第一話 ていうか、隙がないエカテル。料理もプロ級だった………けど?
「みんな起きなさいよ。今日は朝早いんだから!」
「サーチさん、私が起こしますから、どうぞお休み下さい」
「さ〜て、朝ご飯を作りますか……」
「サーチさん、私が作りますから」
「あ、これは私の楽しみの一つだから……じゃあ手伝ってもらえる?」
「わかりました」
「サーチん、おかわりや」
「サーチ姉、私も」
「はいはい」
「サーチさん、私がやりますので、どうぞお食べ下さい」
「う〜ん、万能すぎる」
「何がや」
「エカテルのことよ。馬車の掃除やセキトの餌やり、食器の準備から片づけ……何でもござれよね」
「いくら奴隷やからって、そこまでせんでもええのになあ……」
「そうね〜。今まで一度も手伝ってくれなかったメンツばっかなのにね〜」
「う、うん……ウチもエカテルを見習わなあかんな」
とはいえ、これは仕方ない面もある。これが私達だけの旅ならいいんだけど、軍の一員としての団体行動だ。その中で奴隷として知られるエカテルが奴隷らしくしてないと、悪い意味で目立ってしまうのだ。これは何かとマズい。
「……というわけだから、極端に負担をかけない程度には働いてもらったほうがいいのよ」
「成程なあ……ならウチも今まで通りの方がええんやな?」
「そういうこと」
「なら料理もやってもらえばええやん」
…………それはあかん。
「わ、私が料理を担当しても良いんですか?」
ほらあ〜! 目をキラキラさせながら、エカテルが来ちゃったじゃない!
「サーチさん?」
「いや、それはちょっと……」
「ええやん。一回くらい譲ったり」
「あ、ありがとうございます! やったああ!」
エカテルは嬉しそうに跳び跳ねて、馬車へ戻っていった。
「……はあああ……知らないからね。あんたが責任持ちなさいよ?」
「は?」
結局お昼ご飯でエカテルが料理を披露する事になった。
「サーチさん、味付けは……」
「全部エカテルに任せるわ。好きなようにしなさい」
「はいっっ!」
エカテルは中華包丁と中華鍋を魔法の袋から取り出すと、粉を使って火を起こした。
「な、何や!? あんな調理器具見たことないで!」
今のパーティメンバーの中で、私以外では唯一料理をこなせるエリザが驚いてくらいだから、エカテルの手際の良さがうかがえる。
ちなみに、私達のパーティで料理が全くできないのはエイミアとリジーとマーシャン。料理ができる組のリルは、意外にも細かな味付けをするタイプで、これまた料理ができる組のヴィーは、意外にも沢山の量を一気に作るのが得意なタイプ。イメージ的には逆なんだけど。
トトトトン!
「な、なんちゅう包丁裁きや! 相当な腕前やで!?」
「……サーチ姉よりうまい?」
「うん。私がアマなら、エカテルはプロ」
「……なら、今度からエカテルに担当してもらったらええんちゃう?」
「……だから……エリザが責任とってくれんならいいわよ」
「な、何や、その意味深な言い方。あんだけ手際が良うて、味は壊滅的……なんてオチやないやろな?」
……その方がマシよ。それを理由に料理を禁止することができるから。
ジュワアア! カチャンカチャン!
「……ええ匂いや……オーク肉の焼けた香りがたまらんで……」
「ぐ、具材が空を舞ってる! 恐るべし、エカテル姉……!」
あ、リジーから姉判定された。
「……別にええんやけどな、何でウチには『姉』付けへんねん?」
「私と同レベルだから」
「…………複雑な心境やわ」
わかる気がする。
「なあ、サーチん。あれ、変わった調理法やな? ずっと同じ鍋だけで調理しとるで」
「……数千年の歴史があるのよ」
すると、エカテルの周りを赤いモヤが覆い始めた。いや、モヤっていうか、これって……。
「うう〜……目がヒリヒリするやん」
「あ、申し訳ありません。唐辛子が舞っているのかもしれません」
「唐辛子!? ちょっと使いすぎちゃうか!?」
「そうでしょうか? 少ししか濃い目にしてませんが……?」
いやいや、中華鍋の中身、地獄のマグマより赤いんじゃない?
「さあ、仕上げに私の調合した薬を加えて……」
薬かよ!?
「はい、出来上がりました〜!!」
「「「お、おおおっ!」」」
さ、さっきの赤はどこいった!? というくらいの、見事な中華料理に仕上がってる!?
「程よいピリ辛加減が、ご飯にとってもマッチングしますよ」
……程よい……ねえ。
「な、なあ。食べてみてもええんか?」
「あ、お待ち下さい。すぐに盛り付けますので」
……うわあ……エリザもリジーもヨダレをだらだらと……。知〜らない。
「さあ、召し上がれ!」
調理の手際も見事ながら、盛り付けの綺麗さも一級品。これだけは参考にさせてもらおう。
「「いっただきま〜す!!」」
さっそくエリザ達は、オーク肉の青椒肉絲に箸を伸ばした。
「じゃあ私も一口………っっっ!? も、もう少し辛さはユルい方がいいわよ……おいしいけど」
「何や、サーチんは辛いの苦手なん? 意外とお子様やな」
「大丈夫、私達は辛いモノは多少は平気」
「いや、多少は平気って……私は」
ばくばくばくっ
「……根っからの辛党で、相当辛さには耐性があるんだけど……」
その私が辛いって思うヤツを、多少は平気程度のあんた達ではムリ……。
「……ぐ」「……ぅぶ」
「「ぎゃああああああああああああ!!」」
「……って言う前に食べちゃったか。しかも1/3も……」
「ぎゃあああ! 辛! 辛ああああああい!!」
「痛い痛い痛いいいいっ!!」
「そ、そんな!? 相当マイルドに仕上げたんですよ!?」
「初めて食べた私もこんな感じだったでしょ? 私を基準にしちゃダメよ……辛」
仕方ないので残りは私とエカテルでいただいた。
「っっっ……! や、やっぱりもうちょい辛さを抑えてね」
「は、はい。わかりました……結構甘口なんですが……」
「……自分を基準にしたら、もっとダメだからね……辛」
エカテルに調合してもらった痛み止めを飲んで、ようやくしゃべれるくらいまで回復した二人は、さっそくエカテルに噛みついた。
「な、何か恨みでもあるんか!?」
「さ、流石にこれは看過できない」
「そ、そういうわけじゃありませんから!」
「まあまあ、二人とも落ち着きなさい。私から説明してあげるから」
「何でサーチんが事情を知ってるんや?」
「最初の被害者は私なのよ。もっとも、あんた達が食べたヤツの十倍辛かったけどね」
「「……」」
数日前にエカテルが同じように調理を申し出、私はそれを了承したのだ。見事な手捌きに感嘆した私は、さぞかし見事な味なんだろうな……と想像し、一気に食べて……悶絶した。
大量の水を飲んでからエカテルを問い詰めると……。
「エカテルはワタライ族っていうエルフと古人族の混血の一族で、そのワタライ族に代々受け継がれているのがワタライ料理なんだって」
「そ、そのワタライ料理は激辛なんか?」
「ワタライ族の住む高地は塩が手に入りにくいらしいの。その代わりに、雑草レベルで唐辛子が生えてるらしくて……」
「塩代わりに唐辛子を使った料理が発達した……いう事なん?」
「はい。皆子供の頃から唐辛子ばかり食べてますので……辛さに慣れてしまって」
さぞかし痔がヒドいんだろうな……と思ってたけど、薬草も雑草レベルで生えてるらしく、治療薬は完備してるらしい。
「エカテル、甘いモノは好き?」
「大好きです!」
「なら、これでもかっ! ってくらい砂糖を盛られたら嬉しい?」
「さ、流石にそれは……」
「あんたの唐辛子も同じことよ。自分以外の人に食べさせる場合は、二十倍は薄くしないとダメよ?」
「わ、わかりました」
……結局二十倍薄くしたヤツでも、私以外は食べれなかったけどね。
こうして、料理当番は再び私の元へ戻ってきた。
「……やっぱり完璧な人間はおらへんのやな……辛」