第十一話 ていうか、いよいよ旅館を旅立つ……はずなのに!
翌日。
何故かやたらとパワーアップに事欠かない、妙な旅館生活だったけど……実りのある三日間だった。
いよいよチェックアウトだ。
「女将さん、お世話になりました」
「何かヒントが掴めました!」
「もし時間があれば、私と手合わせしてくれ」
「思いの丈を吐き出せてスッキリしました。ありがとうございました」
「……何か呪われアイテムがあったらまた見せて」
『はい、お世話様でした。サーチちゃん、あなたは〝竹蜻蛉〟の修行に励みなさい。エイミアちゃん、スキルの使い方に気を配るべきね。リルちゃん、理性を保つ事があなたには必要な事よ。ヴィーちゃん、バックアップも重要なお仕事よ。リジーちゃんは梯子と仲良くね。あとご希望でしたら呪われアイテムを差し上げますよ?』
「ぜひゼヒ是非」
『……リジーちゃん、その動きの速さは実戦で活かしましょうね。あと顔近い』
そう言ってリジーを連れて行った。
「い、いつの間に見られてたんだ……」
「私がスキルの使い分けで悩んでるの、気付いていらっしゃったんですね……」
「「「えっ!?」」」
「な、何ですか、その反応は!?」
「「「エ、エイミアにも悩みはあったんだ……」」」
「ひ、酷いです!」
「ふんふんふふ〜ん…………あれ? 皆どうしたの?」
「な、何でもないわよ……」
何故かわんわん泣くエイミアと、その周りで黒焦げになって倒れている私達。それを見て目が点になっているリジーが立ち尽くす。
……ただ単にキレたエイミアが、≪蓄電池≫を暴走させただけよ。
「……何があったかは想像はできるけど……触らぬ神に祟りなし」
……賢明だわ。
「で? 何を貰ったの?」
聞かれた途端に「えへへ」と相好を崩すリジー。
……その顔は他所では止めなさいよ。
「んふー。鮮血の凶刀」
……!?
何か聞いたことがある剣が、二つくっついたような名前ね……。
「……で? 効果は?」
「んふー。敵を斬った後、自分自身がみじん切りにされてしまう、倍返しの魔剣」
自分自身がみじん切りって……。
「使ったら使用者の死亡確定なわけ? イヤな剣ね…………ん?」
ちょっと待てよ……。
「ねえ。呪剣士のあんたが使ったらどうなるの?」
「え? 普通にみじん切りになるだけ」
使えるじゃない!
「リジー! 今度から料理するとき手伝って!」
「……え?」
「ステキじゃない! 大した苦労もなく、みじん切りができるなんて!」
ハンバーグを作れるわ! 玉ねぎのみじん切り、私苦手だったのよ!
「…………サーチ姉……前にも言ったけど、私の呪われアイテムを何だと思ってるの……」
普通に超便利アイテムって思ってます。
「も、もちろんリジーが大切に想ってるモノだから、ちゃんと大事に扱うわよ?」
「………………信用しようと思うと、私の良心が『待て』と止める。何故?」
あんたの良心、鋭い。
「まあ、良ければ協力してよ」
「…………ん。わかった」
……さて、そろそろ行きましょうか……って、あれ?
「リル、ヴィーは?」
「ん? 女将さんと中に入っていったぞ?」
今度はヴィーが?
「……遅いわね……」
なかなか出発できないんですけど。
「うふ……うふふ……」
……さっきからリジーが怖いし。
「どうするよ?」
「どうするって言われても……ヴィーが出てこないことには……あ」
ヴィーが出てきた!
「ヴィー!」
「サ、サササササーチ!?」
「な、何? どうしたの?」
「なななな何でもありません!!!」
「……ヴィーは何かあったんですか?」
一緒に出てきた女将さんに聞いてみたけど。
『何でしょうねえ……ウフフフフ』
……嬉しそうに笑うだけだった。
「?? まあヴィーが大丈夫ならいいんですけど……」
『心配? ヴィーちゃんの事が心配?』
……キャラ変わってない? このお化け女……。
「あ、当たり前じゃない! ヴィーは大切な仲間なのよ!」
『……あ……』
? 何故か悲しそうにヴィーの方を見る女将さん。
私も視線を移すと……しょんぼりとしているヴィーの背中が見えた。
これはマズい。
「も、もちろん個人的にも大切だって思ってるわよ!」
『……あは♪……』
……ホントにキャラ変わりすぎだっつーの、このお化け女は。
「うふ……うふふ……」
「うふ……うふふ……」
「おい! また不気味なのが増えたぞ!」
ありゃ。
せっかくヴィーが立ち直ったと思ったのに、違う方向へいっちゃったわね。
「「うふふ……」」
「……おい、何とかしろよ……」
何とかしろって言われても……。
『ああ、忘れてました。昨日の夜に余った鯛を捨て』
がしぃっ!
すげぇ! リル、素手で幽霊を掴んだよ!
「……鯛を捨てるなんてもったいない、とんでもない。よこせくれくれ譲渡しろ」
『そんなに強く掴まれると痛い』
「すんませんした! お願いですから鯛をぷりーず!」
待て。プリーズの使い方がおかしい。ていうか、何故知ってる。
『仕方ないですね〜……はい、どうぞ』
「ウニャアン♪ ゴロゴロゴロ……」
猫だ。
誰が見ても間違いないくらい、猫にしか見えない。
「うふ……うふふ……」
「うふ……うふふ……」
「うふ……うふふ……」
……また増えた……。
『サーチちゃん、今のうちにもう一回温泉行ってきたら?』
「いやいや、それどころじゃありませんから!」
……私が頭を抱えていると。
「ど、どうしたんですか、これ!? 何故か皆、不気味になってるんですけど……?」
ようやく立ち直ったエイミアが駆け寄ってきた。
「エイミア! こっちに来ちゃダメええええっ!!」
私の悲鳴がこだまするが……。
『ねえねえエイミアちゃん……』
……エイミアまで……女将さんの毒牙にかかった。
「うふ……うふふ……」
「うふ……うふふ……」
「うふ……うふふ……」
「うふ……うふふ……」
……これ、どないせえっつーのよ……。
『あらあら、皆トリップしちゃいましたね……』
「何がしたかったのよ、女将さん……」
『そうね、あなたは合格よ』
………………………………はい?
「な、何が?」
『この旅館に泊まってから、今まで。全て訓練の一環だったのよ』
……は?
はあああああああっ!?
『ある方から頼まれていたのよ。「サーチという重装戦士が来たら、よろしく」とね』
……誰が?
『その答えはあなた自身が探りなさい。それも修行の一環よ』
「…………はあ…………わかりましたよ」
『あ、それと。あなた以外は不合格よ。みっちり鍛え直してから、もう一度来なさい……と伝えておいて』
「へ? 不合格?」
『最後の誘惑を耐えきったのは……あなただけだから』
試練って……まさか。
「……温泉?」
『ええ。私の誘いには乗らなかったでしょう?』
「……あの状況下では誘いに乗るバカはいないでしょ……」
すると女将さんはペロリと舌を出した。
『いえ。私は皆さんの朝食に欲望を増大させる薬を混ぜました。その誘惑さえも乗り越えたサーチさんは……やはり本物です』
……え゛っ!?
「それって……」
『凄いわ。あの薬の誘惑に打ち勝つなんて……』
い、言えない……。
私には≪毒耐性≫があるなんて言えない……。
たぶん≪毒耐性≫で無効になったなんて言えない……。
「じゃ、じゃあありがとうございました! あんた達、行くわよ!」
「「「「うふふ……」」」」
「さっさと正気に戻らんかあああっ!!」
『……行ったわね…………これで良かったかしら? 陛下』
「……すまぬのう。無理を言うて」
『いえいえ。私としても、久々に良いモノが見れましたから……うふふ』
「……相変わらず百合が好きなのじゃな」
『いえいえ。どちらもお好きな陛下には敵いませんよ…………ねえ、サーシャ・マーシャ女王陛下』