第八話 ていうか、グラツに行くにはモンスター以上に厄介なヤツが……?
「へ? 川が凍結してるから、舟じゃ行けない?」
次の日。
私達は氷河の城壁へ急ぐべく、グラツへ行く準備を進めていた。
今回私はヴィーを連れて、食糧や物資の調達をしていたんだけど、干し肉を売っていたおばちゃんからグラツに関する情報を聞けたのだ。
「何だい、これから氷河の城壁へ向かおうっていう冒険者が、グラツの事も知らなかったのかい?」
「……私は新大陸からこちらに来たばかりなのです。なので、この大陸の事には疎くて……良ければ詳しく教えて下さいませんか?」
ヴィー、うまい。
「そうなのかい? なら教えてあげてもいいが……」
おばちゃんは、自分の後ろにぶら下がってる干し肉を、チラチラと見る。
……わかったわよ。
「牛とオークの干し肉を、あと十本ずつね」
「毎度! あんた良い嫁さんになれるよ〜〜」
……別になりたくないんだけど。
氷河の城壁。
もう毎度おなじみの〝八つの絶望〟の一つで、氷の迷宮である。
難易度は他の〝八つの絶望〟に比べれば低いとされている。何故かといえば……もう半分以上攻略済みなのだ。
氷河の城壁の難易度は、夏に限っていえば、初心者でも攻略可能なほどに簡単なダンジョンだ。
氷の迷宮は夏の暑さによってほとんど溶けてしまい、棲息するモンスターも暑さに嫌って身を隠す。たまに出てきても、暑さによってすぐに瀕死に近い状態になってしまうため、ほぼ止めを刺すだけ。
なので夏の氷河の城壁は、初心者パーティの格好の訓練場として大人気なのだ。
そんな易しいダンジョンが何故〝八つの絶望〟の一つに数えられているのか。
それはダンジョンコアを守るかのようにそそり立つ永久凍土と……冬の難易度にある。
「冬に難易度が上がるのですか?」
「そうさ。氷河の城壁は冬になると急激に氷が成長し、夏とはまるで違うダンジョンを形成する。そのダンジョンは毎回構造が変わるそうだから、正確な地図も存在しない。まさに氷の迷宮なんだよ」
「あと、ダンジョンコアの近くにある永久凍土って……?」
「ダンジョンコアの場所は判明しているし、守護神だったメガフットも討伐済み。なのにこの永久凍土を壊す事ができないせいで、いまだに攻略されてないのさ」
永久凍土……ねえ。
「その永久凍土がダンジョン名の氷河の城壁の由来だって事だよ……」
「それとグラツが何の関係が?」
「……それがだねえ……今年の氷河の城壁は、異様に成長してるらしいんだよ」
「「異様に……成長?」」
「ああ。いつもより厳しい冬の寒さの影響なのか、もうグラツの近くまで迫っているそうだよ。今はギルドが総力をあげて、氷の成長を町の近くで食い止めているらしいが……いつまでもつか……」
そ、そんな……!
「そんなんじゃ私達、温泉に入れないじゃないの!?」
「……ダンジョンよりも温泉の心配かい? 余裕があるのか、能天気なのか……」
「能天気じゃないわよ!」
「いやいや、十分に能天気さ。あんた、極寒のグラツ周辺へ、ビキニアーマーで行くつもりなのかい?」
……あ。
「……寒さ対策かぁ〜〜……考えてなかったな……」
一番に考えなきゃならないことだったんだけど、みんな抜け落ちていた。
「リジーは呪われアイテムで何とかなりそうね……。エイミアはドラゴンローブだから、防寒性能はバッチリだし……」
となると……問題は薄着のリル、寒さに弱いヴィー、そしてビキニアーマーの私か……。
「あの〜……悩まなくても、厚着すればいいのでは?」
「リルや私みたいに、身軽さを武器にして戦うタイプは、できれば厚着したくないのよ……」
特に私にはキビしいなあ……。ビキニアーマーを着てるからこそ、私は≪絶対領域≫にたどり着いたんだし……。
「ならば炎熱石の護符ですね」
どうしようか考え込んでいた私の頭に、ヴィーの一言が飛び込んできた。
「……えっと? 炎熱石って……確か獄炎谷で採れる、火属性の鉱石……よね?」
「はい。炎熱石を加工して作ったアクセサリーは、身につけるだけで体温が上昇するほどの発熱を起こします。ですから炎熱石に魔術的な加工を施して、炎の護符にできれば、サーチのような格好でも寒さを感じることはないでしょう」
「え、ビキニアーマーでも寒くないの!?」
「多分ですが、防寒着を着たままですと、汗だくになる程度には」
す、すごいじゃない!
それはぜひ欲しいわ!
「どこで手に入るの!? ていうか獄炎谷で採れるんだから獄炎谷に行けばいいのか!」
「サーチ、落ち着いて下さい。炎熱石は町の道具屋で安価で買えますよ」
「あ……そうだっわね」
炎熱石は大量に採れるため、広く流通している。魔術コンロの燃料だから何処でも売ってるのだ。
「じゃあ、あとは護符を作る職人さんね」
「それが問題ですね……。この手の職人は熟練度がモノを言いますし……」
こんな小さな町じゃ、そうそう熟練した職人なんていないよね……。
「まあダメで元々だ。近くの道具屋で聞いてみようか?」
「……そうね。ウジウジしてても仕方ないし……」
まあ、犬も歩けば棒に当たるってヤツか。
モノの試しに……。
近くの道具屋……というより町で唯一の道具屋に、鼻で笑われた。
「そんなスゴ技持った職人が、都合よくいるわけないだろ」
……ですよね〜〜。
「……つーかよ、簡易護符じゃダメなのか?」
…………へ?
「な、何それ?」
「知らねえのかよ!?」
全員首を振る。
当然、横に。
「全員知らねえのかよ!?」
「「「「「まったく」」」」」
「……たく、どいつもこいつも……なんで俺の偉大な発明を知らねえんだよ……」
「「「「「んなもん、知ってる方がスゴいわっ!!」」」」」
……けど。
「すごいです、お見逸れしました!」
「そうだろうがあ!? ふふーん」
スゴい発明でした。
簡易護符。
見た目は単なるロケットなんだけど……開けて炎熱石(加工前)をセットすると、あーら不思議。熟練職人が加工した護符と同様の効果が!
欠点といえば、中の炎熱石が使い捨てってことくらい。
「ていうか、何であんたが作れるのよ……」
「はあ? 天才だからに決まってんだろが?」
はいはい。
「ホントに一個銀貨一枚でいいの?」
「十分だっての。それでも儲けすぎなくらい」
「……わかったわ。じゃあ五個だから銀貨五枚ね」
「ほい、まーいど……あ、言い忘れてた。ロケットの中に入れるモノは、炎熱石以外でも効果あるから」
はっ!?
「属性含んだ魔石なら、何らかの効果があるぜ。まあ下手な護符買うよりは、遥かにお得だわな……わはは」
……ホントに銀貨一枚でいいの、これ!?
この人、数年後に道具屋に大革命を起こす鬼才さんでした。