第二十二話 ていうか、今回の馬車馬も普通じゃない。
カッポカッポカッポカッポ
ガラガラガラ
……そういえばこの馬、やたらとカッポカッポと音を立てるわね。蹄鉄でも付けてあるのかしら? どうでもいいんだけどさ……。
カッポカッポカッポカッポ
ガラガラガラ
……平和ね〜……ていうか……暇。
カッポカッポカッポカッポ
ガラガラガラ
……おかしいなぁ。とっくにインスマス族の支配圏を抜けたのに、モンスターが襲ってくる気配がない。
「なあ、サーチん。この辺りもモンスター狩りされてるんちゃうか?」
……あ、そうか。モンスターはこの大陸での貴重な食料……ということは!
「……この周辺に集落がある?」
「集落っちゅーより……もう一つの団体さんがいたやんか」
……あ、盗賊か。
「そっか〜……その可能性があったわよね」
カッポカッポカッポカポッポ
ガタッ ガラガラガラ
「モンスターの気配より、人間の気配に気ぃつけなあかんな」
「それは心配ないわ。この周辺には、人間やモンスターの気配は一切ないから」
カッポカッポカッポカッポポ
ガタガタッ ガラガラガラ
「エリザ、後方を見張っててくれない? 何か見つけたらすぐに知らせて」
「ほいきた」
カッポカポッポカッポカポッポ
ガタッガラガタッガラ
「……一つ発見」
「な、何?」
「その馬、たまにスキップしてるで」
「え?」
カッポカッポカッポカッポ
ガラガラガラ
……気のせいじゃね?
エリーミャおばあちゃんと別れて三日。宿場町で馬車をゲットした私達は、格段にスピードを上げて進んでいた。この調子なら今日の夜には次の目的地に着けそうだ。
……と思ってたんだけど、やっぱり考えが甘かったと言わざるを得ない。
「……後ろから何かついてきてるで」
「……前にも何かいるわね。どうやら待ち伏せみたい」
後ろからも同日に襲いかかるつもりか。
「……仕方ない。エリザ、後ろを頼める? リジーは前。私は援護に徹するわ」
「ほいな」
「らじゃあでござる」
……何で毎回リジーの返事を聞くと、力が抜けそうになるんだろう。
カッポカッポカッポカポカポカポカポカポカカカカカカ!
ガラガラガララララララ!
「ん? んん?」
「サ、サーチん? 何かスピードアップしてへん?」
「う、うん。してる。私が指示したわけじゃないんだけど、馬がすっげえ加速してる」
カカカカカカ!
「ポが聞こえなくなるくらい、スピードアップしてる」
「うん、わかってるのよリジー。けどさ、あまりの速さで馬車が宙に浮いてるってのは気づいてた?」
「……迂闊」
うん、カッポカッポに混じって聞こえてたガラガラが、聞こえなくなってるのよね。
「……って冷静に解説してる暇なかった! 止まれ! 止まりなさい!」
カカカカカカ!
「止まれ! 止まれっての!」
おもいっきり手綱を引っ張るけど……ビクともしないし!
「おーい、止まれえええ!!」
うわあ、盗賊だああ!
カカカカカカ……!
さ、さらに加速した!?
「おい、止まれって言ってんだよ!」
「止まれじゃなくて止めてええ! 馬が言うこと聞かないのよおおお!」
「な!? ば、馬車の暴走だあああ!」
「止めて避けて止めてえええっ!」
「「「うわああああああっ!」」」
ぱかあんっ!
「あひゃあぁぁ……」
「うひぃぃ……」
「ぎゃああぁぁ……」
ああ! 盗賊が轢かれてどっか飛んでった!
ヒィィィン!
「な、何か音速に到達しそうな勢いなんだけど!?」
もう制御を諦めた私は、馬車の荷台を見た…………あああ!
「ほ、幌が! 屋根がないい!」
「当たり前や! こんな風圧に、あんなボロボロの幌が耐えられるわけないやろ!」
……ごもっともで。雨漏りしてたくらいだし。
「それより! 前や前!!」
「うわああ!! 盗賊の団体さんとバリケードがあああ!」
そりゃ必死になって手綱を引きました。けど言うこと聞かない。ていうかさらに加速しやがったよ!
「止まれえええ! このバリケードが目に入らぬか!?」
印籠ほどの効果はないわよ!
「か、頭! ありゃ暴走ですぜ! 早く逃げた方が……」
「馬鹿を言うな。暴走ならちょうどいい。このままバリケードに突っ込ませて、止まったところを狙えばいい。馬は無事ではないだろうが、金目のモノは大丈夫だろう」
ムダに頭のいい盗賊なんか嫌いだあああ!
「ぜ、全員防御体勢!」
「ウチの後ろへ! いくでえ、≪捨て身防御≫!」
でたああっ! この世界で最も意味のわからない名前の技の一つ! 攻撃する手段を全て放棄することで、最大限の防御力を発揮する重装戦士のスキル!
「……なんて解説してる暇なかったんだああ!」
「何をごちゃごちゃ言っとんねん! さっさと後ろに隠れや!」
「あ、ごめんごめん!」
手綱を放り出して荷台に転がり込む。タワーシールドを構えたエリザの後ろに回る。
「来るでええっ!! 頭抱えて体勢を低くせええ!!」
うわああ……! シャレにならん……!
ブルヒィィィン!
パカン! ドガアン!
「ぎゃあああ!」「ぐあああっ!」
ヒィィン! ブルル!
ズドドン! パコーン!
「あぎゃああ!」「ぐええっ!」
い、一体何が起きてるのおお!?
「……た、大変です!」
「何事だ、騒々しい!」
「と、ととと盗賊が……」
「盗賊!? まさか攻め寄せてきたのか!?」
「いえ、そうではなく……」
「では何だ! 私は忙しいのだぞ!?」
「盗賊が……全滅しました!」
「…………は?」
「……間違いない。盗賊の頭と幹部達だな」
顔に謎のアザをつけた盗賊の一団を、警備隊長さんが吟味した。
あれから、妙に静かになったことを不思議に思って外を見てみると……。
「あ、あれ? 馬車が止まってる?」
「あ、あれ? 盗賊全員ぶっ倒れてるやん」
「あ、あれ? 馬は何事もなく草を食べてる」
……という感じで、いつの間にか盗賊は全滅していて、馬車は無事に止まっていた。盗賊全員の顔に馬の蹄鉄の痕がのこっている以上、犯人……じゃなく犯馬はバレバレなんだけど。
「しかし……本当に君達がこの盗賊を壊滅させたのかね?」
……馬がやりました、と言っても信じてもらえないよね……。
「……はい、そうです」
と言うしかないか。
「……まあ、長年悩まされていた盗賊団が壊滅された事には間違いない。ちゃんと賞金は出す」
「はあ…………でしたら、ニンジンを一年分くらい、あの馬にあげてください」
「……は?」
まさに赤兎!