閑話 とある死霊魔術士と下僕の日常
「……く……全然寝た気がせん」
朝。俺様は憎っったらしい死霊魔術士の隣で起き上がる。
ゾンビになったばかりで、新入り扱いの俺様は……まずは偉大なるご主人様の身の回りのお世話をする事になり、何故か同じ部屋で寝させられている。はっきり言って、苦痛と屈辱以外の何モノでもない。
「……クソクソクソ! ……何故この俺様が……」
起き上がるとすぐに死霊魔術士を起こす。
「おい、起きろ。朝だぞ」
「…………」
「……チッ……起きろと言っているだろう! 伯爵たる俺様が直々に起こしてやっているのだぞ! さっさと起きぬか!」
「…………」
……この……!
「起きろと言っているだろうがあ!」
ずだあああん!
ふん! いくら寝坊助でもベッドごとひっくり返してやれば……!
ジタバタジタバタ
「うーっ! うーっ!」
ふ……ふははははは! ざまあないな! 何と言う醜態だ!
ジタバタジタバタ
「うーっ! うーっ!」
このまま観賞してやるか。これは酒の肴には持ってこいだな!
ジタ……バタ……
「うーっ……うーっ」
……む?
ジタ……バ……ぱたっ
「うーっ……ぅ……ぐふっ」
……これはいかん。マスターたる死霊魔術士が死ぬと、下僕たる俺様も滅びてしまうのだったな……。
「朝からなんつー起こし方するのよ! はあー、苦しかった……」
「お前が起きないからだ」
「口調!」
「うぐ……も、申し訳ない……」
「……口調も態度もまだまだ課題ね。はあー……」
溜め息を吐きたいのはこっちだ。
「まさか此処まで生活態度がだらしない女だったとは……」
「あなたに言われたくないわ。強大な権力を笠に着てやりたい放題だったそうじゃないの」
「やりたい放題? 選ばれた者である貴族ならば当たり前の事」
「綺麗な娘を手込めにしたり、気に入らない部下を斬り殺したりするのが?」
「何が悪い?」
「……本格的に叩き直さないと駄目ね……『立ち上がれ』」
く……! ≪絶対命令≫か……! これには俺様は絶対に逆らえん……!
「……『あなたは私に対して絶対服従』」
「……はい」
「『ならばそれに見合う口調で話せ』……わかった?」
「わ、わかりました……」
「よろしい! ならば朝食の準備を」
「承りました」
く……屈辱だ……!
「……ねえ……」
「な、何か?」
「何で貴族のボンボンが作る料理が、こんなに美味しいの?」
「さ、さあ……何故でございましょうね?」
「……『理由を話せ』」
「うぐっ! ……わ、私の母に食べさせる為に修練致しました!」
ク、クソ! 誰にも言った事がない秘密を……!
「……へぇ〜〜……あなた、お母さん想いだったのね〜〜」
「わ、悪い……でしょうか……」
チクショウ! ≪絶対命令≫のせいで口調が曲解されやがる!
「悪くないわよ。むしろ見直したわ」
……は?
「私の母は人間の貴族によって戯れで殺されたわ。だからへヴィーナからあなたの事を頼まれた時、引き受けるかどうかは正直迷ったわ」
……戯れに……殺された……。
「結局引き受ける事にしたけど、あなたをとことん屈辱的な扱いをして……気が済んだら土に還そうと思ってた」
…………。
「だけど気が変わったわ。母親に対して愛情を注げるあなたなら、更正できる可能性はある……時間はかかるでしょうけど」
…………。
「『命ずる。口調を元に戻せ』」
……何のつもりだ?
「あなたの本音が聞きたい」
……本音……か。
「まずは……俺様がした事ではないが、同胞たる貴族がお前の母を手に掛けた事は謝る。許せ」
「……ぜっんぜん謝られた気がしないわね……」
「……以上だ」
「そう、以上……ってそれだけ!?」
「? ……これ以上何を言えばいいのだ?」
「……駄目だわ、重症ね……やっぱりビシバシいかないと」
「何をブツブツ言っている。指示があるのならさっさと言え、マスター」
「……へ?」
「な、何だ?」
「……あなた……初めて私の事を『マスター』って言ったわね……」
「……そうだったか? ≪絶対命令≫のせいではないか?」
「……解除してますけど?」
うぐっ!?
「た、食べたのならさっさと着替えてこい! 食器が片付けられん!」
「ふふふ〜〜ん♪ カ・ワ・イ・イ♪」
ゴツン!
「いったああ!? あなた殴ったわね!? マスターの私を殴ったわね!?」
「いいからさっさと着替えろおおおおっ!!」
そんなドタバタとした日々は、あっという間に過ぎていく……。
「マスター! いい加減に起きろと言っている!」
「ふぃ〜……あと五分……ムニャムニャ」
「いつまで寝間着でいる!! 洗濯があるからさっさと着替えろ!」
「んじゃあ……脱・が・し・て」
「……」
「じょ、冗談だからね?」
「マスター! 何時まで起きているのだ! 身体に悪いからさっさと寝ろ!」
「はいはーい……じゃあ添い寝してよ」
「……」
「や、やあねえ。冗談よ冗談……あははは……」
……すっかりマスターの世話にも慣れ……昔の自分を恥じる事が出来るようになった頃。
……突然マスターが俺様に言い放った。
「……野に放つ?」
「そう」
「誰を」
「あなたを」
「…………」
ゴツン! ゴツン! ゴツン!
「いひゃあああああ! 痛い痛い痛いーー!!」
「俺様を『野に放つ』とはどういう了見だ! 怪我をした小動物を自然に帰す、ような扱いをされる覚えはないわ!」
「ち、違う違う。そういうわけじゃなくて」
「ならどういう事だ!」
「あのね、ゾンビはある程度矯正が終わると、野に放つのが普通なのよ」
「……それで?」
「あなたの育成もかなり終わったからそろそろ」
ゴツン!
「あきゃあ!」
「育成という言い種が気に入らん!」
「うぅ……人の頭をゴンゴンと……あなたはマスターを何だと思ってるんですか……」
……何だ思っている、と言われると……。
「むむむ……手のかかる飼い犬」
「あなたが私を小動物扱いするの!?」
「そういう扱いをされても仕方ないと思うが……」
「し、失礼ね!! 何故よ!」
「……朝ちゃんと起きられるか? 一人で」
「うぐっ」
「……ちゃんと料理できるか? 一人で」
「がふっ」
「……ちゃんと洗濯できるか? 一人で」
「ぐふぅ……い、いいもん! 新しいゾンビにやらせるから!」
「あの派手な下着を俺様以外に構わせるのか?」
「うぐっふう! ………む、無理です……」
「ならばマスターが一人で何でも出来るようになってからだな」
「うぐぐ……永遠に無理です……」
「……ならば俺様も永遠に離れられんな」
「………………よろしくお願いします」
「……ねえ、ヴィー」
「はい?」
「あの二人って……何だかんだでうまくいってるわね……」
「…………私達もです」
「何か言った?」
「いえ何も」
……たく。
明日から新章です。