第十九話 ていうか、大王炎亀《アレキサンダー・タートル》……獲ったどおおおおおっ!
何故かこちら側の司令官が負傷してから数時間後、戦いは終盤戦へと移行していた。
「帝国側の戦線は完全に崩壊してるわね。これを逆転するのは不可能だわ」
「そやな。それこそ大王炎亀でも投入せん限りわな」
そう。それだけが唯一の懸念材料なのだ。
「なら最初から投入した方が早いと思われ」
「そうよね〜。最大戦力を後から投入するなんて、愚策中の愚策よね……」
特に大王炎亀なんて強力なコマなら、味方の被害も最小限に抑えられるし。
「だからここまで被害が出てから投入ってことはないと思うんだけど……」
よっぽど愚かな司令官でもない限り。
だけど、こういう悪い予感ってのは、当たってしまうモノなのらしい。
ティモシー・ラゴルシア。帝国の元となった第二十ラゴルシア王国の王子であり、今回の軍の司令官である。 国王の子供の中で唯一の男の子だったティモシーは、それはそれは大事に甘やかされて育った、結果。
デブッ! ワガママ! 残忍! 下の者をいたぶるのが大好き! おまけに大の女好き!
……という救いようのない青年に育った。当然、軍事的な知識はカケラほどもなく……。
「よ、よし。軍が危ない今こそ、亀ちゃんの出撃だ!」
……ということになった。
「出たあああ! 大王炎亀だああああ!」
「ウ、ウソでしょ!?」
「いや、ホンマや! 一匹飛んできたで!」
ちっ! 敵の司令官は相当な愚か者ね!
「大砲の準備をするわ! リジー、風向きの計測をお願い! エリザは辺りの警戒をお願い!」
「「了解!」」
羽扇を両手で持ち、頭の中にある設計図をイメージした。羽を基点にミスリルの糸が伸びていき……それが折り重なって、徐々に砲身を形作っていく。
「………………よし、できた! 弾と薬莢を装填して…………リジー、風向きは!?」
「今は逆風。少し待った方がいい」
「でもそうは言っとれんで!! もう被害が出始めとる!」
エリザの言う通り、大王炎亀は空中から≪火炎放射≫を吐きまくり、連合王国軍に多大な被害を出していた。
「リジー、風向きは!?」
「えっと……東北東からのアゲンスト」
何でアゲンストを知ってるのかな!?
「まあいいわ……今回は耳栓OK! カウントダウン開始! かなり中略で三、二、一! 発射!!」
ズドオオオン!!
「うきゃあああ!」
何か聞こえたけど無視!
ひゅおんっ! ……どおおおん!
グギャアアアアアア!!
「ちぃぃ!! 頭は外れたか!」
甲羅の後方に着弾。1/3くらい削ったけど……?
ズズウウン……
そのまま落ちた。殺ったか? ………う、動いてる!?
「ま、まだ生きてるぞ!? ぎゃ、ぎゃああ!」
「退避! 退避するんうぎゃあああ!!」
し、しかも兵士を食べてる!! 何て食欲なの……!
「サーチん! 傷口を見てみぃ!」
「え? ……さ、再生し始めてる!!」
クソ! 食べることで欠損部分を再生できるんだ!
「なら頭を潰すしかない……! もう一発いくわ!」
「あかん! あれだけ兵士が密集してると、巻き添えがデカすぎるで!」
ちぃぃぃ!! ど、どうすれば……!
「あひゃははは! ボクの見事な采配だて! あ、食っちゃえ食っちゃえ♪」
そのとき、亀の後方で、妙なダンスを踊って喜ぶデブの姿が見えた。
……イラ。
「……中略発射」
ズドオオオン!
「ボクちゃん天才♪ あ、そーれそれそれ♪」
どかあああん!
「ひでぶぅ!」
よし、あのデブの頭に命中。木っ端微塵にしてやって、スッキリ!
「……ってしまったあああ! 残り二発の弾の一発を撃っちゃったあああ!」
「ア、アホかあああああああ!!」
し、しまった! どうしよう! あんなデブ、背後から近づいて殺せばよかった…………ん? 近づいて?
「そ、それだ!」
「サ、サーチん!? どこ行くねん!?」
大砲を一旦霧散させると、大王炎亀に向かって走り出した。
「ぎゃあああ! あ、足が! 俺の足が食われてぐぶぅ!」
「助けて、助けてえええぎぃああ!」
ヒドい……! あちこちに食われた兵士の残骸が……!
「な、何やねん! 急に走り出して!」
「エリザ、この間の要領で一回大王炎亀をブッ飛ばしてくれる!?」
「わ、わかった。なら行くで!」
エリザは両手にタワーシールドを持つと、一気に距離を詰める。さて、エリザが時間を稼いでくれてる間に……さっきの大砲をコンパクトなイメージで……!
「いくでえ! シールドバッシュフルパワー!」
バキイイイイン!
「もう一発ぅ!」
ゴキイイイイン!
よし、亀が仰け反った! 今だ!
「私のイメージ通りに形となれ、≪偽物≫!」
……よし! さっきよりはコンパクト………だけど、重い!!
「さ、さあ、クソ亀! 食べるなら私を食べなさい!」
ダメージから立ち直った大王炎亀は、私を視界に捉え………私を「食べ物」と認識する。そのまま大口を開けて私に迫る……今だ!
「食らえ、超零距離射撃! 発射ああああ!!」
ズドオオオオオオン!
ブチュン!
「あぐぅぅぅぅ!!」
ひ、左手が……!
……ズズズズウウウン……
口から大量の血を吐きながら、大王炎亀が倒れ込む。
「……うぅ…………どう……かしら?」
「……傷口の再生は止まってるで」
「死んだ……のよね?」
「……これで生きてたらゾンビやで……」
念のために≪偽物≫で長い棒を作り、大王炎亀の目玉をつつく。
「……反応ないわね……」
「それにサーチん、これ、瞳孔開ききってない?」
あ、ホントだ。なら間違いない。
「……ぃよっしゃああああああ!! 大王炎亀は、私達始まりの団が討ち取ったどおおおおおっ!!」
うおおおおおおおっ!!
私達の勝鬨に反応して、連合王国の歓声があがる。
「ま、まさか大王炎亀が!?」
「バ、バケモンだああっ! 撤退、撤退ぃぃぃ!!」
逆に帝国側は完全に戦意を失い、撤退を始める。
「追撃だ!! 進軍始めぃ!」
「もう二度と俺達に刃向かわないよう、徹底的に追い詰めろおお!」
追撃によってさらに追い詰められた帝国軍は、本格的な潰走を始めた。
「はあ……これからどうしよう……」
「何がや?」
「いや、左手がね………あ、あれ?」
ど、どうして? 零距離射撃の反動で、左手がグッチャグチャだったはずなのに……元に戻ってる!?
その頃、リジーは。
「……きゅう……」
近距離で大砲をぶっ放されて、気絶していた。