第八話 ていうか、今日はマラソン大会のコースを下見。
リルの色恋沙汰については、今はそれどころじゃない! ということで棚上げされた。
マラソン大会まであと数日。まずはコースの確認からすることにした。
ちなみにエイミアとリジーは別行動。特にエイミアには重要な役回りを担ってるから、自身の魅力を最大限活かしてがんばってもらわねば。
「じゃあ、いかにもランニングしてます! ……って雰囲気を出してね」
昨日みたいに間者が潜んでいる可能性がある。ちょこちょこ監視の目も感じるし……気は抜けない。
「わかりました。それでこの格好なのですね」
私は上下に分かれた、ヘソ出しのランニングウェア。もちろん露出は怠らない。ヴィーも私に近いけど、上着だけは羽織った。寒いらしい。
そしてリルは……。
「……あんたさあ、何でそれを選んだの?」
「え? 最近貰ったんだけどさ、動きやすいぞ?」
……上下青色のジャージ。それはいい。問題ない。
けど……左胸とお尻の部分に貼られた「りる」と表記された名札は何!?
「これか? 縫いつけてあるから名札じゃねえぞ」
「それはどうでもいいのよ! そのひらがなで書かれてる、あんたの名前は何なのよ!?」
「はあ? ひらがな? 私の名前?」
……あ、そうか。こっちの世界で日本語が通じるわけないか……。
「ええっと……その……それは古代語よ!」
「何ぃ!? これ古代語なのかよ!」
しまった。古代語って言ったらマズかったんだ。
「そうなのか〜、古代語か〜……よし、気に入った! 私はこいつで走る!」
しまったああああ! 古代語マニアのリルには逆効果だったああああ!
「それにしてもそのジャージ、何処で手に入れたのですか?」
「ん? ソレイユから貰った」
ソレイユゥゥゥゥゥ!! あんた、絶対に面白半分でリルに渡したわねぇぇぇ!!
「…………魔王様、今頃笑い転げてますね…………」
……念のために念話水晶でソレイユに繋いでみたら……けたたましい笑い声が聞こえた。ヴィー、いい勘してます。
「ねえ、ヴィー。あんたから見て、あのジャージどう思う?」
「…………プライベートで着るなら楽そうですけど……あれで走る度胸はありません……」
……だよね……。
スタート地点から軽快にスタートした私達は、順調に足を進める。
とはいえ、私の『体力』の数値は決して高くない。速く走る必要はないから、早々にバテないようにリル達についていかないと。
「……あ、あれ? ヴィーは?」
私の後ろを走っていたはずのヴィーがいない。とりあえず止まって辺りを探してみると……。
「はひぃ……はひぃ……」
……バテバテのヴィーが街路樹にもたれ掛かっていた。
「ど、どしたの?」
「はあ……はあ……サーチも……リルも……速すぎます……」
そうだったかな?
「リル、だいぶセーブしてたわよね?」
「ああ。サーチに合わせてたからな」
……このパーティで一番『体力』が高いのは、やっぱり野生児のリルか。
「はあ……はあ……も、申し訳……ないのですが……出来れば……私に合わせて……もらえれば……」
そりゃもちろん。
「でも意外。ヴィーが『体力』低いとは思わなかったわ……」
「まあ、元々ヴィーは魔術士タイプだからな。『体力』が低いのは仕方ないさ」
……そうよね。種族スキルの『怪力』があるから、ついパワーファイターを連想しちゃうのよね……実際にステータスを見せてもらったら、完全な魔術士タイプのステータスでした。何気に『賢さ』No.1だった。
ヴィーに合わせてランニングを再開すると、私達と同じように走る人達が増えてきた。たぶん、大会に出場する冒険者だろう。
「……重くないんですかね、鎧付けたまま走って」
「そりゃあ……相当重いでしょ。けどモンスターの襲撃あり、たまに冒険者からの襲撃ありじゃ、装備なしってわけにはいかないわよね……」
たぶん鍛練の一環でもあるんだろうな。
「……絡まれるとめんどくさいな。少しペースを上げるか?」
「私はいいけど……ヴィー、大丈夫?」
「はあ……はあ……はあ……」
……ムリね。
「……まあ、各個撃破でいきましょうか」
「ねえねえ、お嬢さん達。一緒に走らぶべぇ!」
「……こんな感じに対処しましょ」
股間を押さえて踞る男を蹴飛ばして、私は走り出した。
「ラ、ランディ大丈夫か!?」
「こ、このアマァ! 下手に出てりゃあ、いい気になりやがって!」
「思い知らせてやる!」
「……おい、サーチ。お前の対応は問題があったみたいだぞ」
「じゃあ聞くけどさ、どういう対応が正解だったわけ?」
「……そ、それは……」
「私が石化すればよかったのでしょうか?」
「「いや、それはもっとマズい」」
そんなことを言い合いながら走っていると、男達がだんだん近づいてきた。
「……意外と足が速い連中ね」
「あいつら全員盗賊だ! アサシンや武道家並みに速いぞ!」
こっちにはヴィーがいるから、追いつかれるのは必至か……。
「……仕方ない。ぶっ飛ばしますか」
「……そうだな」
「はあ……はあ……そうしましょう……」
撃退するつもりで、足を止めた……んだけど。
どかっ! ばきっ! ずどむっ!
「うげえっ!」「がはあ!」「ぐああ!」
ドサッドサドサッ
私達が手を出す間もなく、男達は地面に倒れていた。
そして、私達に背を向ける男が一人。
「え……? な、何でここに……?」
「ニャアアアッ!」
犬みたいに尻尾をブンブン振りまくり、喜びを全身で表すリルの反応で誰か丸わかりだ。
「な、何でここにエリートさんが……?」
「エリートじゃない。エリトだ」
「……それじゃ、毎日このコースを走ってたんですか?」
「戦いを始める前に戦場を確認しておくのは定石。当たり前の事をしていただけだ」
……その当たり前のことをせずに負ける人のほうが、圧倒的に多いんですよ。
「スタートから5kmの地点にある林、18km付近にあるスラム街、そして25km辺りから臨める教会の尖塔。この三点を重点的に調べていた」
! ……へぇ……。
「どの箇所にも、人が踏み込んだ形跡が見られた。襲撃を警戒するなら、この三点を警戒すべきだな」
このお坊っちゃん、単なるボンボンじゃないわね。かなりの場数を踏んでいるわ。
「ただ、それ意外の場所も……」
「勿論、警戒を怠るつもりはない。しかし私も戦いに秀でているわけではないのでな、一日中警戒するだけの集中力に不安がある」
……まあ、普通ならそうよね。
「そのための護衛です。安心して背中を任せてください」
「うむ、頼む」
……あ、そうだ。
「獣人であるリルは、相手の気配を探るのは得意です。エリートさんがよろしければ、リルを専属の護衛として張りつかせますが?」
「ニャ!?」
「そう……だな。そうしてもらえるとありがたい」
「ニャニャ!?」
……こうして、リルはエリートさんの専属護衛になった。
「エリートではない、エリトだ」
……はいはい。