第一話 ていうか、いきなりシリアスに始まる物語。
わ…………我もここまで……か……。
ふ……ふふふ……我が番が我に振り向いてくれることは……無かったな……。
だが……我は……諦めぬ。
例え我が身がただの獣に成り下がろうと…………我が誓いは曲げぬ。
………………。
我が唯一、番と認めし女……サーチよ。
我が元までたどり着いてみせよ。
その時……我は……。
我が誓いは…………。
………………。
………………。
『『『『『『『ウオオオオオオォォォォォォンンンン………………』』』』』』』
「……うわああ!」
な、何いまの!?
「あ、あれ……? ゆ、夢……か……はああ……」
……す、すっげえリアルだった……。
帝都から少し離れた場所にある宿場町。その一角にある旅館に宿泊した私達は、それぞれバイキング形式の朝ご飯を楽しんでいた。
リルの反対側に座った私も、パンやら目玉焼きやらを目の前にしつつも、一向に湧かない食欲にため息をつくしかなかった。
「な、何なのよあれ……三つ首までだったら……単なるケルベロスよね……」
だけど……夢のアレは……。
「……四本の尻尾の先にそれぞれ頭が憑いてるって……すでに生き物じゃな」
がちゃああん!
「うわびっくりした!! ど、どうしたのよ、リル……」
リルは持っていたコーヒーカップを床に落としたまま、ブルブルと震えていた。
「……ホントにどうしたのよ……? リルらしくないわね」
「……お前……今なんて言った?」
はあ?
「ホントにどうしたのよ、リルらしくないわね……とは言ったけど?」
「違う! もっと前! 独り言でブツブツ言ってたヤツだよ!」
「ん? ああ、七つ頭があるケルベロスのこと」
パリィィン!
「……ってまた!? 今度は誰よ!」
ヴィーだった。
朝から被ったニット帽が怪しいことこの上ないけど、そのヴィーも野菜ジュースが入っていたコップを床に落としていた。
「な、七つ頭がある……ケルベロス……?」
な、何なのよ、今日は? 私変なこと言ったっけ?
「見たのか!? ヤツを……見たんだな!?」
「イタタタタ!? ちょっとリル!?」
「答えろ!! 見たのか!?」
リルの腕を強引に振りほどく。少しイラッとしたので語気も荒くなる。
「見たっつっても夢だよ!! 夢に出てきたケルベロスが何なのよっ!!」
「……間違い……ないのか……」
「リル。サーチは三冠の魔狼の刺青が身体にありましたよね? なら余計に影響があったのかもしれません」
「ああ、そうだな……そういやあサーチは三冠の魔狼の番だったな」
私は認めた覚えはないけどね!
ていうか……結局私の夢が何だってのよ?
「ねえ、そのケルベロスが夢に出ると何か起きるの?」
「はあ? お前、三冠の魔狼と繋がりがあるんだろ? 何も聞いてないのか?」
「いやいや、何も聞いてないどころか……会話した記憶すらないわね」
「……マジか……頼みのお前がその体たらくなのか……」
「だから……一体なんだってのよ? 誰か七つ首のケルベロスのこと教えてよ!!」
「え? サーチは知らないんですか?」
……エイミアが知ってる!
「本当にサーチ姉の知識は偏り過ぎ」
……リジーも知ってる!
「じゃあ教えて! 知識をぎぶみー!!」
エイミアとリジーが視線を合わせた時、ヴィーが進み出てくれた。
「……多分人間社会に伝わっている話よりは、詳しい事を伝えられると思いますので……私からお話します」
そう言ってヴィーは三冠の魔狼の物語を語り始めた。
三冠の魔狼には、元々頭が七つあったと伝えられている。
三つの頭がそれぞれの感情を司っているように、七つの頭にもそれぞれ司っているモノがあった。
それは憤怒、怠惰、色欲、暴食、嫉妬、強欲、傲慢……所謂「七つの大罪」である。
それぞれの大罪を司どるそれぞれの頭が、それぞれの大罪を犯して地獄に落ちた罪人を食らっていた。
「……あれね。地獄でウソつきの舌を抜く閻魔大王みたいなもんね」
なーんだ。結構覚悟して聞いてたのに……単なるおとぎ話か……。
「……お前が言う『えんまだいおう』ってのが何か知らねえが……お前が考えてる以上の存在だぞ、七つ首のケルベロスは」
「あーはいはい……あれね。言うこと聞かない子供への脅し材料によく使われる……」
「バッカヤロオオオオォォォォッ!! そんなレベルじゃねえって言ってんだろうが!!」
うわ! 耳が痛いぃぃっ!
「いいですか、サーチ。七つ首のケルベロスは架空の存在じゃありません。実在するんです」
ある日、七つの頭同士で言い争いが起きた。
どのような言い争いだったかは伝わっていないが、やがて争いは戦いへと発展していった。
「ていうかちょっと待って! 身体は一つで頭は七つなんでしょ!? どうやって戦ったのよ!? お互いに噛みつくくらいが関の山へぶぅ!!」
「……細かいことは気にせずに、話の続きを聞いてくださいね?」
は、はい……。
ていうか……ヴィーの≪怪力≫拳骨は……危険だと思う。頭が凹むかと思った……。
どのような戦いだったかも伝わっていないが、その戦いで冥府の半分以上が焼け野原となったらしい。
戦いの末に傲慢、強欲、色欲、暴食の四つの頭が姿を消した。
そして憤怒、怠惰、嫉妬が残った。
すると三つ首になったケルベロスは何を思ったのか、突然冥府の地獄門を蹴破って現世に現れた。
そして好き放題に暴れた後に、現世側の地獄門の前で寝そべるようになったという……。
「……それが三冠の魔狼だと?」
「そうです。あなたが番となった相手が正に七つ首のケルベロスなのです」
へぇ〜……あいつって結構スゴい経歴だったんだ……。
「……じゃあ私から七つ首同士の争いの繊細を聞けば……教えてもらえるかも」
「教えてくれると思いますよ……普段なら」
普段ならって?
「……もしも……人間の誰かが夢の中で七つ首のケルベロスを目撃すると……大変な事になります……」
「誰かって……誰でもってこと?」
「はい。この世に生きる人間全てです」
「なら……大変なことになるって……何が起きるの?」
「……詳しくは知らねぇ……何せ今まで起きたことがないからな……」
エイミアとリジーが首を振る。二人も知らないらしい。
ただ、ヴィーだけが……おもむろに口を開いた。
「ここから先は、魔王様だけがご存知だった事です」
ソレイユ……だけが知っている……。
「人の夢に現れる……という事は、七つの頭のどれかが強烈な思念波を発している証なのだそうです」
強烈な思念波……。
「……それだけ?」
何も実害はなさそうな気が……。
「それだけの訳が無いじゃないですか!」
さいですか。
「いいですか? それだけの思念波を発する、という事は……一つ以上の頭が目覚めようとしているんです!」
「あーなるほど。要は三冠の魔狼の残りの頭が目覚めて、完全な七つ首になるってことね?」
「そうです。それは世界の終焉を意味するんです」
……は?
「ちょっと待って。なんで七つ首に戻ることが、世界の終わりに直結するわけ?」
「……何故冥府の番犬であった三冠の魔狼が現世に存在できているのか……それが問題なんです」
なぜ存在できるかって……確か三つ首の状態になった時に、現世に現れたって…………あ。
「完全な状態じゃない……三つ首の状態だから現世にいられる?」
「そうです。もしも現世にいる状態で完全な七つ首に戻ると……」
「戻る……と?」
「ケルベロスかこの世界か……どちらかが耐えきれずに滅びるそうです」
……はあ!?
「ケルベロスじゃなくて……世界が壊れるっての!? あいつって、そこまでの存在なの!?」
「そこまでの存在なんです」
「……そんな……」
「だから七つ首のケルベロスは、ギルドで唯一のSSクラスに認定されているんです……」
三冠の魔狼の真の姿。
七つの狂える頭を持ち、七つの大罪を犯せし罪人を食らい尽くす地獄の番犬。
SSクラスモンスター。
〝七冠の魔狼〟。