第五話 ていうか、リルのお兄様、エイミアのことでいろいろとお悩みで……。
「「「…………」」」
「……どうかしたか?」
「い、いえいえ! 何でもございませんわよ……オホホホ」
……やべえ。こいつ、マジでやべえ。
エイミア顔の男が、ここまでの危険物になるとは……好みかも。
ギュムッ!
「いったああい! な、何で足を踏むのよヴィー!」
「何でもありませんよ! フンッ!」
な、何を怒ってるのよ……! ていうか、リル! 何で生暖かい視線を向けてくるかな!?
「……で? 君達は私の部屋に喜劇でもしに来たのか?」
「あ、いえ、違います。さっき言った通り、一度挨拶をと思いまして」
「挨拶? なら不要だ」
ん? 挨拶が不要?
……まさか「下賤な民と話す事はない!」っていうオチ?
「私は君達の事をよく知っているのでね。ビキニアーマーで黒髪の君がリーダーのサーチだろう?」
へ?
「後ろの茶髪の猫獣人がリル。ニット帽を被っているのがヴィー。此処にはいないようだが、狐獣人の銀髪の癖毛の子がリジー。そして……」
エイミア兄は自分の顔を指差し、苦笑いした。
「私と同じ顔をした風水士……妹のエイミアだ」
……こいつ……!
「……ま、まさかそれをわかってて……!?」
「解ってなかった、と言えば嘘になる。妹のパーティがパンドラーネに来ているのを知ったのは偶然だが、護衛に引き入れようとしたのは私の意思だ」
「エイミアをどうする気!? 事と次第によっては……」
密かに武器を作り出す。後ろの二人も、いつでも飛び出せる状態に。
「待ちたまえ。私は君達と事を構えるつもりは全く無いし、妹をどうこうするつもりはない」
「……それで信用しろっての? 口では何とでも言えるわよ」
「そうだな……。ならば、これならどうかね?」
ガチャッ
そう言ってエイミア兄は、机に置いてあった短剣を床に放り出した。
「……?」
「ま、まさか……いいのかよ!?」
「ここまでしなければ、君達には信用してもらえないと判断した」
「…………わかりました。どうか短剣を拾って下さい。私達も戦う意思はありません」
「……わかった」
「……ねえ、ヴィー」
「何ですか、サーチ?」
「……何で武器を捨てたの?」
……私以外がズッコケた。な、何でよ!?
……その後、貴族が武器を捨てるということは「降伏する。命はお前に預ける」という意味になるそうだ。つまり「煮ようが焼こうがこっちの自由」というわけで、貴族にとっては最も屈辱的なことらしい。
「……まさか知らない者がいたとは……」
ごめんよう。
「兎に角。事情はお話し頂けるのですね?」
「無論だ」
「まず聞きたいことがあるんだけど……」
「何だ?」
「怒らないで聞いてね。エイミアが家を飛び出すきっかけになった、風呂を覗いた兄貴って……」
「長兄だ。どうしようもないスケベなクズだ」
なるほど……。
「じゃあ、あなた自身はスケベ兄とお父さんとは……」
「絶縁しているが……それがどうかしたか?」
「良かった、まともな人だわ〜〜」
「これでエイミアがやらかしたことも、バレても問題ないな」
「あの、サーチ? リル?」
「これで護衛対象がスケベ兄だったら、暗殺するしかなかったわよね」
「エイミアが超重要書類を売っちまったなんてバレれば、マジでそうするしかなかったかもね」
「サーチ!! リル!!」
「「何よ!?」」
「……考えてる事が、全て口から出てますよ」
……へ!?
「すまぬが……妹が持ち出した超重要書類とやらの繊細、詳しく教えてもらおうか……」
「「あ、あははは……」」
……またまた……やべえ。
「そうか、領地と爵位の証明書を……」
「あ、あの! どうか、エイミアを罪に問わないでやってください! 取り返してこいってことなら、私が責任を持って強奪してきますから!」
「いや、強奪してきてもらう必要はないし、妹に罪を問うつもりは更々ない」
「……はい?」
「先程も言ったが、私はすでに実家とは絶縁し、ドノヴァン家の分家として独立している。私個人でも、領地はないが子爵の爵位を持っている。本家がどうなろうと知った事ではない」
「……本音は?」
「ざまあみろと言って、指差して笑ってやってもいいくらいだ」
そ、そっか……。
「「た、助かったああ……」」
「……私だから良かったが、喋る内容はよくよく考えるようにな」
……返す言葉もございません……。
「それでなぜエリートさんは、このマラソン大会に参加されるんですか?」
「エリートではない。エリトだ」
……ややこしい名前ね。
「失礼しました。それで、なぜエリトさんは……」
「……父と兄の事を知っているな? 人柄をどう思う?」
「人柄ですか……」
「率直に言ってくれ。遠慮はいらん」
「どうしようもないクソ野郎の二乗」
「そ、率直だな……」
あんたが率直に言えって言ったんでしょ!?
「だが的を得ている。父はどうしようもない俗物だったが、長兄はそれに輪をかけたような輩だ」
「……でしょうね。じゃなきゃエイミアがあそこまで嫌がるわけないし」
「それだ。それが問題なのだ」
「……は?」
「実は……父が妹に縁談を持ち掛けてきたのは知っているだろう?」
……そうだっけ?
「そういやあ、帝国にいたときにそんなこと言ってたな」
「あのバカ……おほんっ! 父は手当たり次第に声をかけてな……。そのうちの一人が非常に乗り気になってきたのだ」
「……どういうヤツ?」
「優しく言えば、体格の良い武芸に秀でた男だ」
「……本音は?」
「図体がデカいだけの戦闘バカだ」
……結構な毒を吐くわね、エイミア兄……。
「その戦闘バカがどうかしたの?」
「しつこいのだ」
……わかりやすい。
「何度も私が断わりをいれているのだが、諦めるという言葉を知らないらしく、更にしつこくしつこく……」
……ストーカーね。
「最終的には『縁談が進まないのは、全て貴様のせいだ』とか抜かして、私に斬りかかってくる始末……」
……何とかに刃物ってヤツを地でいってるわね。
「結局は上位貴族が仲裁に入る事で、その場は治まった。しかし諦めきれない戦闘バカは、私に賭けを申し入れてきたのだ」
「賭けって……まさか……」
「そうだ。それが今回のマラソン大会だ。戦闘バカも出場するのだが、私が勝てば妹の事は諦めるそうだ。だが……」
「戦闘バカが勝てば……縁談を進めるっつの?」
「いや……婚約したいと」
「何でそんな勝負受けたのよ!?」
「私ではない。父が勝手にな」
……ホンットにろくでもない……!