第七話 ていうか、最終決戦! だけど、何だか絶望の獣《ディアボロスが》……?
目の前にある台座。その中央に鎮座する絶望の獣。荒い息を吐きながら、周りを被う薄い膜は心臓のような鼓動を刻んでいた。
『……どうした、かかってこないのか? 私は身動きが取れないのだぞ?』
……ウソだ。
絶望の獣は、絶対に力を残している。そうじゃないと自分が滅ぼされる危険性があることくらい、十分に熟知しているはずだ。
絶望の獣が望むのは、滅亡には間違いない。だけどそれ以上に人々が絶望する姿を望んでいるはずだ。つまり、自分が先に滅びるわけにはいかないのだ。
「……どうしようかしらねえ〜……」
『何を悩む必要があるか? 私を倒せば、全てが終わるのだぞ? ふっふっふ……』
……ラスボスにしては、ずいぶんと見栄すいた挑発だこと。この私が乗るとでも思ってんのかしら。
「あーはいはい。今すぐ滅ぶわけじゃないんでしょ? だったら無問題よ」
『……妙に賢しいと嫌われるぞ、小娘』
「身長を考えれば、小娘は間違いないしね〜……」
……今はみんなの戦果を待つしかない。絶望の獣に変化が現れるとしたら、己の分身に何か起きたとき、しかない……。
……やがて。
ゴボボ
ん? 絶望の獣の膜の中に水泡が?
『……ぐぬぬぬぬぬぬぬ……』
苦しそう?
『馬鹿な。傲慢が負けただと……!?』
あ、そういうことか。A級冒険者の院長先生が負けるわけないとは思ってたけど……意外と早かったわね。
「どうせ院長先生を一歩も動かせなかったんでしょ。ま、当然の結果よね」
『……まだ一匹目だ。これからだよ』
……みんな、無事でいて。
さらに十五分後。
ゴボボ……
また水泡が。ということは……。
『ウグゥゥゥ……! ラ、色欲が!?』
……リファリスか。一番濃い組み合わせのとこね。
『リファリスとかいう女は、確か一対一での戦闘が不得意だったはず……そのような相手に色欲が負けるとは……』
久々に人形になったのかしら。
「これで二連勝ね。案外あなたの分身って大したことがないのね」
『……調子に乗るなよ。残りの四体が勝利してから、一気に攻勢をかければいいだけだ』
……うぅ〜……胃がキリキリする……。
……そして三十分後。
ゴボボボ! ボコッ
きた!
『があああああ………! が、ぐぁあああ!』
……? 妙に苦しそうね。
『エ、嫉妬に暴食までぇぇ……! な、何故だ!?』
リルとリジー! それにマーシャンだ!
『つ、墜落死に……何だこれは! 圧縮されたというのか!?』
墜落死ってのはたぶん、リジーに化かされたんだと思うけど……圧縮って? マーシャン何をしたの?
『暴食には≪暴走≫まで施したというのに……何故!?』
「あんた、一対一の戦いに介入したの!?」
『……おのれ……』
……聞いていない?
……一時間後。
ゴボボボボボ!
! やった!
『ぎゃあああああああああああっ!』
膜の中で絶望の獣が転がり回る。あれだけ苦しむってことは……かなり強いヤツが負けたってこと?
『ば、馬鹿な! そんな馬鹿なああ! ま、まさか大罪中最強の怠惰が負けたというのか!?』
え〜っと、怠惰は……グレートエイミアとヴィーか。
『し、しかも美徳戦士が完全に覚醒するとは……! 今まで誰も成し得なかった事を……!』
な、何かエイミアがどえらいことを成し遂げた模様。
『あの蛇娘だけならば、あと一歩だったのに……!』
……あと一歩ってことは、ヴィーは無事ってことか。ホッ……。
『あ、有り得ない……有り得ない……ありえない……アリエナイ……』
……? 何か様子が……?
『マダ一匹イル。マダ……』
これって……イヤな予感しかしないんだけと。
そして、二時間後。
ついに、そのときが訪れた。
……エリザのヤツ……大丈夫かしら。
ボコボコボコボコ! ガボボッ!
あ、反応が!
『ギィエエエエエエエエエエエ!!』
ディ、絶望の獣からもスゴい反応が。
『ナ、ナゼダナゼダナゼダアアアアア!!』
「エリザ、やったわね! これで私達の完全勝利よ!」
『ギィアアアアア! アリエナイアリエナイアリエナイイイイ!!』
「さあ、次はあんたの……番……え?」
何か……膨らんできてない?
『いかん! 今すぐに退避しろ!』
三冠の魔狼!?
『早くしろ!』
「わ、わかったわ!」
急いで念話水晶を取り出して、全員に緊急連絡を発信する。
「緊急! 緊急! 今すぐにその場から離脱! 虚空神殿の入口付近まで撤退して!」
「な、何だよサーチ! 何が起きたんだ!」
「わかんない! 急に三冠の魔狼が退避しろって!」
私が着くと、先にリルとリジーが着いていた。
「サーチ姉、凄く禍々しい魔力が充満してる」
「でしょうね! 分身が全部倒された辺りから、急に膨らんできたし!」
「膨らんできたじゃとお!?」
「……あ、マーシャンいたんだ」
「今着いたんじゃよ! 膨らんできたという事は……まさか身体を取り戻す気か?」
身体を?
「身体って……さっきまで私が戦っていた分身は何だったの〜?」
あ、院長先生も戻ってきた。
「あれは魔力の塊です。実体ではありません」
「あれ、ヴィー。グレートエイミアは?」
「この先で結界を張るそうです。ニーナさんが補助するから、と」
結界が必要なの!?
「ねえ、来る途中であちこちが崩れてきてたんだけど!」
ちょうど到着したリファリスが、悲鳴混じりの報告をする。
「崩れてきてるって……まさか、ここ墜ちるの!?」
『違うわ!』
え、ソレイユ?
『虚空神殿の半分があいつの身体なのよ!』
……は?
『それより、一人倒れてるみたいだけど!』
え?
「……あれ? エリザは?」
ズズズズズズ……!
「も、もう……走れ……ない」
傷が……深い。
「せ、折角、勝ったのに……」
足が……動か……ない。
「リファリス様……申し訳ありません」
「……何を諦めてんのよ!」
がしぃ!
「サ、サーチ様!?」
「ほら、早く脱出するわよ!」
「リファリス様!」
「「せーの、えいほ、えいほ」」
「ちょっ! 変な掛け声をかけなくても! 私はそんなに重くありません!」
……ギリギリだったけど、無事に脱出できた。
それからすぐ。
絶望の獣は……最終形態となった。