第二十三話 ていうか、平穏な旅ののちに着いた国境の町。ここでエリーミャさんの企みに巻き込まれる?
「この谷を抜けた先が国境やな」
エリザに声を掛けられて、昼寝から目が覚めた。
「……ホタルん」
私の呼び掛けに応じて、魔力蛍のホタルんが光を照らす。何か微妙に点滅してたりするとこ見ると、ホタルんも寝ぼけるらしい。
「ふああ……そろそろ交代の時間じゃない?」
「ええで。あと1㎞もないさかい」
「ごめん、助かる……ふあああ」
「……顔洗ってきたらええやん。清洗タオルはまだあるやろ?」
「ん〜……ていうかリジー起こすわ。着くまでに起こせるか微妙だけど」
「……程々にしといたり。リジー本人のせいやけど、流石に気の毒になってくるわ……」
寝起きの悪いリジーに手を焼かされっ放しで、最近いくつかの必殺技を編み出して、日々実践している。
「それでも早く起きる努力をしないリジーもリジーだと思うけど?」
「……そらそうやな」
そう言いながらも≪偽物≫で剣山を作り出した。
峡谷の底の一本道に、けたたましい悲鳴が響き渡るんだけど……私達以外、誰も聞くことはなかった。
盗賊達を途中の町の警備隊に突き出し、結構な額の報酬を得てから三日。私達は正統王国の国境の町に来ていた。
「……次! そこのボロ馬車!」
……言い返せない。
「はいはーい」
「……よくこんなボロ馬車で来れたな」
「途中で突風にあいまして、幌を飛ばされて……」
「ああ、それでヒモで括ってあるのか」
「はい。この町で修理するつもりです」
「その方がいいだろうな。あまりにもみっともない」
………言い返せない。
「それじゃ通りま〜す」
「うむ…………なわけないだろう! どさくさに紛れて通行料を踏み倒そうとするな!」
ちっ。引っ掛からなかったか。
「…………いくら?」
「銀貨二枚だ」
たっか!
「ちょっと法外じゃない? 少しはまけなさいよ」
「あのなあ……公共料金をオレの一存で安くできると思うか?」
「何だ、下っぱか」
「何か言ったか?」
「い〜え、何も。おほほほほ」
仕方ない、払うか……と財布に手を伸ばしたとき。
「少々お待ち下さい」
後ろからエリザが登場。あ、久々のメイドフォルムだ。
「私、インスマス族の族長エリーミャ様の名代として参りました、メイド長のエリザベスと申します」
エ、エリザベス!?
「インスマス族の族長……? ま、まさか!?」
「はい。これで察して頂ければ有難いのですが……この先の判断はあなた方次第ですよ?」
「ちょ、ちょっと待ってろ!」
「……待ってろ?」
「い、いえ。少しお待ち下さい!」
そう言って門番さんは、脱兎の勢いで駆け出した。
「ちょっといいの? 安易にエリーミャさんの名前出して?」
「エイミアの行方を知るのならば、公共の記録以上に確かなモノはありません。エリーミャ様にそっくりな方が現れた以上、必ず詳しい記載があるはずです」
むむむ……た、確かに。
「少しは頭をお使いあそばせ、サーチ様?」
むっかあああっ!
「ではアデュー♪ ………ふはぁ、久々のメイドフォルムは疲れるわ……」
「……エリザベスさん? 頭使ってなくて悪かったわね?」
「ウ、ウチが言ったわけやないで? メイドの方がやな……」
「あ〜ら。おんなじ人間であることには間違いないわよね? なら、あんたに仕返しすれば、メイドフォルムにも仕返ししたことになるんじゃなくて?」
「そ、そ、そんなあああ!?」
「……滅殺」
ごきぃ
「ぎぃあああああああああああっ!!」
……バタバタバタ!
「い、今、悲鳴が聞こえませんでしたか!?」
「いえいえ、通りかかったバンシーじゃありませんか?」
「あ、そうでしたか。失礼しました」
夜中に悲鳴をあげまくるモンスター、バンシーはこの辺りによく出没するからね。
「うぐぐ……理不尽や……」
「うぐぐ……理不尽と思われ」
うるさい。
血相を変えて飛んできたお偉いさんは、やたらとヘコヘコしながら私達を案内した。視線がやたらと私の胸の辺りに集中してたので、わざとらしく咳払いする。
「あ、いやいや失礼致しました。あまりにお美しいので、つい視線が……」
「あら、でしたら私はあまり美しくないと?」
「めめめ滅相もない! ちゃんと同様に視線を向けておりましたとも!」
あ、墓穴を掘った。
「そうでしたか。でしたら、未婚の女性をジロジロ見る事が、どれだけ非礼になるかもお分かりでしょうか?」
「え、あ、その……」
「私達を慰みモノにした責任、キッチリと取って頂けるので? こう見えても私達は貴族です。それ相応の金額がかかりましてよ?」
「あ……う……あ……」
あーあ、顔色が青を越えて白くなってるよ。
「……冗談ですよ。これから気を付けてくだされば、事を大きくするつもりはありませんので」
「は…………ははぁーーーっ!」
お偉いさんのヘコヘコは、もはや完全服従状態と化した。
「……エリザ、ナーイス」
「当然ですわ。サーチ様とは頭の冴えが違います」
……うん。また折檻ね。
「こ、こちらでございます! ここが国境警備隊長の部屋でござります!」
「そうですか。案内ご苦労様でした」
「は、ははぁーっ! 光栄でござりまするー!」
そう言って、そのまま逃げていった。あのお偉いさん、薄い頭がさらに薄くならなきゃいいけど。
「……ほな入ろうか」
「どういうきっかけで切り替わってるわけ!?」
「ほえ?」
「ほえ? じゃないわよ! ずいぶんあっさりとフォルムチェンジしてるわよね!?」
「あ、ええっと…………コンコン」
「こら、逃げるな!」
「え、ええっと………それは秘密です」
「だから逃げるなっての!」
バアンッ!
「ええい、うるさい! 誰じゃ、儂の部屋の前で騒ぐのは!」
「え? あ、ごめんなさい! ちょっと小競り合いが過ぎました!」
「ん? 何じゃお主らは? 見た事がない顔じゃな?」
……ちっちゃ。小人族かしら?
「違うわい。儂は鼠の獣人じゃよ」
「あ、そうなの……っていうか人の心を読むな!」
「ほっほっほ、そう言うがお主の顔を見れば丸わかりじゃぞい?」
え? マジで? だいぶ顔に出ないように訓練してるんだけど?
「サーチん、無駄な努力やで」
「激しく同意」
うるさい!
「で、お主らは何の用で来たんじゃ?」
「何の用って……私達もここに案内されただけだから……」
「ああ、お主らがエリーミャの使いか。話は聞いておるぞい」
あ、良かった。話は通じてたのね。
「では早速闘技場へ行こうか」
「「「……は?」」」
「何じゃ、聞いておらんのか? 儂の弟子と対戦するんじゃぞ、お主ら?」
……………………は?
このとき、エリーミャさんがどえらいことを企んでいるとは、夢にも思わなかった。泣いてばかりの印象にすっかり騙された……。