第三話 ていうか、マラソン大会実行委員会にポーションが売れました!
「ポーションを……譲ってほしい?」
「はい。当然代金はお支払いします。ですので、どうか! どうか!」
ちょっ!? 近い近い!
「何とぞ! 何とぞ!」
手を握るな、このバカ……!
「どうか! どうかお願いしぐぼげぇっっ!」
「ち、近すぎるんだよ! 少しは遠慮しろっての……って、あれ?」
何で下半身が石化して、頭から流血してるわけ? 私、腹パンしかしてないんだけど……?
容疑者を見ると、二人とも明後日の方角を見て鳴らない口笛を吹いていた。特にヴィーは「プスーッ、プスーッ」と音が聞こえてきて可愛い。
「二人とも、ありがと。けど……加減しちゃダメよ」
「おい、そこは『加減しろ』と言うべきとこだろ!?」
あ、そうだったわ。ごめんごめん。
「「はい! 一切加減しません!」」
「お前らも納得するな! 加減しろっつってんだよ!」
……久々にリルのつっこみが冴え渡った。
「た、大変失礼しました……」
頭を包帯でぐるぐる巻きにされた状態で、変な男は私達に頭を下げた。
「もういいわよ。それより何でポーションを売ってほしいわけ?」
「は、はい。実は今回のマラソン大会には、絶対に必要なモノでして……」
パンドラーネ・ギルド対抗マラソン大会は、マラソンと言うよりは駅伝に近い。決められた区間を走り抜き、タスキをリレーしていくのは同じ。ゴールまでの時間を競うのも同じ。
だけど、やっぱりこの世界はファンタジーなのだ。普通に走って終わりなはずがない……とのこと。
「走者同士の戦いは禁じられていますが……モンスターの襲撃は普通にありますので、武器は携帯していないと危険です」
ははあ……それはポーションが必要になるわけだ。
「つまり、モンスターとの戦いで傷ついたとしても、走るのを止めるわけにはいかない。だから走りながらでも治療ができるポーションが必需品ってわけね?」
「その通りです! 理解が早くて助かります」
「……ならば、何故事前に準備しなかったのですか? 実行委員会を名乗られている以上、必需品の事前の準備は当たり前の事だと思いますが」
「お恥ずかしい限りです。実は事前に町の道具屋に発注はしていたのですが……一昨日になって、急に用意できなくなったと……」
「な、何よそれ!? 完全に道具屋のミスじゃないの!!」
「はい、全くもってその通りで。それで道具屋に問い詰めたら、輸入品が届かなかったんだ、と」
輸入品?
「今回の発注数は二千本という大量の注文だった為、この近辺では調達できる数ではなかったとか。それで道具屋の伝を辿り、新大陸から輸入する形で発注数を確保したのだとか」
……し、新大陸!?
「まさか……帝国?」
「そうです。道具屋の話では、帝国の道具屋に問い詰めたところ『巨乳の美人が大量にポーションを買い占めていたので、つい売ってしまった』と…………あの? もしもし? どうされたんですか?」
……ヴィーに話相手を代わってもらい、エイミアの耳を引っ張って外に連れ出した。
「あ、あんたは何をしてくれてるのよ……!」
「ひえっ!? だ、だって、サーチが買い占めろって言ったじゃないですか!?」
「他の人が発注かけてたヤツまで根こそぎ買ってこいなんて、一言も言ってないっつーの! ……とはいえ、あんたの色香に惑わされた道具屋も悪いからね……今回はこれで見逃して」
「サーチ、どうやら帝国の道具屋は『釘棍棒と電撃の前に屈服した』と言っていたそうですよ」
「…………」
「いひゃい! いひゃい! いひゃい! いひゃみょーーーんんんっ!!」
「みょ、みょーーーんんん? 何の音ですか?」
「気になさらないで下さい。いつもの事ですから」
「は、はあ……」
エイミアを懲らしめている間、ヴィーとリルが交渉を進めてくれた。二人とも愛してるわよ〜♪
「へ? じゃあ相場の二倍で買ってくれるの?」
「はい。私は正規の値段でいい、と言ったんですけど……」
いやいや、せっかく二倍で買ってくれるんだから、そのまま売っとけ売っとけ。
「……サーチが悪い顔をしてますね」
「金が絡むとサーチは意地汚いからなあ……ニャッ!?」
「誰が意地汚いですって? 誰がパーティの経理を支えてると思ってるの?」
「わ、悪かった! だからヒゲを引っ張るのは止めて」
ぶちぶちっ
「あ」
「ニ゛ャア゛ア゛ア゛!?」
ご……ごめん、抜けちゃった。
「ヒゲが! ヒゲがあああああ……ぐす……ニャアアアアアア!! ニャアアアアアアアアアッ!!」
あ、泣いちゃった。
「……ヴィー、お願いしても……」
「…………結局こうなるのですね…………。まあいいですけど」
≪回復≫でヒゲが元に戻り、ようやくリルが泣き止んだ頃。
「サーチ姉、お客さんが途方に暮れてる」
「ああ、忘れてた!」
スゴく立場なさげにしていたお客さんを謝り倒し、再び交渉再開。
「それではポーションを全部買い取り、ということですね」
「は、はい。値段は先程の額で良かったのですね?」
「良いも何も! 文句なんて一切合切、カケラもございません!」
「そ、そうですか、助かります。以前発注していた道具屋からは、この値段の倍近い額で請求されましたからね」
「え……」
そ、そうなの? もう少しだけ……「吹っ掛けようとしても、もう駄目ですからね!?」……ちっ。
「それじゃあ、正式に契約をしましょうか。いつポーションを渡すか、支払いはどうするか……等々詳しいことも決めたいし」
「そうですね………あ、今さらなんですが、お互いに名乗っていませんでしたね」
「……あ」
そういえばそうだったわね。
「じゃあ私達から。私はサーチ。向こうから、ヴィー、エイミア、リジー、リル。パーティ名は船の底抜きです」
「船の底抜き!? まさかCクラスパーティの竜の牙折りですか!!」
「は、はい……元ですけど」
お客さんは何か考え込んでいる。な、何事?
「……この方々から、あるいは……」
何かブツブツと呟き始めたお客さんの死角に入る。
「ちょっと、あれに売って大丈夫だと思う!?」
「いや、危ないってアレは!」
「このまま逃げちゃった方が良くないですか!?」
「……石にしましょう。そうしましょう」
「ヴィー姉、それはもっとヤバいと思われ」
「あ、あのー……?」
あ、お客さんが元に戻った。
「はいはいはい、何でござましょうか?」
「ご、ござましょう……?」
気にするな。噛んだだけです。
「……ええっと……もしよろしくれば、依頼を受けて頂けないかと」
「依頼? どのような?」
「大会に参加する選手の、護衛を依頼したいのです」
出場選手の……護衛?