第十二話 ていうか、最初から違う人が登場するんですけど……あっっという間に退場しちゃうんです。
我が名は怪盗ヘヴン!
強きを挫き、弱きを助ける義賊なり!
我は今、村の年貢を誤魔化して、私腹を肥やしていた悪徳庄屋を懲らしめる為に、大量の金貨を盗んできたところだ!
「「「御用だ! 御用だ!」」」
ふ……来たか、木っ端役人が。しかし我が神速に追いつけるモノなどいない!
「「御用だ! 御用だ!」」
「く……速い……!」
「誰か、追いつけないのか! また逃げられてしまうぞ!」
「ちくしょう……怪盗ヘヴンめ……!」
「わははははははは! さらばだ!」
ふ……ふふふ……! 何人たりとも、我の速さには追いつけないのだ! 我が捕まる事など、絶対にあり得ないのだあああああっ!
「はははははははは……ん?」
我に並走するように走る雪車がいるな。あれは……木っ端役人のモノではない。ほお……なかなかの粒揃いだな。さては我のファンが追いかけてきているのか……モテる義賊は辛いな……ふふ。
『あ、彼処にいます』
『距離的には……無問題』
『何故笑いながら逃げてるんでしょうか……』
『さっさと殺っちまえよ、サーチ』
……? 一体何を言っているのだ?
『いっくわよ〜〜……えいっ!』
ぶうんっ!
何か……投げたのか?
……ィィィイイイイン!!
ずどむっ!
「ぶほおっ!!」
……此処で我の意識は暗転した……無念。
「どうも、ご協力ありがとうございました!」
警備隊の皆さんがそろって敬礼した。
「いえいえ、私達の雪車に並走して走るヘンタイがいましたので、撃退しただけですから」
……急に林の中から現れて雪車に近づいてきたかと思うと……このヘンタイ、なんとヴィーに向かって下卑た視線を送ってきやがったのよ!
「やっと捕まえる事ができました。義賊と称して金持ちの家から金貨を盗むだけに飽き足らず、女性が入浴しているところを覗いていた疑いもありまして……」
「えっ!? こいつってまさか覗き魔ヘヴン!?」
「そうです。よくご存知で………あの? 一応札付きの変態ですから、近づかない方が」
どごおっ!
「んぎゃひぃぃぃぃっ!」
「ちょっと!? いきなり何を……」
「こんな女性の敵の遺伝子はね、ここで潰しておいたほうがいいのよっ!」
げしげしげしっ!
「ぎゃあ! げひっ! ぐぼへぇ!」
「お、おい! 止めろ! 止めるんだ!」
「「「「殺っちゃえ殺っちゃえ! そらいけサーチ!」」」」
「あなた達も応援してないで止めてくださいよ!!」
ごすごすごすっ!
「ぎえっ! ぐはあ! びゅえっ! お、おかあちゃあああああん!!」
「こら、止めろっての! う、うう……同じ男として頼む! 止めてあげてよおおおっ!」
この日。
一人の自称怪盗の覗き魔と、一人の男の遺伝子がこの世から消え去った……。
「……ちぇ。一応お訪ね者だったのに……これっぽっちしかくれないのか」
「サーチがやり過ぎたんだろが。ヘタしたら私達が捕まってたぞ」
「何よ。あんただって『もっと殺れ!』って煽ってたじゃないの!」
「うぐっ! そ、そりゃそうなんだけどさ……流石に『おかあちゃあああああん!』なんてのを聞くと、ちょっと可哀想で……」
「あ、そうだった! 私の左足が穢れてるんだったわ……ヴィー、ちょっと≪浄化≫してくれない?」
「あ、はい。≪浄化≫」
「……私も変態に少し同情」
「……そうですね。蹴るだけ蹴られて、さらに穢れ扱いは……」
な、何よ何よ!
「あんな女性の敵、あれでも軽い処罰よ!!」
「いや、いつぞやの筋肉ホテルで一生タダ働きでいいんだよ」
「百人のデブが詰まった空間に一週間監禁」
「十年以上洗ってない男性の下着を強制的に着用させるとか」
……あんた達のほうがよっぽどヒドいわよ……。
「……はい。終わりましたよ」
「あ、ありがとヴィー」
「いえいえ。私の為に怒ってくれたんですから……うふふ」
……そういうわけじゃないんだけど……ま、いいか。
「それよりも、見えてきたぜ。グラツが……」
え!? ホントに……………んん?
「……ねえ、リル。私には雪山があるようにしか見えないんだけど……」
「……いんや、間違いねえ。地図の位置からしても、方角を考えても、あれがグラツだ」
……あれがっ!?
「……門どころか、教会の鐘すら見えませんね……」
「じゃあ……埋まってるという事でおk?」
「お、桶ですか? 多分埋まってると思いますが……?」
「リジー、マジメなヴィーにはその系のボケは通用しないわよ」
「ボケじゃない、大真面目に言った!」
あら、そうなの? ごめんごめん。
「クンクン、クンクン……でも人の匂いはぷんぷんする。間違いなくあそこがグラツだ」
「硫黄の匂いはしない?」
「いおう?」
「んーとね……卵が腐ったような匂い」
「あー、よく火山で匂うヤツか……いや、しねえな」
……やっぱりグラツも温泉が渇れている?
「皆さん、そんな事を言ってる間に着きましたよ」
ヴィーに声をかけられて見上げると。
「……やっぱ単なる雪山よね……」
「埋もれてるとしたら、町の中は全滅だよな……でも人の匂いはするんだよな……」
「とりあえず溶かすしかないわね。ヴィー、リジー。お願い」
「わかりました……≪聖火弾≫!」
「さーいえっさー! ≪火炎放射≫!」
ヴィーとリジーの炎が雪山に炸裂する!
ゴオオオオオオッ!
じゅううぅぅ……
「……これだけの火力を集中してるのに……まだ建物が見えません」
「どれだけ積もってんのよ……ごめん、とりあえずストップね!」
≪偽物≫でかんじきを作ってから、雪山の上へ飛び降りる。
ドンッ
ん? ドンッ?
音がした部分に、≪偽物≫で作った棒を突き刺す。
こんこんっ
硬い! この先は雪じゃないわ! 棒をスコップに作り変え、雪を掘り起こす。
「サーチ、何かあったんですか?」
「何か硬いモノがある! みんな手伝って!」
「「「はーい!」」」
操縦を担当しているヴィーを残して、全員飛び降りる。それぞれが自分の武器を取り出して、軽く叩き始めた。
「お、何かあるな」
「石や屋根ではなく、ガラスっぽい手応え」
あ、そうだ! ガラスを叩いてるような感触だ!
けどこれだけの負荷がかかっても割れたりしないとなると……。
「ヴィー! これって魔術結界じゃない?」
「……そうだと思います。この辺り全体から、強い魔力を感じますので」
「なら一気に雪を散らしちゃいましょう! ≪充力≫! からの……≪鬼殺≫!!」
え!? そこまでしなくても……!
どっごおおおおん!!
ブワアアアアッ!
ス、スッゴい威力!
衝撃だけで雪が完全に散ったわ……!
「あ……下が見えてきました!」
やっぱり。
もう雪を溶かすだけじゃ防ぎきれないから、町全体を結界で覆ったんだわ……!
「凄ーい! 足元に町があります! 人がいっぱい集まってますね」
「お、ホントだ! 何か空飛んでる気分だな! 全員見上げてるぜ!」
……あ。
空飛んでるってことは……そういうことか。
「ヴィーは来ちゃダメよ。リジーとリルは問題ないわ。……エイミアは……手遅れだわ」
「へ!? 何で私だけ手遅れなんですか!」
「あんたとヴィーだけよ……スカートは」
ヴィーは船の上だからセーフ。
一方、エイミアの足元は透明。つまり……。
「い……いやあああああああああっ!」
……こうして、エイミアの名はグラツに知れ渡ることになった。
『『『……ピンクだ』』』
「見ないでぇぇぇっ!」