第八話 ていうか、今度は河を挟んでの戦い。私が妙案を考えたんだけど……チッ、どいつもこいつも頭でっかち。
初戦で出鼻を挫かれたラインミリオフ帝国軍は、戦線を一気に後退させて、巨大な河の対岸に軍を展開した。イヤな場所に陣取ったなあ……。
「やりにくい場所ね。あれじゃ矢を放っても届かないわよ」
「リジー、その必中の矢の場合はどうなんや?」
「ん〜……不明。試してみる」
リジーは適当な場所に狙いを定め、上空に矢を放った。
ぴひゅん! ……ギュウン!
「……途中で加速したのは気のせいやろか?」
いや、気のせいじゃないと思う。
ウウウゥゥゥ……ドスッ!
「あ、当たったみたいやで! 向こうの騎士が一人落馬した!」
マジかよ!
「……リジー、試しに十本同時に放ってみて?」
「そんな非現実的な事は不可能!」
この世界自体が非現実的なんだよ!
「いいからやってみて。ね?」
「……ろくに飛ばないと思われ」
リジーは嫌々ながらも、どうにか矢を十本つがえてくれた。
「……えい!」
ぴしゅ! ヘロヘロヘロ……ギュウン!
「な、何や!? 地面に落ちかけてた矢が、急加速しよったで!?」
ちょっと非現実的過ぎない!?
ビュンビュンビュウウウン…………ドスッドスッドスッドスッドスッ!
「うわ、めっちゃ落馬した! 向こう、大混乱になってるで!」
……これを続ければ勝てる気がしたけど、リジーの体力がもたないだろうから、不採用で。
その後に開かれた作戦会議で、現在の敵の状態が報告された。一応偵察要員ということで、私が話すこととなった。
「惜しいのう……それだけ混乱している中へ攻めこめば、確実に勝てように……」
「ようし! 我が第四王国軍が渡河して攻めこもうではないか!」
いやいや、確実に流されるって。あれ、この間の大雨で増水してるよ。
「ならば我が第十二王国軍が、付近の木を伐採し、簡易的は橋を作りましょう」
……作ってる途中で矢の雨が降ってくるって。
「一応浮き橋は用意してあるが……無駄じゃろうな」
だよねー。さっきの橋を作りましょう案と同じで、格好の矢の標的だもんね。
「……あ、雪やで。これは今晩冷え込むわぁ……」
……ん? 冷え込む? 側にいたエリザの何気ない一言で、私に妙案が浮かんだ。
「ねえねえ、この辺りって冷え込むと河が凍ったりしない?」
「何だ貴様は! 冒険者風情が引っ込んでおれ!」
……ムカッ。
「まあ待て待て。お主、何が言いたいのじゃ?」
「えーっと。発言してもいいのかな? そこの石頭さんが私を睨んでるんですけど?」
「だ、誰が石頭だ!」
「あんた以外にいる?」
「……っ!」
シュイン!
あ、剣抜いた。
「貴様あああ! 成敗してくれるうう!」
周りの騎士達が止める間もなく、私に向かってくる……が、遅い。大振りの剣を紙一重で避けると、相手の膝付近にローキックを放った。
メキャ!
「う? が、がああああああ!? 膝、膝がああああ!」
あ、あれ? クリティカっちゃった?
「だ、大丈夫か!」
「おのれぃ! よくも!」
シュイン! シュインシュイン!
あら、あららら。みんな剣を抜いて……やば。
「止めぬか、この馬鹿者共があ!」
雷のようなジジイの怒声が響き渡り、全員の手が止まった。
「……儂の雇った冒険者に剣を向けたという事は、儂に剣を向けたと同様じゃ。そう心得よ!」
「「「はっ!」」」
おお、スゲえ。流石に命令には忠実だわ。
「その者を早よう治療してやれ。それとお主」
「え、私?」
「無用に相手を煽るでない! 今回は大目に見るが、今後同じような私闘を起こした場合は、軍規に則って処罰する」
「は〜い。すいませんでした」
今度はバレないように闇討ちするだけだし。
「さて、話を戻すが……何か妙案でもあるのか?」
「いえ、もし河が凍結すれば、歩いて渡ることもできるんじゃないかと」
……しばしの静寂の後、辺りから一気に笑いが巻き起こった。明らかに嘲笑だ。
「この時期に河が凍結するわけがなかろう!」
「どこの余所者か知らぬが、そんな事も知らぬとは……よく冒険者ができたモノだ!」
え〜と……まだ話の続きがあるんですけど……。
「静まれい!」
ピタッ
スゲ。ジジイの号令にめっちゃ従順。
「……まだ続きがあるんじゃろ?」
「あ、はい。だったら攻撃魔術士に一斉に氷系の魔術を唱えてもらって、一気に河を凍結させちゃえば……と思ったんですけど?」
……長〜〜〜〜い……静寂、静寂、静寂。
「…………あの?」
「そ、その手があったか!」
「そ、それならば問題なく渡河できるな!」
「よ、よし! その件に関しては我々の攻撃魔術士部隊にお任せを!」
「い、いえ! 我々の攻撃魔術士部隊の方が優秀です! どうか我々にお任せ下さい!」
「貴様らは引っ込んでろ! ここは勇猛な我々の攻撃魔術士部隊の独壇場だ!」
「おやおや、猪突猛進の間違いではありませんか? 戦争は力だけでは勝てないのですよ?」
「やかましい! 顔が良いだけの頭でっかちがでしゃばるな!」
「あなた方のような筋肉馬鹿に言われたくありません!」
……あの……提案したの私なんですけど……?
「サーチんの考えは革新的やからなあ。ずっと『攻撃魔術士は攻撃をするモノ』っちゅー固定概念に縛られとる連中には考えつかんのや」
会議はそのまま物別れに終わり、それぞれで攻撃魔術士部隊を運用することで決まった。最初からそうすればいいのに。
「ふにゃ〜……」
「……あかん、何も聞いてないわ」
なぜ『ふにゃ〜……』なのかって? 私達は近くにあった旅館の温泉に浸かっているのだ。ジジイを始めとした高級士官はこの旅館に泊まっているんだけど、私達はアイディアのご褒美で特別に温泉に入らせてもらってる。寝るのは外だけど。
「ふう……固定概念ってヤツは結構怖くてさ。一番有効なはずの手段を、あっさりと捨てさせたりするのよね」
「そうや。やからサーチんは革新的や言うたんや」
「……革新は保守の対極。軍の上層部には保守派が多いから、余計にそうなっちゃうのかな」
「聞いた話やと、攻撃魔術士からもブーイングの嵐やそうや。こっちもこっちで固定概念の塊やな」
「その辺が後々に響かなければいいけど………ん? 誰か来たみたい」
「ほぇ? ウチら以外に女性陣なんかいたかいな?」
いないはず。ていうか、この気配は完全に男の……。
「色々いがみ合ったが、ここは裸の付き合いといこうではないか、第十二王国の」
「そうですね。統率が乱れては話になりませんからね、第四王国の」
……あの二人かよ……。
「む? 昼間の……そういえばここは混浴でしたの」
げっ。そうだったのか。
「ち、あの生意気な娘か。いやいや、しかし……出るとこはちゃんと出てるな。いい身体してんじゃねえか」
「……ねえ、エリザ。セクハラ通りすぎてチカンなら、何しても私闘にはならないわよね?」
「そらそうや」
「じゃあ……」
ザバアッ
「ん? 何だ?」
「ちゃんと前は隠した方が」
ゴキッメキッボキボキボキッメキャア!
「「ぎぃああああああああああ!」」
……当然、私にはお咎め無し。二人は……あまりの惨状だったため『……これくらいで許してやってくれ……』となった。チッ。
ちなみに私の提案した凍結作戦はうまくいき、大勝利だったそうだ。私達は別任務だったため、後から聞いた話だけど。