第六話 ていうか、例の系列の旅館に宿泊。
帝国最南端の街、サクランド。
活火山サクランド山を囲むようにして広がるサクランド湾。それらの全景を望むことができる位置に、旅館「鈴情館」がある。
私達はサクランドに着くと、すぐに車掌さんオススメのこの旅館に来たのだが……。
「ここって……絶対あの系列だよな……」
最近忘れかけてたけど……サクランドにもあったんだ……。
「……? 系列なんですか?」
「あ、そうか。ヴィーは知らないわな……私達が元いた大陸にさ、姉妹で系列の旅館を運営する一族がいたんだよ。その系列旅館と名前と雰囲気がよく似てたんでな……」
「……どんな名前の旅館だったのですか?」
「えーと……『竜生館』に『烈刀館』……あと『新琴館』もあったかな?」
「ブラックリバーに『剣台館』というとっっても素敵な旅館もある。マジオススメ」
……あんたの目当ては呪われアイテムでしょうが。
「冗談みたいな旅館の名前ですね……達成感に劣等感、親近感に倦怠感……そしてここは臨場感……。間違いなく系列ですね」
ん〜……名前的に鈴がいっぱいぶら下がってるのかな?
「サーチ……私『きんこんかん♪』が頭に浮かんで離れないんですけど……」
「そうね……走るたびに『きんこんかん♪』は衝撃だったもんね……」
あの鉄琴木琴マニア専用旅館は、まだ営業してるのかしら……?
「とりあえず入ってみないと、空き部屋があるのかも分かりませんよ?」
「そうね……入ってみますか……」
……どうか「チリンチリン♪」の連発はありませんように……!
カラカラ……
思いの外軽い感じで開けられた引き戸は、すごく年代を感じられるモノだった。
リーン……リーン……
玄関はとっても落ち着いた雰囲気で、純和風感が私に懐かしさを感じさせた。
玄関脇に置かれたガラスケースには数匹の鈴虫が入れられ、涼しさを感じさせる羽の音を響かせる。
「……わあ……いいですね……」
エイミアが嬉しそうな声を漏らす。
「何か……私が育った森の匂いがする……」
この旅館、ヒノキで建ててあるんだ。すごい良い木の香り……。
「……………………旅館の奥に霊の気配」
「リジー! そういうことは言わないでくれるかな!?」
エイミアのトイレに付き合わされるハメになるのは、私なんだからね!
「……綺麗な音……懐かしさを感じます」
ヴィーは鈴虫の音色に心を奪われたご様子。
「ヴィーは鈴虫知らないんだ?」
「鈴虫というのですか? 確かに鈴の音に聞こえますね」
……それにしても……ここまで好感触の旅館は、今までなかったわよね?
「今までのパターンだと……旅館は良くても女将がダメダメだったり?」
「あり得るな……女将とは名ばかりの『外見は男、だけど中身はオ・ン・ナ』みたいなのが出てくるとか?」
止めれリル!
そんなの出てきたらこの旅館、速攻でパスだからね! 何て言ってると。
「……申し訳ありません、お客様を放っておいてしまいまして……」
その声は旅館の外から聞こえてきた。もちろん野太い男の声、ではない。
「いらっしゃいませ。当旅館へようこそおいでくださいました」
そこにいたのは、筋肉隆々のマッチョメン……ではない。
背中まで伸びた黒い髪に整った顔。均整のとれたプロポーション。間違いなく超美人だった。
「お荷物お持ちしますね……あら? お荷物は……」
「あ、ごめんなさい。私達無限の小箱持ちなので大丈夫です」
「無限の小箱持ちですか、失礼致しました。でしたら宿帳に記入していただけますか?」
「あ、はい……」
……うわ……指先まで細いよ……。
この人、エイミアやヴィーも超える美人だ。
「……身分証明書はございますか?」
「ギルドカードでいいですか?」
「お預かりします」
……わかりやすく例えるから……某アパートの管理人さんかな。
「……すいません、お待たせしました。カードお返ししますね」
全ての動きが洗練されてる……まるで武術を極めた仙人みたいな……。
「……あの?」
「あ、ごめんなさい」
「それではお部屋ですが……皆様ご一緒で?」
「はい……あ、部屋風呂なんてあります?」
「はい、部屋風呂付きのお部屋は空いてます」
「なら、そこでお願いします」
うおっしゃあああ! 部屋風呂ゲエエエッツ!!
「クス……ではこちらへどうぞ」
……あれ? 私、笑われた?
(おい、サーチ。また顔に出てたぞ)
え、マジ? うーん、気をつけないと。
「こちらのお部屋になります」
お……うおおおおおおおおおお!!
「すっげええ! 海が丸見えじゃんか!」
「ふわあああ……! 凄いです……これは新琴館に匹敵しますよ!」
「あら? 新琴館に泊まられた事があるんですか?」
「あ、はい。眺めもお料理も最高の宿でしたよ………………………………女将と鉄琴以外は」
「まあ、あの子ったら、相変わらずなのね」
はい、系列確定。
「……女将さんは……何番目なんですか?」
「はい?」
「えっと……姉妹ですよね?」
「姉妹? ありがとうございます。お世辞でも嬉しいですよ」
お、お世辞?
「娘がお世話になったようで……私は母親です」
え……。
「「「「えええええええええっ!!?」」」」
「すいません、失礼なことをお訊きしますが……娘さんは何人いらっしゃるのですか?」
「はい、娘ですか? …………三十人目からは数えてませんね」
「「「「「三十人目!?」」」」」
あ、あんた何歳なんだよ!?
「あ、あの……ダンナさんは?」
「ウフフフ……」
笑って誤魔化したよ、この人!!
「それにしてもよく三十人も……」
「……もしかして……ネズミ系の獣人か?」
「……よくわかりましたね。母がそうでした」
……納得。
子だくさんなわけだ。
「では私は外の掃除の続きをしてきますので、ごゆっくり……」
女将さんはそう言って部屋から出ていった。
……逃げた?
あれから談笑タイムになったけど、女将さんの話題から離れることはなかった。
「でも三十人かあ……私には無理ですね……」
エイミア。人間がんばれはできなくはないと思うけど……止めときなさいね。
「……実際にネズミ系の獣人の方は子沢山なのですか?」
「……多いな。だが三十人は例外だぞ」
……でしょうね。
「あ、女将さんが掃除してる」
リジーが指差す先には、女将さんがいた。
竹箒で庭を掃いているけど……。
「……ねえ、リル。女将さんって……武術の動きがたまに混じらない?」
「……ああ。私もそう感じてたよ。箒を動かすにしても無駄な動きが少ない。相当な腕だぞ」
「…………サーチやリルが言う『無駄な動き』というモノがイマイチ理解できません」
「あ、それ私も思います」
「エイミア姉の大振りは、誰から見ても無駄な動きの宝庫」
「ふえっ!?」
リジー……そうエイミアの傷をえぐらないの。
「お、おい! あれ……」
何よ……って、ええっ!?
「ど、どこから竜巻が起きたのよ!!」
「それが……! 女将さんが急にキョロキョロしだして……箒を振り上げたら竜巻が……!」
箒で竜巻!?
「……あ、あれ? 竜巻が急に消えましたよ!」
ええっ!? あ、ホントだ。
竜巻が消えたあとには、何事も無かったかのように女将さんが立ち。
その近くには枯れ葉の山ができていた。
こ、これって……。
「た、〝竹竿〟?」