第十話 ていうか、相次ぐ亀の襲撃から逃げる間、訃報と朗報が……。
「な、何て事や……! あれじゃあ連合王国軍も全滅やん……」
エリザの独り言を聞くか聞かないかぐらいで、本陣に向かって駆け出した。だけどエリザによって止められる。
「サーチん! 大王炎亀に手ェ出したらあかん!」
「わかってるわ! 私はただ、ジジイのスリー孫ーズを助けたいだけ!」
「……! 私も行く!」
「そうやった! アイツらがおったんやな……しゃあない、ウチも行くで!」
……と、その前に。
「エリザ、本陣に突っ込む前に知ってたら教えて。大王炎亀は、どうやって敵を探知するの?」
一日中真っ暗闇のこの世界では、視覚だけで獲物を見つけるのは不可能なはず。嗅覚や聴覚に頼ってるなら、見つからずに移動する方法はある。
「視覚や」
…………はい? たった今、不可能って解説してたとこなんですけど……?
「アイツらは真っ暗闇だろうと何であろうと関係なく見える、特別な視覚スキルを持っとるんや。多分やけど、リジーの≪化かし騙し≫も通用せえへんで」
めっちゃ厄介じゃない!
「……ねえ、リファリス達は一度大王炎亀と戦ったんでしょ? そんな厄介な相手、どうやって対処したの?」
「とにかく時間稼ぎに徹したんや。半月くらいで死におったさかい、そのタイミングで攻勢をかけて勝ったんや」
寿命待ちかよ!
「もう滅びたけどな、大王炎亀を大量に飼い慣らして、戦争に活用しとった国があったんや」
「ていうか、飼い慣らせるのね」
「鳥と一緒や。生まれてから最初に見たヤツを親と思い込んで、ごっつぅ懐くんやで」
「親の言うことは聞くってことか………あ! なら、その親を倒せば……」
「余計に制御がきかんくなるだけ。その国が滅びたのも、飼い主の死んだ大王炎亀の引き起こした暴走が原因らしいで」
……そっか。
「……ねえ、サーチ姉。この大陸の大王炎亀って、他の大陸のとは違う固有種よね?」
「固有種? ……まあ、たぶん……」
こんな特殊な大陸に棲息してるくらいだし。
「なら視覚スキルが暗闇に特化してるとかあり得ない?」
……あ!
「それだ!」
「へ?」
今度こそ、私は本陣へ駆け出した。
「うわあああ! 助けてくれえええ……ぐぼぁ!」
「退却だああ! 逃げろおおお!」
「てめえ退きやがれ! オレが逃げられねえじゃねえか!」
「無理だ! 一歩も動けない……うあああ! ヤツが来たああ!」
「え!? ひ、ひああああ! 来るな、来るなああああぐぶぅ!」
私達が着いたころには、連合王国軍は完全に崩壊していた。逃げ惑う兵士達で押し合い圧し合い、進むこともできないようなパニック状態。そのまま大王炎亀のエサとして、胃袋へと消えていくばかりだった。
「……このまま進んだら、ウチらもヤバいで」
「そうね。可哀想だけど、彼らを助けてあげることはムリだわ」
……エイミアだったら無言で突っ込んでいくだろうけど。
「孫ーズがいるのは後方部隊のはずよね? ならもっと向こうか」
「そやな。ウチらの馬車がある辺りやろ」
「よし、行ってみようか」
そう言って再び駆け出す私達。でも何故か、私達の進行方向から来る人達が多くなってくる。
「……何でわざわざ大王炎亀の方へ向かうのかしら?」
「向かってると言うより、逃げてるように思われ」
逃げてくる? まさか!?
「後方部隊で何か起きてるっての!?」
その時、ちょうど知った顔を見つけた。
「おい、お前ら!」
「……あ、第四王国軍の……」
少し前の会議で、私に絡んできた頭でっかちさん。
「何をしている! 早く逃げろ!」
「逃げろって……後方部隊で何かあったんですか?」
「大王炎亀の襲撃だ!」
「こ、こっちでも!?」
「こっちでもって……まさか本陣も!?」
「……完全に指揮系統は崩壊してる状態でしたよ」
「……っ!」
頭でっかちさんは血相を変え、本陣へ向かっていった。たぶん指揮官の元へ行くんだろうけど……間違いなく手遅れだ。
「ウチらも行くで!」
先に走り出したエリザを追う。
運良く馬車は無事だった。急いで乗り込み、手綱を握る。
ブルヒィィン!
すると、ムチで叩く前に走り出した。セキトはマジで賢いわ。
「馬車だ! 馬車だぞ!」
「俺達も乗せてくれええ!」
数人の兵士が駆け寄ってきたので、走りながら拾っていく。
「す、すまねえ。助かった」
「あんた達正統王国軍よね!? ジジイと孫ーズは見なかった?」
聞かれた兵士達は、がくりと項垂れた。まさか……!?
「隊長は……俺達を逃がすために囮になって……」
「すまねえ……首を回収することも出来なかった……」
……食われたか。
「だがお孫さん達は無事だ。俺達とは別の奴等が一緒に逃げてるはずだ」
「どこ!? どこに向かってる!?」
「南側へ向かってるはずだ。第二軍が来てる」
手綱を引っ張って、馬車を南側へ向けた。
「……おい! あの煙は何だ!?」
また煙!? ていうかよく見えるな!
「あの方角は……第二軍の本陣だぞ!」
まさか第二軍まで!?
「私達はこのまま突っ込むけど、あんた達はどうする!?」
「俺達は第二軍の中にいる正統王国軍の援軍の元へ行く。近くなったら下ろしてもらえないか?」
「わかったわ。しばらく揺れるから我慢してね……えいっ!」
手綱の指示に従い、セキトが加速した。
第二軍の本陣に近づくにつれ、吐き気を催すほどの血の匂いが充満していた。
「おい、あれ……」
兵士が指差す先には、食い千切られた人間の腕が転がっていた。間違いない、ここにも大王炎亀が襲撃してきたのだ。
「あ、いたぞ! 正統王国軍だ!」
「よかった、どうやら無事だったらしい」
歓喜の声をあげる兵士達の視線の先には、数千人規模の部隊がいた。あの旗は間違いなく正統王国軍のモノだ。
「ありがとうございました! ここで下ろしてもらえれば……」
「いえ、私達も行くわ。もしかしたら、孫ーズ達も合流してるかもしれないし」
「わかりました。では私達が話を通しましょう」
私達の馬車が近づくと、騎士達が武器を片手に近づいてきた。
「そこの馬車、止まれ!」
「私達は正統王国軍・王都守備隊所属の者です! ここに軍票がありますので、どうかご確認を!」
「何! では生き残りか!」
「はい。傭兵部隊に所属しておられました、こちらのパーティの皆さんに助けられまして……」
馬車で拾っただけなんだけど……まあ助けたことには代わりないか。
「そうか。それより、ジジイ様は……」
「……はい。大王炎亀の牙にかかり……」
そういえば言ってなかったけど、あのジジイの本名はジジイ。ジジイ・ファルサードというそうだ。別にジジイだからジジイと言ってたわけじゃ……ええい、ややこしい。
「そうか……惜しいことをしたな……」
「あの、ジジイのお孫さんは」
何かしんみりとしだしたので、今のうちに孫ーズの所在を聞こうとしたとき。
「あー! さーちんだー!」
「えりざもいるー!」
「……リジーせんせえもいる」
聞き慣れた声が、私の耳に届いた。