第二十一話 ていうか、サーチ御一行の大根芝居の始まり始まり……悪かったわね!
「……た、大変ですーー!!」
「ん……? あ、サーチさん。どうかしましたか?」
ちょうど依頼主の実行委員会さん! 渡りに船だわ!
「だ、だ、第七区で、と、盗賊がーー!」
……我ながら大根演技だ。
「盗賊ですと!? 数は!?」
「把握しきれないほどの数です! 今は私の仲間とたまたま通りかかったガードナー伯爵が応戦しています!」
「な、何という事だ! すぐに警備隊に向かってもらいます!」
「すいません、お願いします! 私は仲間の救援に行ってきます!」
「わかりました……実行委員会は全員集まれえ! 緊急事態だあああ!」
依頼主も大慌てで人を集め出した。それを尻目に私は慌ただしい場を抜け出した。
「……ご苦労様です、サーチ」
「OKよ。いま大慌てで警備隊を呼んでるわ……それよりガードナー伯爵は? うまくいった?」
「ええ。何の問題もありませんよ……ほら」
どれどれ……あ、ホントだ。すげえ。
「これならインパクト抜群ね。リルにも知らせてある?」
「さっき事情を説明しておきました」
よっし、準備万端! って、忘れてた。
「エイミアには?」
リジーに念話して聞いてみる。
『連れてくると騒ぐだけっぽいから、一発殴って倉庫に入れた』
……めっちゃ不安だけど……まあ、いいか。
「それじゃあ作戦開始よ! みんな気張っていくわよおおっ!」
「「『おーーっ!』」」
……わざわざ念話で参加してくれたリジーが一番不安なんだけど……。
ザッザッザッ!
「盗賊はどこだ!?」
「盗賊とはいえ、大軍が相手だ! 油断するでないぞ!」
「ふふふ、腕がなるぜ!」
お、来た来た。
「いい、ちゃんとダレた顔をしてね。特にリジーは気をつけてよ」
「ん……気を付ける」
どさくさに紛れて合流したリジーは普段の無表情が祟ってしまい、こういうシチュエーションには不向きだ。
「もっと眉を下げて。口はもっとへの字にして」
「眉を下げて……口をへの字に?」
リジーは何かゴニョゴニョと呟くと、後ろを向いた。
「……リジー?」
しばらくモソモソしてたけど、少ししたら振り向いた。
「……?」
「眉を下げればいい? こーーんな感じで……」
するとリジーの顔の眉が……下がった!? ていうか眉そのものが移動した!?
「ぎゃあああ! キモいキモい気持ち悪いいいっ!」
「さらに口はへの字ね」
へ!? ま、真一文字の口が……曲がっていく!?
「な、な……」
「『へ』なら、ひらがなでもカタカナでもおk」
どっちも同じだよ! ていうか、何で「おk」を知ってるんだよ!
そんな様子をため息混じりに見ていたヴィーが。
「リジー、止めなさい」
頭の蛇をリジーの背後に伸ばし、尻尾に噛みついた。すると……。
「うっきゃああああああ!!」
突然叫び声をあげるリジー。そして。
ボワンッ
リジーの顔から煙が上り、普段の無表情な顔が現れた。こ、これは……!
「あ、あんた……≪化かし騙し≫を使ってたわねええっ!」
瞬時に頭に血が上って、リジーの背後から組み付き。
「うぐ!?」
「天誅ぅぅぅぅ!」
ギリギリ! メキメキメキ!
「んぐぅぅぅ! ぎぶぎぶぎぶぎぶ!」
渾身のコブラツイストでリジーを締め上げる!
「私を化かすとはいい度胸ね……! 全身の骨、バッラバラにしてやる!」
「ひええ死ぬ死ぬ死ぬぅぅぅ……!」
ギシギシギシミシィ!
「サーチ、ストップです! ここでリジーを脱落させてしまうと、今回の作戦の根幹が揺らぎますよ!」
……あ、そうだったわね。
「つい勢いでやっちゃったけど……大丈夫?」
「…………」
「……なわけないか」
……ヴィーが大至急≪完全回復≫をかけなかったら……危ない危ない。
「サーチ姉、からかったのは悪かったけど……黄色いお花畑が見えたよ?」
悪かったって!
「それよりも……頼むわよ……」
「わかりましたよぅ」
そう言ってリジーは集中し≪化かし騙し≫を発動させる。今からやってくる警備隊を包むように、幻の霧が広がっていく……。
「こっちです! こっち!」
「うむ! 盗賊はどうしたのだ!?」
「ぜ、全滅させました!」
「な、何ぃ!?」
リジー、頼むわよ!
「ほら……ほらほら! 足元にいっぱい……」
「む……? うおっ!?」
警備隊の足元には無数の死体が転がっていた。
「な……す、すごい数だな」
「これだけの数を……誰が倒したのだ?」
「それは私達と……」
私は後ろを指差す。
「ガードナー伯爵です」
指差した先には、どこかの拳王みたいに仁王立ちするガードナー伯爵がいた。
「ガードナー伯爵!? ご無事ですか!」
警備隊が駆け寄って声をかけるが、微動だにしない。
「ガードナー……伯爵……」
「……絶命しておられます……」
よし、今が攻めどころ!
「ガードナー伯爵は……『女子供が戦に手を出すな!』と仰って……一人で全ての盗賊を相手にされて……」
「私達を最後まで守りぬいて……立ったまま往生されました……」
ヴィー、ナイス演技!
「うえ〜ん、ガードナーのおじちゃ〜ん、うえ〜ん」
……リジー……あんたは黙ってなさい。
「な、何という事だ……これだけの盗賊を相手に、女子供を守る為に……」
あ、警備隊の人が泣いてる。ちょっと心が痛む。
「それにしても、何て穏やかな顔で……やり遂げて満足なさったのだろうな……」
「うぅ……ガードナー伯爵こそ、貴族の中の貴族だ!」
「そうだ! いい噂のなかったガードナー伯爵だが、真の姿は違ったのだ!」
いえ、噂通りの筋肉バカです。
「ガードナー伯爵こそ真の英雄なり! 総員、伯爵に向かって敬礼!」
ザザッ!
おお、敬礼がビシッと決まった!
「うぅ、伯爵……あなたのことは忘れません!」
「あなたに頂いた命、大切にします」
「うえ〜ん、うえ〜ん」
……こうして。
身を挺して弱き者を守り抜き、立ったまま大往生を遂げたガードナー伯爵は伝説となった。
民衆からは「貴族の中の貴族」として慕われ、貴族達からもお手本として尊敬を集めたという……。
エリートさんの護衛に復帰してから、ヴィーに念話する。
「それで? ガードナー伯爵と盗賊の死体はどうしたの?」
『ガードナー伯爵の御遺体は、警備隊の皆さんが「こちらで丁重に埋葬致します」と言ってましたけどお断りしました。盗賊のは全て焼却処分です』
「そう」
『あ、ちょっと。割り込まないで……ザザッ! プツン』
「あれ? ヴィー? もしもー『きぃぃさぁぁまぁぁ!』 うわびっくりした!」
突然男の大声が割り込んできた。この声は……。
「何よ伯爵。何が不満なの?」
『不満だらけに決まっているだろう! 斬り殺された上にゾンビにされ、死霊魔術士の小間使いにされて満足する馬鹿がいるかあっ!!』
そう。ガードナー伯爵は死んだんだけど、生きていたりする。
ヴィーの伝で秘密の村の死霊魔術士にお願いして、ガードナー伯爵をゾンビにしてもらったのだ。あとは『か、身体が分かれたままではないか!?』とゴネる伯爵の要望に応えてヴィーに身体を治してもらった。
あとは死霊魔術士の命令で、あの場に不動の体勢で立っていてもらっただけ。当然伯爵は死体だから、警備隊がどれだけ調べようが呼吸もしてないし心臓も動いていない……というわけ。
ちなみに、警備隊の足元に転がってた盗賊の死体は、リジーの≪化かし騙し≫による水増し。
『貴様達……絶対に許さないからな……』
『ちょっと、手が止まってる。ちゃんとマッサージしなさい』
『あ、はい。申し訳ありません………ぬおおっ! 伯爵たる俺様が何故このような……!』
ゾンビにとって死霊魔術士の命令は絶対だからね。
『手が止まってるって言ってるでしょ!』
『も、申し訳ありません』
ガードナー伯爵、死霊魔術士のマッサージ中ですか。
『それじゃあね、へヴィーナ。優秀な人材をありがとね〜〜』
『く、くっそおおおっ!』
プツン
「……あれはあれで大丈夫そうね」
『これで建前上はガードナー伯爵は存命ですから……何の問題もないですよ』
ま、何とかなったか。
『リジー! リジーはどこに行きました!? 人を殴って閉じ込めるなんて……! リジー! リジー!!』
……エイミア以外は。