第十話 ていうか、最終決戦! さあ、絶望の獣! 私達の一撃を受けてみろーー!
「さーちゃん、ここは二手に別れましょう。私とリジーちゃんで絶望の獣を引き付けるわ。その間にさーちゃんは為すべき事を為しなさい」
「サーチ姉、私にお任せあれ」
「……いいんですか、院長先生」
「私は構わないわよ〜。アサシン気質のさーちゃんは、単独行動は得意でしょ〜?」
「……リジーもいいのね?」
「無問題」
「……ホントにいいのね?」
「大丈夫」
「…………リジー……覚悟を決めなさいね」
「え、ちょっと気になる、サーチ姉?」
リジーの問いをスルーして踵を返す。そのままダッシュで離れた。
「……院長先生はまだ一本もブーメランを投げていない……。そして、リジーを残していけ、と言った……。本気を出すつもりなんだ、先生……」
哀れなのは何も知らされてないリジーだけど……ま、言っても大変なことには変わりないし。
院長先生の≪飛剣術≫の真価は、ただブーメランを投げることではない。何でもブーメランにできるということだ。
おそらくリジーも投げられるんだろうな……。大変だぞ〜、あれは。経験がある私とリファリスは、絶対に断る。
そのうちリジーの悲鳴が聞こえるだろうけど……ご冥福をお祈りします。
合掌、礼拝。ちーん。
絶望の獣に近づいたところで、≪気配遮断≫を使って動きを覚られないようにする。
「さて、ここからが問題よね。あれって刃が立つのかな?」
毛と皮下脂肪に遮られて、血管まで毒が届かない気がする。
『番よ、我の事を忘れておらぬか?』
「え? あ、三冠の魔狼? もしかして協力してくれるの?」
『……ここまで来てそれを言うのか。当たり前であろうが』
「……気持ちはありがたいんだけど……こればっかりは私が直接注入しないとダメなのよ」
『注入するのは毒であろう? 毒の生成ならサーチよりもレベルは上だが?』
「ん〜……毒ではあって毒じゃないの。これは≪前世の知識≫があって、初めて成立することなのよ」
『むむ……ならば仕方ないか。我が絶望の獣の皮膚の一部を剥ぎ取ろう。そこへサーチが注入すれば……』
「あ、それならいけるわね。でも大丈夫? 力を使い果たしちゃったんじゃ……」
『少しくらいなら大丈夫だ。一旦サーチから離れるが、左腕は残しておくから安心せい』
そう言うと、私の左腕から三冠の魔狼が離れる。おお、確かに左腕は残ってるわ。
「……って、頭が一つ足りないじゃない!」
『ふふ、頭一つ分を力に還元しただけよ。これからは二冠の魔狼となるだけだ』
「頭一つ分をって……まさか、あんた……!」
『何も言うでない。これも我の運命であろう』
……ギリッ……
「……さよならは言わないわ。腕一本になってでも、戻ってらっしゃいよ」
『さ、流石に腕一本は厳しいが、善処しよう。だから、そのように奥歯を噛みしめるでない。砕けるぞ』
「だ、だって……」
『……フフ。最後の最後で我の為に泣いてくれるか。番よ、我はその涙だけで十分だ。それだけで絶望の獣を穿つ力となる』
「な、泣いてないわよ! ほら、さっさと行って、さっさと戻ってらっしゃい! まだまだコキ使ってやるんだから!」
『わかったわかった。では行くぞ!』
先陣を切って進む二冠の魔狼の後ろを私は追った。この戦いに決着をつけるために。
「できれば心臓に近い場所がいいから……」
『ふむ、ならば前足の付け根辺りが良かろうな』
絶望の獣の背後に回り込んだ私達は、チャンスを伺いつつ綿密に話し合う。
「院長先生やリルの攻撃の傷は……やっぱり塞がってるわね」
『故にチャンスは一回。しかも十数秒だ』
十数秒あれば十分に毒を流し込める。
「あとは隙を作れれば……」
念話水晶を取り出して、リルを呼び出す。
『……おう。何だ?』
「今いる位置から真ん中の顔の左目を狙えない?」
『真ん中? あの無表情なヤツか。この角度ならいけるぜ』
「なら、ヤツの左目に当てずに、矢を射ってすぐに離脱して」
『はあ? 当てずにってどういうことだよ?』
「私が見る限り、あの光線を放ってるのは真ん中の顔だけなのよ。だからわざと外して、光線を放ってもらえば……」
『あ、だから当てるなと。矢の軌道からこの場所を辿らせるためだな?』
「今の向きだと左目の方が視界に入りやすいしね。危険だけどやってもらえる?」
『何を言ってやがる。一番危険な場所にいるお前に頼まれて、断れるわけねえだろ。任せときな!』
「ありがとう。ただ、安全第一でね」
『わかってるって。じゃあ五分以内にぶち込むぞ』
……よし、これで隙をつける。
『成程な。攻撃中ほど無防備な時はない』
「みんなが分身を倒してくれたことで、実質『虚栄』しか残っていない。それがあの真ん中の顔だと思うの」
『……そこが攻撃に集中すれば、他の顔は無視しても大丈夫だと? 理屈ではそうかもしれぬが、賭けだぞ、それは』
「わかってる。でもそうじゃないと……私達に勝ち目はない」
『……わかった。我が番の賭けに、この命を賭けてやろう』
そのとき、空気が震えるのを感じた。
ドヒュン!
私の依頼通り、左目の真上を通過していった。リル、ナイス!
ギロッ
真ん中の顔はすぐにリルの方向を睨み、大きく口を開ける。
ズオオオオオオオオン!!
強烈な熱を帯びた光線が発射され、雲を散らしていく……今だ!
「二冠の魔狼、頼んだわよ!」
『任せろ。行くぞ!』
絶望の獣に向かって特攻する二冠の魔狼。その後を追いながら、リルの無事を願った。
ズゴオオオン!
「あ、あぶねえ……マジでギリだったぜ……。サーチ、頼んだぞ!」
『よし、予定通りに行けそうだぞ!』
「それじゃあ≪気配遮断≫を解くわよ!」
『ならば……絶望の獣よ! 我が一撃を受けてみよ! 最終奥義≪暴狼発動≫!!』
二冠の魔狼の全身を黄金の闘気が包み、回転しながら絶望の獣に突っ込んでいく。
カッ!
ズボオオッ!
当たった!
ギャアアアアアアア!!
絶望の獣が苦悶の声を上げる。傷口はごっそりと抉られている。今だ!
「二冠の魔狼! あなたの特攻、絶対にムダにしない!」
私は無事に傷口に取りつき。
「食らえ、絶望の獣!」
がぶぅ!
おもいっきり噛みつき、ありったけの毒を流し込んだ。