第五話 ていうか「ふんぬっ!」「マッスル!」を正面からぶち破ってやる? 「いえ、イヤです」
次の日の朝、「筋肉ダイエットコース」とかいう怪しさ満点のエクササイズを申し込んだ三人は。
「ふんぬっ! ふんぬっ! まだまだ筋肉を苛めて……ふんぬっ!」
「……も……もう、無理です〜〜……ぜひーっ、ぜひーっ」
「これぐらいで音をあげるようでは、ダイエットなど夢のまたふんぬっ! さあ、マッスルマッスルふんぬっ! ふんぬっ!」
「は、はひ〜〜……まっするまっする〜……」
……エイミアは開始一時間もたず。
「……まっするまっする」
「声が小さいですぞ……ふんぬっ! 声を大きく……ふんぬっ! 繰り返して……マッスルマッスル!」
「……まっするー……スルー……」
「これ! どこに行かれるか……ふんぬっ!」
……リジーは(精神的に)もたず。
「……ふんぬ……マッスル……」
「はいはい、マッスルマッスル……こんな軽い運動で痩せられるのですか? もっと手応えがあった方が良いのですが……」
「……ふんぬ……」
ヴィーの場合は、コーチのマッチョホテルマンが自信喪失した。
……いつまで続くかな、これ。
「体力のないエイミアに飽き性のリジー。で、もともと身体能力がケタ違いのヴィーか……なんて鍛える意味がないメンツなんだ……」
「……まあね……エイミアはともかく、リジーとヴィーに関しては鍛える必要はないと思うし」
「……ヴィーは単なる下心だしな」
「まあね……多少太ったくらいで、心変わりするわけないのに……」
「っ! ……お前なあ……そういう意味深な発言するから、ヴィーが本気になっちまうんだぞ……」
「あら? 私だって本気よ? ヴィーの気持ちをないがしろにする気は、サラサラないわ」
「……私には理解できねえ……」
「誰でもね、まっすぐな好意を向けられるのは……悪い気はしないもんよ」
「……相手がアレでもか?」
「ふんぬっ!」
前言撤回! アレは遠慮致します!!
……などとリルと恋ばなをしてる間に。
「筋肉を苛めるエクササイズ、終了ふんぬっ!」
「次は筋肉を華麗に魅せる為の……ふんぬっ! ポージングの為の……ふんぬっ! ストレッチふんぬっ!」
ていうか「ふんぬっ!」いらないから。
「ストレッチかあ……ヒマだから私達も参加してみない?」
「普段私達がやってるのと、違いがあるのか? ……まあいいや。やってみるか」
というわけで、私達もストレッチだけには参加してみることにした。
ヨガウェアに着替えて戻ってみると。
「んぐぐぐぐぐぐぐ……!」
「まだまだ曲がりますぞ……ふんぬっ! 意地と気合いと根性で伸ばすのです……ふんぬっ!」
「無理無理無理! いみゃああああ!」
相変わらず硬いエイミアと。
「リジー殿! リジー殿はどちらに!? ……ふんぬっ!」
逃げたリジー。ていうか「ふんぬっ!」してるくらいなら探せ。
「まだまだまだ曲がりますけど……もっと曲がりましょうか?」
「……十分です……ふんぬ……」
……人間離れした軟らかさのヴィーに、すっかり意気消沈したマッチョホテルマン。
ホントに。いつまで続くのやら……ていうか続けられるのやら。
「このポーズは!! ふんぬっ!」
「……余裕ねぇ」
「……余裕だな」
「!? ……ならばこのポーズぅぅ……ふんぬぅぅ!」
「……余裕余裕」
「……全然余裕」
「っ!! ……こ、これならどうだ!! ふんぬうううぅぅっ!」
「ほっ……全然イケるわね」
「よっ……まだまだ余裕だ」
「しゅ、終了ーー!!」
……あ、涙目で逃げてった。
さすがにイナバウアーからの頭の股抜きはやり過ぎたかな。
「お前……ホントに軟らかいな……」
「そうかしら? アレには負けるけど……」
私が指差す先には……。
「サーチ〜! 首が180°回るようになりましたよ〜!」
……悪魔が取り憑く映画の監督が、スカウトしに来るわよ……。
「さすが蛇の特性だな……それよりエイミアはどうなんだ?」
「どうって……」
「まだまだ硬いですな……ふんぬっ!」
「たああすううけええてええっ!!」
芸術的な硬さね……。
「前屈をすると『ヒ』で上体反らしは『_』か……。全然進歩してないな……」
もともと鬼人族は力が強い代わりに、身体の柔軟性に欠ける一族だったらしいけど……それにしても硬すぎるわよね……。
「……もしかして、スキルが影響してるとか? エイミアの≪充力≫みたいなパワーアップ系のスキルは、筋肉を痛めやすくなる……みたいな副作用もあるはずだぜ?」
……副作用か……。
あれってパッシブスキルじゃないから、影響はないと思うんだけど……。
まあ、試しに。
「エイミア、今はスキル使ってる?」
「はあはあはあ……は、はい、スキルですか……≪電糸網≫を使ってますよ」
≪電糸網≫を!?
「何でよ!? 使う必要性ないでしょ!?」
「サーチに『無意識にでも使えるようにしときなさいよ!!』……って言われてから、ずーっと訓練してました」
……私、言ったっけ?
まあ、そのうちに思いだそう。
「じゃ、じゃあ一日中使い続けてるの?」
「いえ。流石に緊張したりすると、無意識に解除しちゃったりしてました」
「……それで肝心な戦闘中やダンジョン内では、≪電糸網≫を使ってなかったのね……」
……訓練してる意味がない……。
「まあいいわ。とりあえず≪電糸網≫を解除しなさい」
「はい、わかりました」
「じゃあ前屈してみて」
「? ……は、はい」
さーて……どうかしら。
「行きます……えいっ」
ペタン
「あ、あれ? 軟らかくなった? どどどうして?」
「……ホントにリルの言う通りだったわね」
スキル使用時の弊害だったわけか。
その後。
スキルを使用しなくなったことによって、人並み程度には軟らかくなったエイミア。
リルに捕獲され、監視の元でエクササイズに参加せざるをえなくなったリジー。
そして指導者泣かせの、超優秀な受講者ヴィー。
……この三人のエクササイズは、とっても順調に進み。
「見てくださいサーチ! こんなに軟らかくなりましたよ!」
……うん。すごいすごい。
「さすが私。やれば出来る」
なら逃げるな。
「サーチ見てください! 手首が360°回るようになりました!」
そこまでいくと気持ち悪いわよ!
「……あんた達さあ……周りの状況を把握した上で、そういう事を言いなさいよ?」
「「「え?」」」
三人の後ろを指差す。同時に振り返ると。
「……ふんぬ……」
「……我ら……遠く……及ばぬ……」
「……もはや……我らのふんぬは……輝かず……」
「……マッスル……できず……」
……すっかり自信をなくしたマッチョホテルマンズは、部屋の隅で全員落ち込んでいた。
元気がないのを幸いに、私達は速効でチェックアウトした。
「……ありがとう……ございました……ふぬ……」
「又のお越しを……いえ、来ないで下さい……ふぬ……」
……力の抜けたポージングを決めるマッチョホテルマンズの側を、物悲しい風が吹き抜けていった……。
「また来ましょうよ!! ね! ね!」
……止めてあげようね、エイミア……。
筋肉回、終わり。
あー、すり減った。