閑話 エリザの歓迎入浴会
「あ〜〜〜!! これよ、これなのよ! 溜まった疲れを洗い流す。これが温泉の醍醐味ってもんよ!」
「…………」
「どしたの、エリザ」
「……サーチって随分とオッサン臭いな、と……がぼお!?」
「誰がオッサン臭いですって!?」
「がーぼ! がぼぼぼぼ!」
「リジー、お仕置きとして私達よりデカいエリザの胸、今のうちに計測よ!」
「らじゃあ」
「がぼ!? がぼお!」
「ほら、早く!」
「ちょっと待って、暴れないで……えい」
きゅっ
「がぼおおおおおおおおっ!?」
うわっ、いきなり弓形に反ってきた!? リジー、一体どこを掴んだのよ!
「……はあ、はあ、はあ……この……変態どもがああああああっ!!」
ずどばっしゃあああん!
「「ひぎゃあああああ!!」」
かぽーん……
ああ〜……極楽々々。
少しだけ騒ぎになったけど気にしない。エリザが暴れすぎて、風呂の壁をぶち破ったけど気にしない。
『あなたは何を考えてるのですか! 城内の壁を壊すという事は、私の肌に傷をつけるのと同様なのですよ! 大体あなたはくどくどくどくど……』
……そして浴室の隅で、素っ裸に正座という誰得な状態で、シロちゃんからお説教を食らうエリザも気にしない。
私達はエリザのパーティ加入記念にと、一緒に温泉に、と誘ったんだけど……なぜか異常に拒否感を示したエリザを、強制的に剥いて湯船に放り込んだのだが……。
「……まさかあれが嫌がる原因だったとは……」
エリザの背中には、それは見事なリファリスの御姿があったのだ。ぶっちゃけ、刺青。
「本当に好きなのは理解できるけど……もし私がリファリス姉の立場なら、ドン引きすると思われ」
同意。あれこそ『重たい愛』の典型だわ。いや、典型を飛び越してるか。
「……ま、忠誠心の表れだって言われても、主君の立場からして……重いわよね」
完全な自己満足なんだろうけど……これこそ誰得だわな。
ようやくお説教から解放され、ブスッとした顔で湯船に戻るエリザ。この子って意外と感情が豊かだ。
「お疲れ様〜」
「だ、誰のせいだと!」
「私が悪いと言いたいの? 確かにからかったのは悪かったけど、最初に余計なことを言ったのはエリザじゃなかったかしら?」
「うぐっ……」
そう言って言葉に詰まったエリザは、そのままそっぽを向いてしまった。
「それにしても……」
こうやって近くで見ると、エリザの美人度が非常に高いことがわかる。真っ赤な髪とネコっぽいキツ目な印象の顔が気の強さを印象付ける反面、素晴らしいバランスの体型が何かしらの柔らかさを強調している。そのアンバランスさがエリザに「近寄り難い美人」という雰囲気を漂わせていた。
「リジー、あんたとは対極ね」
「は?」
「あんたは不思議系のクール美人だけど、エリザは直球一本のイケイケ美人だわ」
「「何ですか、その例えは!?」」
「何よ、誉めてるんじゃない」
「「誉められたと思えません!」」
むう。真意の伝わらない鈍感娘どもが。
「ねえ、エリザ」
「何?」
「背中の刺青、恥ずかしいと思わない?」
うわああ! リジーも直球一本だったああ!
「………………は?」
……ん? 何、エリザのこの反応は?
「いや、だって。あんたの背中にリファリスの刺青が」
「い、い、刺青?」
何、どういうこと?
「エリザ、ちょっと向こうを向いて……ってあれ!?」
ない! 刺青がない!
「むう……消えてる」
リジーも唸る。なら夢オチってことはない。
「……もしかして、刺青の入った肌から脱皮した?」
「さ、さっきから一体何を言っているのよ! 私は脱皮なんてできないし、刺青なんて一度もした事ないわよ!」
まさに怒髪天を突く。スゴい勢いでがなり立ててきたエリザは、うっすらと全身が赤くなった。
「わ、わかったわよ! そんなに怒ると身体に良くないわよ」
「は? そこまで怒ってないわよ?」
「ウソおっしゃい。端から見てもわかるくらい、全身真っ赤になってたわよ」
「……あ、そういう事ね。私、感情の起伏によって身体の色が変わるのよ」
は、はああ!?
「身体の色が変わるって……んじゃさ、真っ青になるって事も……?」
「リファリス様のお気に入りのマグカップを割った時は、まさにそうだったみたいよ」
あの真っ赤加減は人間技じゃない。なら……。
「エリザも獣人?」
「そう。私はカメレオンの一族」
納得。凄まじく納得。
「え、じゃあ舌がビョーーーンと」
「私は伸びないわ。この辺りは個人差だから」
その代わりに体色の変化が起きやすいのか……。
「エリザ、それって種族スキル?」
「そう。≪迷彩≫っていうの」
カムフラージュかあ…………あ、そういうことか!
「さっきの刺青、≪迷彩≫によるモノじゃ?」
「あ、納得した」
つまり刺青じゃなく、実際に体色を変化させてリファリスを描きだしていたのだ。器用だな。
「え? 私は意識してリファリス様の顔を表してないわよ?」
じゃあ無意識!? ホントに器用だな!
「逆にさ、意識して表すことはできるの?」
「意識して……か。やった事はないなあ……」
「あ、あ、あああああ!」
突然エリザの背後でリジーが叫んだ。何事!?
「サーチ姉、これこれこれ!」
「え、何なのよ……ってあああああ!」
「どうしたのさ、二人して」
……エリザの背中には、今エリザがしゃべったことと同じ内容の文字が浮かんでいた。
……で、困ったときのリル先生。
『ああ、そりゃ種族スキルを使いこなせてないんだな』
勝手にスキルが発動してる状態らしい。
『エリザ、お前は≪迷彩≫に特化してるんだ。だからスキルに熟練度が追いついてねえんだよ』
「そ、そうだったんだ……。何故か周りの子には、私の考えてる事がバレバレだったから、変だとは思ってたんだけど……」
おそらく、顔に出てたんだろうな。リアルに文字が。
「リル、なら鍛えれば何とかなるの?」
『いつぞやのリジーと同じだよ。ちゃんと鍛練すれば、周りの景色と同化できるようになる』
すげえ!
「……じゃあ≪化かし騙し≫の劣化版?」
『いや、マスターすれば瞬時に周りに同化できるようになるから、戦いでの有用性は≪迷彩≫が上だな』
「確かに。≪化かし騙し≫には準備段階が必要」
「……わ、私がそのスキル欲しいわ……」
『ああ、そうだな。アサシンには喉から手が出るくらい、欲しいスキルだろうな』
「い、要らない! あげられるならサーチにあげたい!」
『……そうだな。エリザみたいなタイプには、はっきり言って必要ないスキルだな』
……何はともあれ、当分はエリザのスキル鍛練を主軸に旅をするしかないか。
「これからよろしくね、エリザ」
「……こちらこそ、サーチ」
私とエリザは握手した。
「…………」
「…………」
メキメキメキ……
……仲良くなるのは、当分ムリっぽいけと。