第十六話 ていうか、久々に戻った地上にて。
「かなりの激戦だったのですね……」
「封印が完了したタイミングで、ケルベロス達も消滅したそうよ。じゃないと危なかったみたい」
絶望の獣との戦いから二週間後。地上に戻り、ソレイユやリファリスから、エイミア関連の情報を受け取った帰りだった。
アタシー近辺でもケルベロス軍団との激しい戦闘があったらしく、後片付けに追われていた。
「市街戦になったんだな。よくこれで一般人に被害が出なかったもんだ」
「冒険者が踏ん張ったと思われ。ほら、元冒険者らしいゾンビの群れが」
……ああ、ぞろぞろと歩いてるわね。この世界では、死体の処理に関しては死霊魔術士が、霊の供養に関しては教会が担当している。だから大きな戦闘の後に、死霊魔術士がゾンビをぞろぞろと連れて歩いてるのは、日常的な光景だ。
ちなみに、どっかの元貴族みたいに、ゾンビになって働き続ける人もある。「俺はまだすることがあるんだ」とか、「家族くを残しては、死んでも死にきれん」とか、いろいろと未練を残している人もいる。そういう人は死霊魔術士に願い出れば、使い魔に近い状態でこの世界に留まらせてもらえるのだ。あとは雇い主との信頼関係次第で、ある程度の自由は得られる。
なかには元旦那のゾンビと再婚する人もいるそうで。愛って偉大だ。
「それにしても……やっぱ絶海を越える手段は見つかってねえんだな」
「そんなに簡単には見つからないと思われ」
「それはそうだけどよ! 何ていうか……その……焦っちまうじゃねえか」
「それはそうなんですけど……」
……そろそろ言おうかな。
「実はね……マーシャンからの情報なんだけど……」
「…………あぁ!」
「そうでした、すっかり忘れていました!」
「いつからいなかったか、覚えてないくらい印象薄いと思われ」
……止めてあげなよ。たぶん、泣いてるぞ。
「で、マーシャンがどうかしたのか?」
「絶海を越える手段……何とかなるかもしれないって」
私達は旅館に戻ると、第一回エイミア対策会議を開いた。
「で、方法は? もったいぶらずに早く言え!」
「方法に関しては、私も詳しくは知らない。ただ……」
「……ただ?」
「……絶海を越えられるのは……三人だけよ」
「「「……はい?」」」
「マーシャンの話だと、三人で定員ギリギリらしいの」
「て、定員って?」
「知らない。今はそのことはどうでもいい。もっと重要なことは……」
「……誰が残るか、という事ですね?」
……私は頷いた。
「わ、私は行くぞ! 絶対に行くぞ!」
「私も行く」
「ちょっと待ちなさい! 少し私の話を聞いてほしいんだけど」
「……サーチには何か考えがあるのですね?」
「ええ。今回はおもいきって、二人ずつに分けようと思うの」
「はあ!? 二人だけで暗黒大陸へ行くってのか!? ふざけんな!」
「待ってリル! 最後までサーチの話を聞きましょう!」
立ち上がりかけたリルをヴィーが静止し、不承不承ながらもリルは座った。
「……ヴィー、ありがと。今回のことで、こっちの世界に侵攻される恐れが出てきたわ。エイミアを拐った存在がいる以上、古人族はこっちの世界に来れる可能性が高い」
「……ニーナさんの結界干渉術を破るくらいの人が、という事ですね」
「そう。だからこそ、戦力として二人は残ってほしいのよ」
「…………なるほどな。筋は通ってるな。ただ、二人だけってのは危険じゃねえか?」
「それはまた考えるわ。パーティを二人に分ける理由は、連係を考えてのことだからね?」
「確かに。一人で残っても、いざという時には心許ない」
「そういうこと」
「なら……あとは人選か」
「あ、ごめん。それも私が考えてるんだけど」
「って早いな!」
当たり前でしょう。言い出しっぺの私が、何も考えてないわけないじゃない。
「……で? サーチの考えだと誰が残るんだ?」
「ん、まずはリル」
「そうかそうか残念だなあ……って私かよ!?」
盛大に自分でボケたわね。
「どういうことだ! 何で私なんだよ!」
「新婚さんを連れていくほど、私は悪人ではありません」
「んぐぅ!」
はい、論破。
「何より、こっち側での司令塔を頼めるのってリルしかいないのよ。だからお願い、ね?」
「…………つまり、お前が行くのは決定事項なわけか。エイミアの気持ちを考えると……それがベストだわな」
リルはふーっと息を吐くと、フッと笑った。
「わかった。今回は私が居残り組になるわ。ただし」
「ええ。絶対にエイミアを連れて帰るわ」
リルが突き出した拳に私は拳をコツンとぶつけた。
「じゃあもう一人は……リジーか?」
「え〜……私?」
リルの言葉にがっくりと項垂れるリジー。だけど……。
「違います」
「「……え?」」
……やっぱりか……。
「私が……残ります」
そう切り出したのは……ヴィーだった。
その日の夜。
旅館のテラスにある椅子に腰掛け、一人でワインを煽っていた。
「サーチ。お呼びだと聞きまして」
背後からかかったヴィーの声に、左手で対面の椅子を勧めることで応える。
ヴィーは着席すると、私と同じワインを注文した。私が注いであげると、少しはにかんだ顔をして……少し悲しげな顔になる。何も言わずに乾杯をし、そのまま黙り込んだ。
「……いいのね、ヴィー」
沈黙を破ったのは私からだった。
「え……」
「よく考えた上での、判断だったのね?」
「……はい」
「ならいいわ。確認したかったのはそれだけよ」
それを聞いたヴィーは何かを言いたそうにしたけど、結局ワインを煽ることで口をつぐんだ。
「……止めてほしかったの?」
私の問い掛けにビクッとするヴィー。
「な、何を言うんですか!」
「はっきり言うとね、私としては一緒に来てほしかったの」
「え?」
「連係という意味では、リルとリジーはピカイチだからね。私としては、一番連係が取りやすいのはヴィーだし」
「……」
「けど、最近のヴィーの瞳には……何か決心している色が見えた。たぶん秘密の村に関連することじゃないかな〜、と思ってたけど……」
「……そうです。よくわかりましたね」
「そりゃあ、私とヴィーの仲だから」
ヴィーは真っ赤になって俯き、また沈黙が支配した。
「……やっぱり……諦める事はできません」
しばらくモジモジしていたヴィーは、再び話し始める。可愛いな、おい。
「私の夢……人間達とモンスターとの共存を」
「この間の戦闘で人間とモンスターが共闘したってヤツ?」
「はい。リファリスの軍だったと聞いてますが、秘密の村の人達と共闘してケルベロスを撃退したと聞きました」
リファリスの配下には「訳あり」の人達も多いからね……意外と通じあうモノがあったのかもしれない。
「だから、私……思い切って、人間の社会に飛び込んでみようと」
「人間の社会にって?」
「今度、旧帝国では議会を開設する為に選挙を行う事にしたそうで……」
「ま、まさか、あんた……」
「……はい。立候補してみようと思ってます」
パーティ解散!?