閑話 ハイエルフの女王と蛇の女王
「出てけええええ!!」
バターン!
「……結局、サーチに追い出されてしまいました……」
折角ダウロで購入した、お色気満点のネグリジェだったのですが……サーチにはお気に召さなかったようです。
「……寒……」
少し蛇の因子を含んでいるメドゥーサは、寒さに非常に弱いです。ネグリジェだけでは流石に寒く、急いで上着を取り出して羽織りました。
「……とても綺麗な月ですね……。今夜は第二の月が満月でしょうか……?」
始まりの月みたいに円形ではない第二の月は、満月になってもわかりにくいのです。
「いや、まだ満月には早いのう。第二の月が満月の場合は、もう少し凹凸が明るく見える」
「……! これはこれは、陛下がいらっしゃる事に気付かないとは、大変失礼致しました」
「……無理に丁寧に喋らずとも良いぞ? まだ外の世界に慣れてないお主には、皇族相手に話すのは難しかろうて」
……見抜かれてましたか……。
「……はい。では普段通りに話させて頂きます」
「そうするが良い。妾もそうするからの」
……妾……?
「陛下は……普段の話し方は……」
「こちらが自じゃの。これでも女王なのでな」
……話し方を変えるだけで、ここまで存在感が増すなんて……。この御方は、生まれながらにして女王なのですね……。
「む……? 何を悩んでおる?」
「あ、わかりましたか。実はサーチに迫ったのですが、相手にもされずに叩き出されまして……」
「サーチかえ。あの娘も経験が豊富な割には、ウブなところがあるのう」
……経験が……豊富!?
「ま、まさかサーチには将来を誓った人がいるのですか!?」
「何じゃ、サーチの初めての相手の事は、聞いておらぬのか」
は、初めての相手!?
「別にショックを受けるような事でもないじゃろ。お主とて、男性経験はあるのじゃろ?」
それは……まあ……。
「好意半分、同情半分という雰囲気であったな」
「……陛下は、サーチの相手をご存知なのですか?」
「一応は、な。狐獣人の長の倅じゃ」
狐獣人……ですか。そう言えばリジーも狐獣人の因子を持っていましたね……。
「お主が考えている通り、リジーの関係者じゃ。事情はかなり複雑じゃが……知っておるか?」
「はい。サーチから大体は」
「ならば詳しくは語らぬが……妾はどちらにも肩入れせぬ故、己の魅力で振り向かせるのじゃぞ?」
「無論です」
私達メドゥーサは惚れた相手の事は、絶対に諦めない種族ですから。
「それと……他にも悩んでおるようじゃな?」
「……え?」
「自身でも意識しておらぬのか、誰にも打ち明けられぬ悩みなのか……」
誰にも打ち明けられない悩みはありません。むしろ……。
「……正直、あまり意識してなかった悩みはあります」
「ほう……何かえ?」
「魔王様を見ていて……私も……」
「ほう、ソレイユを目標としたか。それは途方もなく遠い道標よな」
陛下も……魔王様を一目置いているのですね……。
「じゃが目標とするならば、ソレイユは申し分無い存在じゃ。精進すると良かろう」
「……はい」
「それにしてもソレイユを目指すという事は……お主も魔王を目指すか?」
「わ、私が魔王に!? 滅相もない! 私はそんな大それた事は考えていません! ……何より……私には魔王の器はありません」
「ふむ……ならば何を目指す?」
私が目指すモノ……。
「皆を……モンスターを……解放したい……」
「解放……とな」
「はい。秘密の村にいる皆が、堂々と他の種族と交流できるようにしたいのです」
「むむ……そうか。それは難しい望みよな……」
難しいのはわかってます。それでも、私はこの願いを叶えたい。
人間が、獣人が、そしてモンスターが。種族の区別なく、皆が仲良く暮らせる町を作ってみたい。
「成程のう……モンスターが世界に溶け込む為の第一歩として、緩衝地となる町を作りたいわけじゃな」
「はい。突然世界中に受け入れてもらえるなんて、絶対にあり得ない事です。ですから少しずつ浸透させていくしかありません。私はその第一歩を標したいのです」
「……先程も言うたが……難しいぞ? 実現させるのは、奇跡に近いぞ?」
「わかっています。だけど、何もせずに諦めるなんてしたくありません」
何があっても絶対に諦めない。その精神を教えてくれたサーチに報いる為にも、私は絶対に後には引けないのです。
「サーチに教えられたとな? 恋は盲目とは言うが……」
「陛下。貴女はサーチを全くわかっていらっしゃらない。サーチの巨乳への執念、温泉への拘り。そして勝利の為なら手段を選ばぬ姿勢! その全てが『諦めない』という崇高な精神に通じているのです!」
「……そこまで盲目になれれば、一つの才能じゃのう……」
何故か誉められた気がしませんが……サーチを慕う気持ちに嘘はありません。
「さて……妾はそろそろお暇するとしようかの」
「え!? しばらく一緒に居てくださるのではないのですか!?」
「すまぬ……。妾にもお主と同じように、己を賭けるに値する夢があるのじゃよ」
……夢?
「……妾はな……過去に助けられなかった我が一族のように、滅びゆく種族を一つでも助ける事を天命じゃと思うておる」
滅びゆく種族……。
「今は人魚族を助ける事に、全力を注いでおる」
「そうですか……ならばお留めするのは失礼ですね。どうかご健勝で」
「うむ、お主もな。お互いの夢、必ず叶えようぞ」
「はい、必ず」
……そう言って陛下は……いえ、マーシャンは消えました。
「……もう行っちまったのか、マーシャンは」
「……リル。寝ていなかったのですか?」
「ちょっとトイレに行く途中でな。聞く気はなかったんだけどよ」
「構いません。聞かれて困る話ではありませんし」
「ん〜……まあ、ヴィーの話だけはマジメだったしな……」
……はい? だけは?
「お前、マーシャンの言ったことを真に受けるなよ。マーシャンが人魚族を助けようとしてるのは事実だけど、今回戻ったのは違う理由だぞ?」
「ち、違う理由!?」
「ああ。マーシャンは今、人魚族の美女集めてハーレム作ってるらしいから……」
………。
「さっきから私の念話水晶に『姐さんはまだか!?』っていうオシャチの念話が届きまくってるからな……間違いねえよ」
「わ……私が陛下に抱いた尊敬の念は、一体どうすれば……」
リルは私の肩を優しく叩いてくれた。
「ワッハハハ! パラダイスじゃ! アヴァロンじゃ! ティル・ナ・ノーグじゃああ!」
「「「陛下、お帰りなさいませ!」」」
「うむうむ! ユートピアじゃああ! ワッハハハ!!」
マーシャンはやっぱりクズだった。
ちなみに、人魚族の問題はとっくに解決済み。