そう……ですね。あれだと、もっと高威力の………ま、まさか!?」
「いっくぞー! ほんきの≪風撃弾≫!!」
ビュゴオオオ!!
「げっ!!」「ヤ、ヤバ……」
ずどごおおおん……
「……けほ」
「え、ええ……嘘やろ……」
すんごい爆風が過ぎたあと、周りのは雪の森から……荒れ果てた荒野へと姿を変えていた。
「……ドナタ、さっきのはホントに≪風撃弾≫?」
「ん〜……わかんない」
「……エカテル。存分にスパルタしてください」
「わかりました」