第十三話 ていうか、いよいよ最終五区! このままだと筋肉バカが優勝してしまう……!
リルが護衛に復帰してからも、散発的に矢が飛んでくる程度。矢が放たれると数分の内には聖術が飛んでくるか私が襲撃してくるもんだから、攻撃回数も徐々に減っていき。
マラソンが第五区に舞台を移す頃には、すっかり鳴りを潜めてしまった。
「どう? 怪しい連中は?」
『全く見当たりませんね……。意外と呆気ないような気もしますが』
「油断しちゃダメよ。第五区はパンドラーネマラソンの最大の難関。すぐ近くに闇深き森があるくらいだから、モンスターの心配もしなくちゃならないしね」
『闇深き森のモンスターでしたら、陛下に頼めば抑えが効くのでは?』
「うん、マーシャンには頼んである。だから心配はないとは思うんだけど、そこは念のためにね」
そのとき、念話水晶から信号が入る。これは……エイミアか。
「ごめん、エイミアから念話が入ったから」
『……わかりました。また後程』
そう言って念話を切るヴィー。なんで名残惜しそうな返事なのかな?
「……はい。サーチだけど」
『すいません、少しいいですか?』
「……何かあったの?」
『良くない知らせです。現段階での順位が発表されたんですけど……』
「まさか……筋肉バカのチームが一位?」
『はい。名目上は「新大陸ギルド親善チーム」となっていますが、帝国に影響力を持つ父の事です。おそらく選りすぐりのメンバーを揃えたのだと思います』
親善目的で派遣されたチームメンバーを思い通りにできる手腕があるのなら、何で自分の領地を豊かにできないのかしらね……。
『今第五区を走っているのは、新大陸でNo.1と言われている選手です。このままですと……』
……筋肉バカの勝利がカタいか。
「エリートさんの順位は?」
『えっと……ドノヴァン領ギルドチーム…………あ、凄いです。第五区で五人抜きをして、現在三位です』
マジでスゴいなエリートさん! マラソン選手で食っていけるんじゃね!?
『エリト兄さんの≪蓄電池≫は身体能力の向上に特化してますので、走りながらの回復はお手のものです』
そっか、エリトさんは特化してるのか…………ん? 特化!?
「ちょっと待って。同じ≪蓄電池≫でも、個人差があるの?」
『え? そうですよ。同じスキルでも個人差があるのは普通じゃないんですか?』
同じスキルでも……個人差がある? なら私の≪偽物≫も通説と同じとは限らない……?
『……? サーチ、どうしたんですか?』
「あ、ごめん。教えてくれてありがと、エイミア」
『いえ。それじゃ任務に戻りまーす』
……一位か……マズいな。
とりあえずリルと連絡をとらないと……。
『……ムリだな。これ以上はペースは上げられないらしい』
……やっぱり。
ていうか、たった一人で四区画走り抜いて、しかも三位まで追い上げてるだけでもスゴいんだけどね……。
『二位のケツは見えてるんだが、筋肉バカのチームは全く見えねえ。相当速いメンツでチーム組んでるな』
……町単位の選抜と大陸単位の選抜じゃ、差があって当たり前だわな。
「とりあえずリルはレースに集中して。私は一度筋肉バカチームの様子を見てくる」
『わかった』
念話を切ると同時に、少しため息をついた。
「……真剣勝負に横やりを入れたくないんだけど……仕方ない」
『トップの新大陸チーム、速い速い! 残り3㎞を過ぎた辺りからラストスパートをかけてきました!』
『流石に新大陸No.1の呼び声高い選手です。他のギルドの選手とは、走り方そのモノが違いますね』
『このまま行けば栄光のゴールテープを切るのは新大陸チームとなりそうだ! 優勝候補のブルスク、今年は敗れるか!?』
プシュッ
プスッ
「むっ? ……っ……」
『おっと? 急にふらつき始めた! これは脱水症状が?』
ふらふら〜……バタッ
『倒れた〜〜! これは思わぬアクシデント! 新大陸チーム、ここで初制覇の夢が潰えるのか?』
「……よし、これで十分くらいは時間を稼げるかな」
≪偽物≫で作った筒を霧散させて呟く。
爪楊枝の先に即効性の眠り薬を塗って、吹き矢の要領で選手の首筋に刺したのだ。七発目でようやく当たった。
「爪楊枝は……放置で。まさか吹き矢に使ったとは思わないでしょ」
これ以上証拠を残すのは悪手だ。さっさと引き上げよう。
「おい、この首筋に刺さってる爪楊枝!」
「ま、まさか爪楊枝に毒が!?」
ちょ、ちょっと待ってよ! まさか気づかれた!?
……あ、選手の治療をしてる係員、エルフだ。やべ。
「爪楊枝に問い掛けてみろ」
「わかった。……≪樹の記憶≫」
エルフは植物から記憶を引き出す魔術が使えるんだった! 爪楊枝から私のことを辿られる!
「仕方ない……≪毒生成≫、強力な眠り薬!」
ぶふーぅ
「……な、何だ、この眠気……ぐぅ」
「し、しまった、風上から毒が……ぐぅ」
……ちょうど風上だったから助かった。今のうちに爪楊枝を回収しないと……。
「……よし、七本あった。これでOK……あれ?」
沿道の人達が……。
「……ぐぅ」
「……ぐぅ」
「……ぐぅ」
しまった、毒を大量に吐きすぎたか。風に乗って流れてっちゃった。
「……ぐぅ」
「……ぐぅ」
やべえ。ゴールにいた係員まで。
「……ぐぅ」
「……ぐぅ」
ぎゃあ。ゴールに詰めかけてた人達まで。
『……ぐぅ』
『……ぐぅ』
うぎゃあ! アナウンサーと解説者まで寝ちゃったよ!
「……ていうか、私以外みんな寝ちゃったじゃない……」
…………逃げよう。
「……? ……誰か倒れているな?」
「ん? この人は一位の選手ですよ」
「な!? 何があったんだ……大丈夫か?」
『リル、聞こえる? リル!』
ん? サーチか?
「何の用だ? 今、コース上に人が倒れてて」
『そう、そのことなんだけど……』
サーチから事の次第を聞く。お前何してくれてんだよ……。
「……このままじゃ、大会自体がおじゃんじゃねえか……」
『大丈夫。審判から、アナウンサーから、解説者から、みんな寝てるから』
「やり過ぎだよ!」
『あと二三分で目が覚めるはずだから、それまでにゴール内に入っちゃって!』
き、きったねえ!
……でも……エイミアのためだ! 仕方ねえ!
「エリト様! 今のうちにゴールへ!」
「な、何!? この者達を見捨てろと言うのか!!」
「寝てるだけですから! サーチが犯人ですから!」
「……どういう事だ?」
「も、もう時間がねえ! 早く! こっちこっち!」
「お、おい!? 急に手を引っ張るな!」
私は急いでゴールテープを切った。
『……っ……ううん……あれ? な、何が?』
『あ、あれ? いつの間に寝ていたのでしょうか? あ、あああ! ゴールです! ゴールしています!』
『あ、本当です! 何と言う事だああ! ドノヴァン領ギルドチームの大逆転勝利ぃぃぃ〜〜!!』
「ち、違う! 私は……」
「エリト様! エイミアのためだ! それぐらいガマンしろよ!」
「! ……わ、わかった……」
こうして。
エリートさんは、無事に優勝した。
「そしてリルは、なにげにエリートさんと手を繋ぐという快挙を」
「ニャアアア!! 余計なことを言うんじゃねええっ!!」
「ついでにエリートさんにタメ口を」
「アニャアアアアア!?」
……リルは萌え転がった。