第十二話 ていうか、無事にレースは続いているけど、疲れはててたはずのリルが急に!?
第二区も終わり、もうすぐ第三区の半ば。マラソン(駅伝)大会も、残り半分。
『サーチ、一つ聞いていいですか?』
「何?」
コース側の住宅街の屋根を飛び移りながら、ヴィーからの念話に応える。
『他のチームは各区間に一人ずつ選手がいるのに、何故エリトさんは交代せずに走り続けているのですか?』
「たぶんエイミアの親父さんの妨害で、選手を集められなかったんじゃないかな。それにこのマラソン大会では『人数が集まらなければ一人で複数の区間を受け持ってもいい』っていう規定があるから、ぶっちゃけ一人で全区間走っても問題ないわよ」
『いやいや、一人で全区間走るって……いくら何でも無茶なのでは』
「大丈夫大丈夫。エイミアのお兄さんだよ? 絶対に≪蓄電池≫受け継いでるって」
「はっ、はっ、はっ、はっ」
「大丈夫なのか、リルは」
「は、はい。体力は、自信、あります」
「ならば良いが……無理はするなよ」
………。
エ、エリト様……どんだけ体力あるんだよ!? もう50kmは走ってるぞ……。
「……≪蓄電池≫の応用で、体力を回復させながら走れるはずだから」
『そうなのですか。便利なスキルですね』
……あんたの≪怪力≫や≪石化魔眼≫も十分に便利だと思うわよ。
「問題はリルね。いつまで体力がもつか……」
『私が遠隔聖術で≪回復≫をかけましょうか?』
あ、その手があったか。
「うん、お願い。たまに様子見てツラそうだったら治療してあげて」
『わかりました。では一度治療しますので、一旦切ります』
「はいはーい」
私が返事をすると、ヴィーはめっちゃ名残惜しそうに念話を切った。
「……ていうか……全部ヴィーからの念話だったよね……?」
半分以上どうでもいい念話だった気がするけど……ま、いいか。
「はー、はー、はー」
やべ……結構キツくなってきたな。でもエリト様の前でみっともないとこは見せられないし……。
『手早く≪回復≫』
何だ? ヴィーか?
……と、思いきや……。
「お……おおおおおっ!?」
や、やべえ! 今までの疲れがウソみたいに治りやがった!
「すげえすげえ! 身体が綿みたいに軽いぜ!」
走りながらジャンプしまくる。足の痛みまで治ってるぜ!
「ひゃっほおぉぉっ!! ちょっと突っ走ってくるか!」
昔みたいに全力でいくぜぃ!
「おい!? 待っ……」
後ろで声がした気がするけど、気にしねえぜ!
「あ、あのバカ何やってんのよ!?」
急にジャンプし出したかと思ったら、全速力でどっかに走ってっちゃったよ!?
「リル! 何やってるのよ! リル!?」
……返事がない。ただのハイ状態のようだ。
『サーチ、リルはどうしたのですか!?』
「わかんない! いきなりハイになっちゃったのよ……ねえ、≪回復≫ってかけ過ぎると、深刻な禁断症状が出るようになったりしない?」
『そんな中毒性はありません! たぶん急激な回復によって精神的にハイになっているだけです!』
「じゃあ軽ーくショックを与えれば治る?」
『確かに治るでしょうけど! あんな高速で動くリルに聖術を当てるなんて不可能ですよ!』
……っ〜〜!! なら仕方ない!
「私がエリートさんの護衛につくわ! ヴィーはバックアップをお願い!」
『わ、わかりました!』
舌打ちして茂みから飛び出した。
「……ん? お前はサーチだったか?」
「リルのバカがどっか行っちゃったので、しばらく私が護衛につきます」
「……わかった。しかしリルには驚かされるばかりだ……」
でしょうね! 突然矢を手掴みしたり、それを投げ返したり。おまけに今回は飛び跳ねまくったあげくに、突然の全力疾走……ていうか失踪だし。
「リルのことは忘れてください。それより……!」
ギインッ!
「自分自身の安全を第一に考えて!」
瞬時に盾を作って、飛んできた矢を弾く。
「……父も今回は本気で殺しに来ているな」
「今回は?」
「少し前から実家に戻るように言われていた。どうやら傾いた財政を、私に立て直させるつもりらしい」
「もしかして……突っぱねた?」
「当たり前だ。何が悲しくて、無能な父達の援助をしなければならぬのだ!!」
……それで逆恨みしたってわけか。たく、質が悪い……。
「完全に相手が悪いけどさ、あんたも人との付き合い方ってのを考えなさいよ? 相手は腐っても本家なんだから、権力的には相手が上でしょ?」
「そ、それは……まあ……」
「自分より格上の相手を打ち負かすのなら、相手より格上の後ろ楯を得るか、情報を操る術を身につけておくこと。それがないのなら力を得るまではグッと耐えなきゃ」
「そう……だな。肝に銘じておく」
……惜しい人。
才能もある。良識もある。他人の意見を聞ける度量もある。あと、この人を活かせる環境さえ整っていたならば……稀代の名君となったでしょうね。
でも……私の予想通りなら、もう手遅れだ。
「エリートさん、ごめんなさい!」
どんっ
「なっ……!」
ドス! ドスドス!
元々エリートさんが走ろうとしていたコース上に、複数の矢が突き立つ。飛んできた方向から考えても……あの塔の上か!
「ヴィー! 右側の塔の上にいる連中」
ズドオオオンッ!
『吹っ飛ばしておきました』
あ、ありがと……早いわね。
「すまない、助かった」
「いえ。それよりエリートさんは無事にゴールすることに集中してください」
「わかった。しかしエリートではなくエリトなのだが……」
エリートさんのボヤきをサクッと無視して先に進む。
『サーチ、リルが体力が尽きたらしいです。足が止まりました』
「わかったわ。ならややキツめのを一発お見舞いしてやって」
『わかりました』
「……リルを捕捉したので、少々お仕置きします」
「お仕置き?」
ドゴオオオオン!
「……お、おい。私には少々どころには見えない爆発なんだが……」
「き、奇遇ですね……。私にもそう見えます……」
……ヴィー……ホントに手加減したんでしょうね?
『殺傷能力は全くありませんから、心配はいりませんよ』
「ウッソでしょ!?」
あれ絶対に致命的な爆発よ!?
『今頃激しいくしゃみをしているだけです』
激しい……くしゃみ?
「……一体何を爆発させたのよ……」
『聖術で集めた花粉と、近くに実っていた胡椒の実を少々』
……あ、そういうヤツか。
「ゲホゲホゲホ……は、離れて……ゴホゴホゴホ……すいませんでした……ぶあっくしょい!」
ぶあっくしょいって……ずいぶん豪快なくしゃみね……。
「……顔が酷い状態だが、大丈夫か?」
「大丈夫でず……ずびーっ」
汚いわね。