第六話 さらばひゅーちゃん! また会う日まで……はいはい、ていうか。
「……何故このような場所にドラゴンゾンビが……?」
「……そういえば、今まで汚泥内海でドラゴンゾンビとアカウントした、なんて話は聞いた事がないな」
何より、ゾンビが合体してドラゴンゾンビになるなんて……。
「……エリザ、砕けた核を調べる。周辺の警戒を」
「畏まりました」
エリザは薬草を粉にしたモノを水と一緒に流し込むと、再び三盾流の構えを見せた。
「…………エリザ」
「はい、何でございましょう?」
「背中の盾……いらないんじゃない?」
「緊急用です。背後からの奇襲も防ぐ事ができます故に」
……背後から襲ってきたゾンビを、全てぶっ飛ばしてたでしょ。対応できてるんだからいらないと思うんだけどなあ……。
「あ、それよりも核を調べないと……」
地面に突き刺さっていた三ツ又の短槍を回収し、核の欠片を手に取る。
「……ふむ……それなりに年季の入った核だけど……」
見た感じは普通の核だ。目立った異常は感じられない。
「これだけ古い核だと、ここのダンジョンコアが生み出したとは考えにくい……」
なら、可能性があるとすれば……外部からの侵入。
「しかし……〝八つの絶望〟の一つでもあるダンジョンに、そう易々と侵入できるはずが……」
ダンジョンを食い荒らすモンスターといえば、蜘蛛型のS級モンスター、迷宮食らい。だけどヤツの仕業なら、モンスターは一匹もいないはず。
なら……残る可能性は……。
「エリザ、こいつらは単なるゾンビじゃない」
「……と仰いますと?」
「迷宮食らいみたいに直接ダンジョンを占拠するんじゃなく、じわじわと仲間を増やして占拠するヤツがいたでしょう」
「……じわじわと……ま、まさか!? グール症候群の!?」
「あのドラゴンが感染源でしょうね」
グール症候群とは、モンスターの間でのみ感染する病気だ。
飛沫による感染が主で、非常に流行しやすい危険な感染症だ。症状は発病者のゾンビ化で、ダンジョンのような密閉された空間にこの病気が入り込むと、瞬く間にダンジョン全体に広がる。ゾンビ化したモンスターは食欲の権化と化す為、ダンジョンの内部は同士討ちが頻繁に発生。結果的にモンスターは激減するし、ゾンビの絶対的な弱点である火属性を準備していれば対策は万全。グール症候群は人間には感染しない為、安心してダンジョンが攻略できる。つまり、ダンジョンからすれば、この病気が広かった時点で陥落したも同然なのだ。
「だからここのゾンビ達は、ドラゴンゾンビに取り込まれたのですね……」
グール症候群に感染すると、種族は「グール」で統一される。だからグール同士の融合もあり得る話だ。
「……しかし……この核の大きさにしては、小さいドラゴンゾンビだったわね」
あれだけグールを取り込んだのだから、もっと巨大化していてもおかしくない。
「ドラゴンゾンビ自体が弱っていたのでは?」
……成程。消滅しかけていたドラゴンゾンビが、エリザの倒したグールを取り込んだ事で、息を吹き返した……ってところか。
ん、待てよ? ならば何故ドラゴンゾンビは消滅しかける程に弱っていた?
「……まさか……ひゅーちゃんと一戦交えた後だったか!」
ならば不味い! ひゅーちゃんに感染している可能性が!?
「エリザ! 先を急ぐぞ!」
「畏まりました!」
「ひゅーちゃん! ひゅーちゃんひゅーちゃんひゅーちゃん! ひゅーちゃーん!!」
「全く反応がありません。もっと奥でしょうか?」
「ここから奥はダンジョンコアのある島へ出るだけ。出入口は狭いから、ひゅーちゃんの巨体では無理だわ」
ひゅーちゃん、どこにいるのよ……お願いだから感染していないで。
「…………! リファリス様! この角を曲がった先から強烈な腐敗臭が! ゾンビの団体か、巨大なゾンビかと思われます!」
巨大なゾンビ!? ま、まさか……!
嫌な予感を振り払うように、エリザの言った角へ走る。エリザの制止の声が響いたが、今のあたしには届かない。
「ひゅーちゃん!?」
角を曲がった先には、あたしを飲み込まんとする巨大な口が開いていた。
「リファリス様ああああああっ!!」
エリザが絶叫しながら駆けてきて、あたしを突き飛ばす。
「え……」
「……よかった……間に合いました……」
あたしがいた空間に、今はエリザがいる……。
「リファリス様」
牙が。
「私はあなた様を」
下りてきて。
「お慕いしていま」
バグンッ!
……閉じられた。
「………………え?」
ひゅーちゃんの……口から……大量の血が……滴り落ちて……。
「な…………っっっ!! エリザアアアアアアッ!!」
「は、はい」
「あ、あたしの目の前で……目の前でぇぇぇ!! 何であたしはエリザを救えなかったああああっ!」
「い、いえ。大丈夫でございます」
「エリザアアアア……あ?」
ドラゴンの涎まみれになったエリザが、あたしの目の前に……いる!?
じゃあひゅーちゃんの口から流れた血は……?
「口を閉じられた瞬間にタワーシールドを展開して、つっかい棒にして脱出しました」
……成程。あの血はひゅーちゃんの口にタワーシールドが刺さったからか。
「……し、心臓に悪い。怪我は無いわね?」
「え? だ、大丈夫です。脱出の際に腕を切っただけです」
「…………」
無言でエリザにポーションを投げる。
「え!? うわっとと!」
ギリギリで受け止める。危なかったけど、身体に異常はないようね。
「あなたは回復しなさい。ひゅーちゃんはあたしが仕留める」
「よ、よろしいのですか!?」
「一度グール症候群に罹患したモンスターが、回復する事は……ないわ」
三ツ又の短槍を握り、全身に紋様を浮かび上がらせる。
「だったらあたしが始末する。だって、ひゅーちゃんは……」
手にした三ツ又の短槍をタクトのように振りかざす。
「……あたしの大切な友達だから」
……≪女王の憂鬱≫を発動。
「……術式変更」
今まで荒れ狂っていたひゅーちゃんが、ピタリと動きを止める。
「……女王の操り人形よ、狂え狂え、乱れて踊れ」
必死に抗っていたひゅーちゃんの首が、互いに見合う。
「……変異術式、≪血肉の舞踏会≫」
ガブッ! グジュグジュ! バキャゴキャメキィ!
……しばらく洞窟内にはひゅーちゃんの首同士が食らい、噛み砕く音が響き渡った。
ほとんど骨だけの状態になったひゅーちゃんが横たわる。
「……エリザ、もう大丈夫?」
「はい、ありがとうございます。リファリス様は大丈夫ですか?」
……ダンジョンの壁に三ツ又の短槍を突き刺す。
ビシビシ……
壁に広がったひび割れにもう一度短槍を刺す。
ビキィ! ガラガラガラ!
……ちょうどひゅーちゃんが横たわる箇所が、瓦礫によって埋まった。
「……大丈夫よ。あたしにはまだ、エリザやメイドの皆がいるから」
「……そうですか」
「先に進むわよ。それからエリザ」
「はい」
「もう二度とあのような危ない真似はしないように」
「……はい。申し訳ありません」
「でも……助けてくれてありがとう」
「め、滅相もない! さ、さあ、行きましょう」
おそらく照れ隠しだろう。エリザは足早に駆けていく。
後を追おうとしたあたしは、立ち止まって振り返り。
「……またね、ひゅーちゃん」
……お別れをした。
最近「彼氏と左フックと私」という短編を投稿しました。よろしければどうぞ。