第七話 ていうか、今頃になって私の≪絶対領域≫が解き明かされます!
「うぅ〜……寒い……」
夜。
お花摘みならぬ録音ならぬトイレに行って戻る途中、中庭の真ん中で、空に浮かぶ満月を眺める女将の姿を見かけた。
(……元A級冒険者とは思えないわね……)
……月明かりに照らされた女将さんは、まるで一枚の絵のようだった。過去に血生臭い仕事をしていた人間には思えない。
(何で死んでから旅館業を始めたのかは知らないけど……あの人もいろんな修羅場をくぐり抜けてきたんだろうな……)
もしかしら、自分自身の心の平穏を望んで旅館を始めたんだろうか……。
……何となく声を掛けるのを躊躇した私は、そのまま通り過ぎる……。
「ていうか、ちょっと待って!!」
『ぎゃあああ!』
「何で洞窟内から月が見えるのよ!!」
『ちょっ、滅茶苦茶びっくりした……! いきなり何ですか、はしたない!』
……あ……つい声が出ちゃった。
「す、すいません……ていうか、重ね重ねすいません」
『……せっかく無我の境地に浸っていたのに……』
……そんなに気軽に浸れるの、無我の境地って?
「でも気になるから教えてください! 何で洞窟から満月?」
この洞窟は海底のはずなんだけど……?
『それは秘密です』
「いや、なぜそれを知ってるかも気になる……」
『冗談ですよ。魔術の≪望遠≫を応用して、この中庭の天井に映し出しているんです』
「へえ〜……」
『天井は私が徹底的に削り出して、凹凸を極力無くしました。だからここまで綺麗な夜空が見えるのです』
「削るって……竹竿で!?」
『ええ。竹竿は万能ですから』
そんな万能な使い方ができるのは、あんただけですから!
「……き、貴重な月見時間を邪魔してごめんなさい。それじゃ……」
……寝直そう。
『あ、待って』
「はい?」
『ちょっとよろしいですか?』
……はい?
『あなたは見た目通りの年齢じゃありませんね?』
「いきなり失礼ですね! まだピチピチの十七歳ですよ!」
『いえ、中身が外見と伴ってない、と言ってるんです』
ぎくっ!
「さ、さーて……何のことやら……」
『……あなた、私が攻撃をした時に、急所は全て避けたでしょう?』
ぎくぎくっ!
「そそそんな……あははは……女将さんが手加減してくれたんでしょ?」
『……私はあなたを殺すつもりでしたよ?』
わかってますよ!
めっちゃ殺気を感じたから、必死で避けましたよ!
『あれだけの反応ができるという事は……相当な修羅場をくぐり抜けていないと無理ですから』
しっかり気づかれてるし!
「えっと……えぇっと…………それは秘密です!」
『………………わかりました』
え? 追及を止めてくれるの?
『条件付きで見逃してあげましょう』
追及が脅迫に変わっただけかよ!
『……成る程……前世の記憶が残っているのですか……』
……流石に「違う世界にいました! てへ☆」とは言えないので、そういうことにしておく。
『前世での戦闘経験があなたを強くしているのですね…………それだけですか?』
「へっ!?」
『何か特別な力も持ってますでしょ?』
≪絶対領域≫のことかな?
「……前世での経験と今の職業、そして魔力。これだけの要素が集まって実現する…………世界というか境界というか……」
『……はい、理解しました。人間の到達出来るはずのない領域へ、魔力を消費して具現化するスキル……でいいかしら?』
「そんな……感じです」
……エイミアの≪絶対領域≫である≪電糸網≫も、静電気による精密な感知と、長時間の維持を同時にこなさなくてはならない。普通の人間の脳では処理しきれない情報も、逐一頭に入ってくる。確かに「人間には到達出来るはずのない領域」だろう。
『ならば私にあなたの≪絶対領域≫を見せて下さい。それを口止め料としましょう』
「…………わかりました」
……一体、何の目的で……?
≪偽物≫で両手に盾を作り出す。
女将さんは竹竿を持って構えていた。
『……では始めましょうか』
……女将さんの一言を合図に、私は≪絶対領域≫を展開した。
『……何も……変わっていないように感じますが……?』
「どうぞ攻撃してください。それで答えがわかります」
女将さんはすぅっと目を細める。その瞬間から女将さんは、元A級冒険者〝竹竿〟へと変貌した。
『……』
私の頭と右の横腹に竹竿が迫る。
「……ふっ!」
ギィギン!!
片方の盾だけで両撃を裁く。
『……』
〝竹竿〟は一瞬だけ眉を動かすが、次の瞬間には更なる斬撃を繰り出す。
その数は……五!
「……っ!」
ギン! ギギギン!
今度は両方の盾で攻撃を受け。
ぱしゅ!
〝竹竿〟の口から飛んできた含み針を右手で掴む。
『……これを裁きますか……』
〝竹竿〟は動きを止めると、持っていた竹竿を床に下ろした。これは……!
『……あなたに……裁く事はできるかしら……』
あの構えは……!
〝竹竿〟の秘剣……!
『……秘剣……〝竹蜻蛉〟』
……キィン!
ガギィ! ギャリギャリギャリ!
「うぐぅぅぅぅっ!」
≪絶対領域≫の超感覚でも……防ぐのがやっとなの!?
ギャリギャリギャリ! ガリリ!
くぅぅ……! オリハルタイト製でも……ここまで削られ……!
ガリ! ばきぃん!
盾が……割れた!
けど!
「はああああっ!」
盾を犠牲にして〝竹竿〟の懐に入る!
「奥義! 天パ風爺さん!!」
どごごご! ずごお!
よっしゃあ! 極った……!
『愚か者』
ぽくっ!
「あだ!」
『わざわざ奥義を発する事を叫びながら突っ込む馬鹿は、単なる二流です』
あれ? 私が攻撃してたのって……?
「い、石灯籠!? いつの間に……」
『勝負あり、ですね』
……はい。
「『私の負けです』」
……って、え? ええ!?
『あなたの≪絶対領域≫……あれは肌をさらけ出す事によって全身で空気の流れを感じ取ることが出来るのですね?』
「……もうネタバレしちゃったんですね」
『……アサシンの「感知能力」と、重装戦士の「全ての武器防具を装備可能」という特性の組み合わせですか……考えましたね』
その通り。
私の≪絶対領域≫は「敵の行動を全て感知し、全て避ける」という究極の守り。
敵の行動をいち早く感知できるアサシンと、全ての武器防具……つまりビキニアーマーを装備できる重装戦士の組み合わせだ。
なぜかアサシンは、ビキニアーマーのような「肌を露出する装備品」は全て装備できない。だからせっかくの感知能力が半減されている。一方重装戦士は、全ての装備品OKだからビキニアーマーとかも装備できる。だけどパーティの盾役が最適な重装戦士にとって、守備力の弱いビキニアーマーは装備する意味がない。
そのせいでビキニアーマーは「単なるネタ装備」と化していたのだが……私は違う。ビキニアーマーこそが、私の能力を最大限に発揮してくれるのだ。
『……あなたが私の〝竹蜻蛉〟を防いだのは事実。ですからあなたの勝ちです』
あ、考えごとしてる間に〝竹竿〟の話が続いてた。
「……勝ちをくれる、ってことなら貰っとくわ」
『なら、あなたに伝授します』
……は?
「な、何を?」
『我が秘剣〝竹蜻蛉〟です』
…………へ?
『あなたは〝竹蜻蛉〟を防ぎきりました。ならばどのような技か理解できたでしょう?』
「り、理解はできましたけど……!」
≪絶対領域≫の最中、魔力によって底上げされた感覚で大体は理解できた。
『ならば良し。一晩あれば十分でしょう』
「えええっ!? わ、私の意思は?」
『この際無視します』
「何でぇーーーーーーーーーっ!?」
チュンチュン……
「ふわあ……ふわあああああ……お早うございます、サーチ……」
「…………………………おはよ」
「え、えええっ!? 何故そんなにボロボロになってるんですか?」
「……いろいろあってね」
エイミアは慌ててヴィーを起こしにいった。
それにしても……〝竹蜻蛉〟は修得できたけど……。
『……あなたの≪絶対領域≫と〝竹蜻蛉〟を組み合わせれば……わかりますね?』
……おっそろしいこと考える人よね、〝竹竿〟って……。
奥義、天パ風爺さん。
まっったく意味はありません。単なるタコ殴り。
決して、日本刀をぐるぐる振り回して飛び上がる技なんかじゃありません。