閑話 名前が変わる日
「確かにあの者達の功績は素晴らしい。誰も成し得なかった〝八つの絶望〟攻略を二つも達成した。しかも最難関と言われた旋風の荒野を陥落させたのだからな」
「しかし今回の事態は流石に看過できん。船一隻を沈めたのだぞ……」
「報告によると、以前にも数隻沈没させたらしい」
「しかし、どの件も金で決着が着いたのだろう? 金銭的負担だけでも莫大なものだろう。この上更なる罰則を課すのはいかがなものか」
「金の問題ではない! 死者が出なかったのが不思議なくらいだ。あの者達に反省を促す為にも、更なる罰則は必要だ」
「……罰則を課したところで、懲りることは無いと思うが……」
「ならば見過ごすのか!」
「いや、こういう連中には普通の罰則では効果は薄い。だから……」
「……馬鹿な! その程度の罰則で……!」
「……いや、むしろ効果的かもしれん」
「お主まで何を馬鹿な事を!」
「良いか? 変える名に意味を持たせれば……」
「ん? …………あ、名前自体に要注意パーティだと明記すれば……」
「そうじゃ。自然と奴等も痛い目を見よう」
「うむ。それに罰金刑でもセットにしておけば、罰則としては最適だろう」
「……ではその方向で……」
「……ホントに申し訳ありませんでした……」
「もう二度とうちの船には乗せないからな!!」
ばあんっ!
……はあ……やってしまった。
リジーが船を沈めてから今日まで、ひたすら謝り続けてたような気がする……。
今回は相手にも非があったから、警備隊に突き出されずには済んだ。だけどギルドには厳重に抗議をするらしい。
「はあああ……ランクを下げられるくらいにならないかなあ……」
もしもギルドからの追放、なんてことになったら……目も当てられない。
ギルドの信用は絶大だ。そこを追放されたパーティなんて誰からも見向きもされなくなるし、下手したら街に入れてもらえないこともあり得る。
信用が0になるということは、稼ぎも0になるに等しい。つまり、パーティとしてはおしまいだ。
「……マーシャンか院長先生に頼るしかないかな……」
……いや、マーシャンに力を借りると逆効果か。院長先生は……今どこにいるかもわかんないし……。
「……はあああああ……」
……深い深ーいため息を吐いてから、トボトボと重い足取りを進めた。
「……お帰りなさい……どうでしたか?」
ヴィーがくれたお茶を啜って一息ついてから、説明を始める。
「とりあえず警備隊への通報は免れたわ……リジーがお尻を触られた、という疚しいことがあったからね」
……リジーが船内で大暴れしたのは、船長からお尻撫で撫でをされたことが原因だったのだ。
正直「よくやった!」とも言いたい気分だけど、さすがに船一隻を沈めてしまっては……。
「そうですか……ギルドには?」
「それはダメだった。今頃ギルマスのところへ怒鳴り込んでると思う」
「げっ! じゃあギルドから罰則が!?」
苦虫を噛み潰した気分で。
「……間違いなく……」
……と答えた。
「……マジか……頼むから追放だけは勘弁してくれ……」
リルの呟きは、私達の心の内を代弁していた。
その頃、リジーは。
「いいいやああああ!! 助けてえええっ!!」
『何をしておる! 早くその鞭で我を打つのじゃ! じょ、女性からの鞭打ちは大いに本望……ハアハア』
「変態はもういやあああ! サーチ姉ごめんなさああああいいいい!!」
……罰として変態骸骨と魅惑の7日間を過ごしていた。
「……賄賂……とか……」
「下手したら逆効果……一発で追放よ。そんな博打はする気にはならないわね」
「……金がダメなら…………色気で」
「がんばれリルー!!」
「尊い犠牲は無駄にはしません」
「リルぅぅ……びえええっ」
「ちょっと待て! 何で私の一択なんだよ!」
それはもちろん……。
「「「言い出しっぺ」」」
「ぐっ……」
「リル! 武器は足よ足!」
「心配しないで下さい! 小さいのが好きな方はいますから!」
「男の人は意外と、お尻や足が好きな人もいますよ」
「ぃやっかましいわああ!!」
……リルは自滅して逆ギレするという醜態を晒すことになった。
そして、ついに。
『竜の牙折りは、メンバー全員近くのギルドへ出頭するように』
……ギルドから呼び出しをうけた。
「……ついにきたか……」
「神様、お願いします……!」
「……おい、神様って〝知識の創成〟だぞ……?」
「……絶対に叶わないですね」
「なら魔王様に祈りませう」
「ガクガクブルブル……骨怖い骨イヤ……ガクガクブルブル」
……神頼みだの魔王頼みだの現実逃避だの……。
「みんなしっかりしてよ……。まだ決まったわけじゃないんだから……」
私自身も落ち着いてるわけじゃないけど、みんなよりはマシだと思う。
「……着いた……着いちゃった……」
「どこでもいいんだったよな? 隣の町のギルドへ……「ダメダメ!」……やっぱり?」
つい「いいわね、それ!」って言いそうになったわよ。
「ほら、覚悟を決めて……行くわよ!」
私は「たのもー!」と勢いよく声かけをして、ギルドの扉を開いた。
「皆の者、表を上げい」
…………何でギルドの奥にお白洲があるのよ……。
(注! お白洲とは……江戸時代の法廷、と考えてください)
「さて、今回の罪状であるが……」
……めんどくさい雰囲気がプンプン。
「あの、サーチ……何で私達は正座してゴザの上に座らされているんですか?」
「……あの奉行……じゃなくてギルマスの趣味でしょうよ……」
真面目なヴィーが全部受け答えしてくれるので、私達は楽だ。
「ほう……ではあの船の船頭が、そこの娘に狼藉を働いたと?」
「センドー? ロ、ローゼキ?」
あかん、ヴィーじゃムリだ。
「ちょっと代わって……その通りです! だからさっさと処分内容を教えて下さい!」
「そう焦るでない。急がば回れ、と言うであろう?」
このギルマス、あの変態ギルマス並みにイラつく……!
「さて船頭よ、あの娘が申す事に間違いは無いか?」
「あの……時間が無いんですが……」
「間違いは無いか?」
「あーはいはいそうです。オレが悪かったです」
……あの船頭……じゃなくて船長も完全に投げやりよね……。まあ一時間も正座させられりゃ、誰だってイヤになるわよね。
「さて娘よ、もう一度聞くが……」
……もーいいや。
「はいはい、三方一両損も桜吹雪もいらないですから。結果だけ言って結果」
……船長さんも頷いてる。たぶん、ギルドに訴えたことを後悔してる。
「……先程からお主らは……神聖なお白洲を何と心得るぐぎぁあ!」
「……いい加減にしないとあんたを市中引き回しの上で、打ち首獄門にするわよ?」
「ず、ずみ゛ま゛ぜん……」
「おほんっ! 裁きを申し渡す!」
それ、もういいから!
「竜の牙折りには罰金刑を課す!」
罰金刑……ってことは。
追放は……ないわね!
「ふぅぅ…………」
「よかったあああ……」
私達が脱力しだした時に。
「ただし!」
……不意打ちがきた。
「今後、竜の牙折りの名を使用することは禁ずる!」
「「「「「……え?」」」」」
……どういうこと?
「代わりに船の底抜きとする!」
「……へ?」
……なるほど……めんどくさい! ほんっとにめんどくさい罰則だわ!
「何で船の底抜き?」
「わかんない? これで私達は、船には乗れなくなったわ……」
「え!? 何でですか?」
「……誰が『船の底抜き』なんて名前つけてるパーティを、自分の船に乗せるもんですか……縁起でも無いでしょう?」
ただでさえ船乗りは迷信深いから……。
「そ、そんな……」
こうして、私達のパーティ名は船の底抜きに代わったんだけど……。
「……竜の牙折りよりは良くない?」
「「「「良くない!!」」」」
……私だけかな?
これにて一件落着!
…明日から新章、氷河の城壁編です。