第五話 ていうか、乗合馬車は走るよどこまでも。
私達がよく移動に使う乗合馬車。こっちの世界でいうところのバスにあたる。
そして驚くべきことに、乗合馬車には「特急」と「急行」、そして「鈍行」があるのだ。
当然、上記のモノほど料金が上がっていくが、急ぎだとかなり助かる。
最悪の場合はギルドで音速地竜を借りて……という手もあるけど…………できれば遠慮したい。
まあそれは置いといて、私達が今回使う特急乗合馬車。できればこれも遠慮したかったんだけど……エイミアが詳しいことを知らずにチケットを買って来ちゃったので……乗るしかない。
え? 何で乗りたくないかって?
前の世界の特急と違って、高い金を払えば乗り心地も保証されるわけではないからだ……。
「あ〜いらっしゃいませ、いらっしゃいませ。本日は特急『よみかぜ』へのご乗車、まことにありがとうございます」
……馬車に名前があるのかよ。
それにしても『黄泉風』って……めっちゃ不吉じゃないのよ。
「この馬車は帝都……あー……元帝都発サクランド行きでございます」
……この車掌さんみたいな人は何なんだろう……。
「お降りの際は大声で呼び掛けていただければ停車いたします」
……そうね。「ピーッ」てボタン無いもんね。
「なお、駆け込み乗車はご遠慮下さい。大変危険でございます、お止めください……」
ていうか、馬車に駆け込み乗車するヤツいるの?
「では……発車オーライ〜」
……これも世界共通なのね……。
あぎゃああああああっ!!
へ!?
「お、おいサーチ……今の鳴き声って……」
「……私には音速地竜の鳴き声に聞こえましたが」
「ヴィー、こ、怖い事を言わないでくださいよ」
「……100%音速地竜」
がらっがらららららららっ!!
「「きゃあああああっ!!」」
はは……間違いなく音速地竜だわ……。
「あれ? サーチとリジーは平気なんですか?」
「まあね……前は私が運転……じゃなくて馭者してたくらいだし」
「……平気……だと思われ……」
そーね。リジーなら平気だと思ってたわ。
「リジー、ちゃんと掴まってないと頭ぶつけるわよー。リジー聞いてる、リジー?」
気になってリジーの肩を揺さぶると……目を開けたまま頭をガックンガックンする。
「……気絶してますね。サーチ以外も乗った経験があるのかと思ってましたが……」
「……三人とも酔いつぶれてたからね。リルとエイミアは目が覚めて、気絶して、を繰り返してたらしいから完全に心的外傷みたいだけど……」
ていうか、ヴィーは平気そうね。というよりは楽しんでる感ありありなんだけど……。
「……ヴィー……スピード狂?」
「さ、流石にスピード狂とまで言われるのは……。でも嫌いではありません。飛竜に乗った事もありますけど、怖いというより楽しかった記憶が」
「……そういうのをスピード狂って言うのよ」
その時、馬車が右側に大きく傾き始めた。
「えー、ただいま急カーブを進行中でございます……どうぞご注意下さい」
「て、ちょっとおおお!? 急カーブはわかるけど傾き過ぎじゃないの!?」
「倒れるうううぅぅぅ!!」
「ぎゃあああああああ!!」
「あら? 結局サーチも怖いんですか?」
「いやいやそれ以前の問題だから! 倒れたらシャレになんないっつーの! ていうか、倒れるってばあああ!!」
傾きが45°を越えた瞬間。
「せいや!」
ずどおん!
車掌さんの凄まじい震脚が炸裂!
がたんっ! がらがらがらがら……
……無事に馬車は元に戻り、何もなかったかのように進む。
「はあ……さすがに今のはシャレにならなかったわ……」
「そうですか? 私は大変に興味深い体験だったと思いますが……」
……ヴィーの頭のネジがどこかに落ちた模様。
「リルとエイミアは?」
「リルは…………白目を剥いてますね……リル? リルー?」
「エイミアは……あれ? エイミアは?」
「ここですぅ〜……」
あ、ひっくり返って後ろに突っ込んでる。
「お客様、突然の急カーブには十分お気をつけ下さい」
そう言って車掌さんが、エイミアを引っ張り出してくれた。しかも片手で。すげえ。
「お客様、落とし物にもお気をつけ下さい」
「いーーーやーーー! はーなーしーてえええ!」
足を持ったまま連れてくるな。反対だから丸見えだろが。
「鮮やかなスカイブルーでございます」
「言わないでえええええええ!!!」
……言わなくても丸見えだってば。
「なかなか大胆なデザインでしたね」
ヴィーは真面目に感想を言わなくてもいいから。
「もう嫌です! 降りますぅぅぅっ!」
「途中下車はご遠慮願いまーす」
……ていうか……この速度で降りたら死ぬわよ。
「え〜まもなく石がゴロゴロ転がる下り坂にはいります。激しい縦揺れにご注意下さい」
激しい縦揺れって……。
がたーん!
「わっ!」
「ひゃ!」
「あぐう!」
「「………………」」
がたがたがたがたがたがた!
「こここ壊れるわわわよよよこのばばば馬車」
「ちょっとエイミア、しっかりしなさい!」
「身体の伸縮で振動を受け止めるんですよ」
「くくくクッションんんん」
? エイミアは何故かうつ伏せになったけど?
「あー……あーあーあー。これで大丈夫です」
……なぜ?
「え? だって胸で振動を受け止めるんですよね?」
ばいんばいんばいんばいんばいん
……なるほど……クッションね…………この日、初めて巨乳の実践的使用法を知った。
「まもなくサクランド、サクランドでございます」
速っ!
「ちょっと! まだ三時間くらいしか経ってないんだけど!」
「何でもいいですから早く降ろして〜! びえええっ!!」
……三時間泣き続けたあんたも大したもんだよ。
「ふんふんふんふふ〜ん♪」
……三時間鼻歌まじりでニコニコだったヴィーもスゴいけど。
「「………………」」
………………リルとリジーは放置で。
「……緊急停車いたします」
はい?
キキキィィィィィッ!!
「んぎゃ!」
「ふぎゃ!」
「びええ!」
「「………………」」
「な、何よ! 何ごと!?」
「モンスター、モンスターでございます。大変危険な為、迂回いたしま」
「ヴィー!」
「はい、≪石化魔眼≫」
かちん
「エイミア、やっちゃいなさーい!」
「びえええっ!」
ばがん! どがん!
エイミアの正義の棍棒がヒットし、石化したモンスターが粉々になる。
「はい、工事完了! さっさと出発しなさい!」
「……出発……ですか……」
? せっかく通れるようになったのに……ヤケに元気ないわね。
「……出発……なんです……」
……そうね。
「……出発……出発……」
……だから何よ。
「……しゅっ〜ぱ〜つ〜……しゅっ〜ぱ〜つ〜……」
……しつこい。
「あ、そういう事ですか」
ヴィーは言うと突然が立ち上がり、サクランドの方角を指差して。
「発車オーライ」
「まもなく出発致します。次はサクランド、サクランドです」
……それを言ってほしかったのかよ!
私達は急いで馬車に乗り込む。よくわからないけど再び走り出した馬車。
……何か……バスと言うより電車よね……。
「終点サクランド、サクランドでございます」
「あ゛ーー! 着・い・たー!!」
長かったあ〜。
あー腰痛い……。
「どうだった、エイミア。また乗りたい?」
「もう二度と御免ですっ!」
よし。いい経験になった。
「そうですか? また乗りたいですが」
……いい経験になった。
「「………………」」
………………経験できなかったね。