第二十四話 ていうか、黒幕の独白……暗いなあ……。
「私が……黒幕だと……?」
「それしか考えられないのよ。ねえ、現ドノヴァン家当主さん?」
鉄格子の向こう側で、粗末な毛布にくるまっていたエイミアの親父さんが身体を起こす。
「……ふん。敗者を笑いに来たのなら好きなだけ嘲笑うが良い。どうせドノヴァン家はお仕舞いだ。儂も軽くても流罪は免れんだろうな」
「だから今しかないのよ。あんたが何で自分を犠牲にしてでも、エイミアを守ろうとしたのか……知るチャンスわね」
「エイミアを……守るだと? あれだけ娘を迫害してきた儂が、守る? 突拍子が無いな」
「そうじゃないと説明がつかないのよ」
「ほう……説明がつかないとな?」
指を三本立ててエイミアの親父さんに指し示した。
「一つ目。帝国でエイミアと再会したとき」
指を一本折る。
「当時最高の権力を持っていたアプロース公爵の友人として招待されていた、これは予定通りだったんでしょ。けどエイミアが現れたことはホントに偶然だった」
「…………」
「それからのあんたは、エイミアの試合がある日には必ず会場にいた。心配だったんじゃないの?」
「……ただ憎い娘が無様な姿を晒すのを見たかっただけだ」
「ふうん……じゃあ何故かエイミアには毎回、最上位の回復魔術士が治療を担当していたのは……偶然かしら?」
「……偶然だろう」
……まあ一つ目はこんなモノか。
「じゃあ二つ目」
二本目の指を折る。
「何でエイミアは、ドノヴァン家の存続がかかるほど重要な書類を持ち出せたのか」
「そうだ……あの愚か者が! あいつのせいでドノヴァン家は……!」
……本気で怒ってる……わけじゃないわね。この大根役者は。
「エリート……じゃなくてエリトさんから聞いたんだけどさ、書類が保管されていた金庫ってスゴいセキュリティが厳しいんですって?」
「…………」
「あんた自身と執事が持っているカギ、十二桁の暗証番号、そして魔術によって登録されたあんたの指紋……これらが揃って初めて金庫が開くって聞いたわ」
「それがどうかしたか?」
「あのねえ……そんな厳重なセキュリティを掻い潜る術、エイミアが持ってるわけないじゃないの」
「! ……で、電撃で破壊していきおったのだ!」
「あらそう? エリトさんは『ドラゴンを以てしても破壊できない』って断言してたけど?」
「っ………知らん」
だんだんボロが出てきたわね。
「じゃあラスト。三つ目」
最後の指を折る。
「なぜガードナー伯爵がこの大会に参加したのか」
「何故だと? そんなモノはガードナー伯爵本人に直接聞くが良い」
「もちろん、本人に問いただしました」
「!?」
「ただいまゾンビ業に忙しいからね〜〜……死霊魔術士の命令で、全部ペラペラとしゃべってくれたわよ」
「う……あ……あ……」
ガードナー元伯爵によると……エイミアの親父さんとガードナー伯爵は、ある利権を巡って対立していたらしい。そんなときにドノヴァン伯爵邸でエイミアを見かけたガードナー伯爵が一目惚れしちゃったのだとか。
「で、エイミアを嫁に出すのと引き換えに利権を渡すように掛け合って、話を纏めた……」
「…………」
「……変態が勝手に……違う?」
……親父さんは項垂れるばかり。
「それであんたは考えた。利権を確保し、エイミアを守る方法を。そして考え出した方策が、今回のマラソン大会を利用してのガードナー伯爵の暗殺と……自分自身の失脚だった」
一冊の本を取り出す。
「警備隊の人があんたの泊まってた部屋から発見した日記だけど……これで答え合わせする?」
「もういい。儂の負けだ」
……やっぱり……。
「ガードナー伯爵の暗殺はともかく……なぜ自ら失脚することを企んだの?」
「ここまで来たら全て話すが……誰にも言うでないぞ?」
「……わかったわ」
「……全てはエリトにドノヴァン家を継がせ、エイミアを自由の身にする為だ」
「……なぜエリトさんに? 長男がいるじゃない?」
「あのような変態に家を継がせられるか!!」
……確かに。
「イテリーの母親はガードナー伯爵家の血筋だ。それを無視してエリトに継がせる事は不可能なのだ」
貴族の体面ってめんどくさいわね。
「ガードナー伯爵とは何かと因縁があってな……何かと我が家に無理難題を押し付けてきおる」
「もしかしてガードナー伯爵家のほうが格が上?」
「無論だ。王家の外戚になる」
そりゃ格上になっちゃうわな。
「……利権とエイミアの件も……ガードナー伯爵のごり押し?」
「そうだ。イテリーが後継になったのはガードナー伯爵の意向でもある」
……イテリーとガードナー伯爵家は裏で繋がってるわね。
「こう言っちゃあ悪いけど、あんたも一応当主なんでしょ? 少しは抵抗するなりしようと思わなかったの?」
「それはそうだ。儂が正気だったなら当然何かしらの抵抗はした」
正気だったならって……まさか。
「あんた……いつからイテリーに操られていたの?」
「……操られだしたのは五年ほど前だ」
五年って、そんなに長いの!?
「いつも操られていたわけではない。普段はある程度なら自由に行動できた」
「ある程度ってことは……イテリーに手を出す、とかいうことは制限されていた?」
「うむ。ああ見えて用心深くてな……」
「しっかし……実の父親を操るとは……」
「イテリーの操りの術は同じ≪蓄電池≫を持った相手にしか通用せん。しかも長時間の準備が必要でな。だから儂に白羽の矢が立ったのだろう」
エイミアは家を飛び出してたし、エリトさんは独立してたから大丈夫だったのね。
「そういえば、エイミアの身代わりになってくれたのは礼を言うわ。全く抵抗しなかったわよね?」
「お前達が何をしようとしているかはわからなかったが、エイミアを心底心配している事はわかったのでな、信用してみようと思っただけだ。まさかエイミアの姿に変えられるとは思わなかったが……」
私達がエイミアの親父さんを誘拐したんだけど、妙に素直についてきたから「おかしいなぁ……」とは思ってたのよ。私達のほうが一杯食わされていたのか。
「どうだった、変態の反応は?」
「儂の姿に戻った瞬間、泡を吹いて気絶しおったぞ」
しばらく二人で笑った。変態の間抜けな顔が目に浮かぶ……。
「でもいいんですか? このままだとエイミアに誤解されたままですよ?」
「構わぬよ。今更エイミアと和解など出来るはずもない。それに、儂が法に触れる事をしているのは事実。合わせる顔がない」
「イテリーも違法行為に関わっていた以上、捕縛は免れない。事実上ドノヴァン家は断絶……だけどエリトさんの分家があるから」
「全く問題はない。これで儂も思い残す事はない」
「……最後に一つだけ。なぜエリトさんとエイミアにそこまで思い入れが?」
「エリトに関しては能力面を考えた上で、イテリーより優れていただけの事」
……ドライですこと。
「エイミアは…………母親によく似ているのでな」
「母親にって……エイミアの?」
「……あれには……何もしてやれなかった……」
そうポツリと呟いたエイミアの親父さんは、ひどく背中が小さく見えた。
今回の事件の黒幕は、ガードナー伯爵家と結託したイテリーだった。
イテリーは裁判ののち、絶海の孤島へ終生流刑となった。いろいろと悪い事をしていたらしい。
エイミアの親父さんは出家して僧になるそうだ。刑というよりは、本人が望んだ……という事らしい。
これが……エイミアと親父さんの……最後の顔合わせとなった。